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Michael: Classic音楽,リュート,宇宙

クラシック音楽とリュート、宇宙・科学 etc

昭和のTVとステレオ  

テレビで見た映像や音声というと白黒時代のものがより懐かしい、これらのCMは毎日のように耳にした、 
ribon01_20201126094706876.jpg
you tube:サッポロのリボンちゃんTVCM集
vicks_202011260947104e2.jpg
you tube:ヴィックスドロップCM
この頃のTVはよく故障して、電気屋さんに来てもらった、まるで医者の往診で、症状で故障原因の察しもつくらしい、電気製品には必ず付属していた回路図を見ながら、故障部分を探り出し、修理してくれる、
mono TVColor TV
発熱する部品が多いので裏蓋は穴空きのパーチクルボード、このとき子供だった自分は後ろから興味深く覗いた、
showa tv 03tv 02
プリント基板も集積回路もなかった頃、真空管はじめコンデンサ、整流器、抵抗器など、街中の建物群みたいにびっしり部品が詰まり、配線が巡っていた、しかしブラウン管に寿命が来ると買い換え時だった。

うちで初めて購入した本格ステレオはズバリこれだった、
trio ste
TRIO製でセンターはプレーヤー、アンプ、ラジオチューナーが一体でスピーカーがセパレートになったもの、3ウェイでウーファーは25cm、帯域上はのちの"小型高性能SP"がいくら頑張っても及ばない再生力があった、この頃は増幅回路はトランジスタだったが、すぐに劣化して鉱石ノイズが酷くなり、音場が曇って使用に耐えなくなった;
次に購入したのは、Pioneerのセットものだったが、専用のラックがあり、アンプ、プレーヤーなど各部は単体に別れていて、順次差し替えもできた、
poneer st
下段の空きにはカセットデッキなど入れた
ここに初めてのCDプレーヤーを繋いだところ、音圧がきつくて耳に刺さるようだった、
初期CDの収録音とアナログ盤時代に対応したスピーカーやアンプでは特性が合わなかったかもしれない、その後、アンプをDENONのPMA-390初代機に替えたら、旧機との差に驚いた、
ラウドネス機能は使わず、常にフラットが良いのもわかった、他の機材も順次差し替え、いつの間にかCDが普通に聴けるようになった、
近年では部品の劣化も少なくなり、アンプは10年経っても何ともない。
液晶のTVやDVDデッキも20年持っていて、初期状態と変わらず観られる、コロコロ故障していた昔とは違い、技術の進歩は有り難いv
ただし、PCの基本ソフトやスマホの機能更新には着いていけない;

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うち風呂(昭和~)  

筆者が最初に経験した自宅風呂は農家を間借りしていた頃で、薪で沸かす木桶風呂だった、 
kioke huro
その後父の代に建った新居では浴槽、洗い場ともにコンクリートにタイル貼り、冬は一番風呂に入ると冷え冷え;足で踏むような所は割れないように細かいタイルで、目地セメントは一段下がって凹凸があり、隙間には汚れやカビが溜りやすく、見た目も快適ではなかった;
tile 01tile 02
このタイル風呂も最初は浴槽の下に釜があり、薪をくべて沸かした、薪を燃やす匂いは懐かしい、コンクリートにヒビが入ると叩き壊して何度か造り替えた。
やがて風呂釜もガスに替えたが、
rinnai_20201109111637e4d.jpg
初期のガス風呂釜は着火、消火は外で行ない、タイマー装置がなかったので、忘れて風呂の湯をゴボゴボ沸騰させたこともあった;;そのとき風呂釜内に付いた湯垢がドバっと出てきて掃除になった^^;やがて風呂内から着火、消火ができるタイプになり、シャワーも付いた、
最後には浴槽だけステンレスに替えたが、これは快適だった。
s yokuso
ウレタンの洗い場マットを敷いたが、立てて乾かさないと裏にヌメリが生じる;
araiba_20201109111431084.jpg

ユニットバスというと、ガラス繊維の入った強化プラスチックで、一体で出来ていて、はじめはビジネスホテルでお目にかかったかな、浴槽は畳半畳サイズで棺桶みたいだった、
旧家から斜向いに今の家を建てたときもユニットバスの時代、追い炊きはせず、湯沸かし器のお湯を入れるだけ、
Unit bath
天井には温風乾燥機がある、冬はこの温風を出しながら入れば暖かいと思いきや、温風でも濡れた体に吹き付けるとかえって寒い;

うち風呂より、一時通った昭和の銭湯のほうが楽しかった記憶がある、
過去記事: 銭湯 

追記:地元に一軒ある銭湯を紹介、
sento 01
sento 02
sento 03
体重計など、昔ながらの脱衣場アイテムも揃っているv

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飽きない食材  

10/29の「ご馳走とゲテ物は紙一重」の口直し編になるが^^
何十年と食してきて飽きないのはお米、上手く炊けば塩でにぎり飯にしただけで美味しい、 
おかずで飽きないものといえば、豆腐、大根、白菜だろうか、どれも淡白でうま味は少ないけど、程よく醤油を使えば美味しく、これほどご飯に欠かせないものはない、
syoyu_202011020946031e0.jpg
豆腐は絹ごしもあるが、断然、木綿豆腐が好きである、ざらっとして生姜醤油やポン酢がからみ食感もよい、子供の頃、豆腐屋さんが売りに来る木綿豆腐や厚揚げが好物だった、
momen touhuatuage_20201102094545c1e.jpg
子供ながら湯葉の風味が気に入って、今も生湯葉など買ったりする、
namayuba 02
大根おろしも飽きない、大抵ちりめんじゃこを混ぜて食べるが、
じゃこの混ざりモノ(エビ、カニ、タコなど)を探すのも楽しい、味は同化している、
oroshi.jpgchirimen_2020110209454867e.jpg
魚ではマグロの赤身、こんなにクセがなくさっぱり美味しいところはない、
maguro_20201102094549204.jpg
一方、初めて食べたチーズはソーセージみたいな細いフィルム入りだった、
cheese.jpg
味と匂いが強すぎてオエっと来たのを憶えている;生牡蛎も同様だった;これらには馴れる必要があった、濃~い味もいいけど、日本人はさっぱり好きだと思う、例外もあるけど;
昔は、ソーセージと言えば、魚ソーセージを差し、すっかり馴染んだ、今でもおやつに人気のようだ、
sakana sausage
ウインナーと言えばこれだった、
aka wiener
今や腸詰めの本格的ウィンナ・ソーセージが普通だが、超ご無沙汰でこの"赤"を買ってみると、結構美味しい、これもスケソウダラやホッケの肉で作られるそうだ、
今度オムライスを作ったら、タコにして添えたいv
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炊飯器:今昔  

普段使っている炊飯器についてあまり意識したことがなかったが、今使っているのが炊いている最中、湯気が出ないのを不思議に思った、湯気を水に戻す仕掛けのようで、ほかに100℃に達しない温度で炊くなど、各メーカー進歩した技術があるらしい、 

幼少期はお釜で炊いていたのを憶えている、湯気はパッパと出た、
kamado 02
底がお焦げになって、お焦げを集めたにぎり飯が好物だった^^この頃は当然、木のお櫃、
その後を思い出すと、ガス器具メーカーのガス炊飯器を使っていた、パロマ、リンナイ、と聞くだけで懐かしくもある、
paloma.jpg
電気炊飯器もあったが、ガスの火力のほうが美味しく炊けるとかで・・
炊いている間、蓋の縁から泡や湯気が噴き出し、米のデンプンが乾いて、"オブラート"がびっしり、ご飯にもそれが混ざってきた。
お櫃に変わって登場したのが、魔法瓶式の保温ジャーだった、保温効果のため縦長で、今見ると意外である、
hoon pot
これを肩掛けサイズにしたのが、弁当を保温するランチジャーだったろうか、
一目でお弁当とわかる、これを毎日下げて出勤するのが1つの文化だったのでは^^
lunch pot
その後電気式の保温ジャーが出てきて、
hoon denki
さらに近年になると電気炊飯器兼保温ジャーが進化して、今の主流になった、
日用品だけあって各社機種が多いのに驚く、拙宅で今使っているのはこれ、
tiger_20201027095839d10.jpg
ティーガー タイガー IH JKT-J101-TP
蒸気が外に出るのを30%カットしているそうだが、目に見える吹き出しはない、加熱効率がよく炊きあがりはふっくらして申し分ない、
日立、三菱など、高級な炊飯器もあリ、蒸気カットが80%以上の製品もあるが、仕掛けが込んでいて手入れが面倒なデメリットもあるらしい、
hitachi RZ-W100CM K
日立 RZ-W100CM K
まあ冬など加湿器も兼ねて?今使っているタイガー製で十分かと思う。

PS.むかごも銀杏も余っていたので、2回目を炊いた^^
ginnanmeshi 2

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昭和:粉末スープ、つゆの素  

今でも、インスタント麺のスープが粉末で付いたもの、濃縮の液体で入ったものとあるが、それぞれに美味しければ良い、と馴染んでいる、 
日清焼きそばもあえて粉末ソースなのが美味しい、
nissin yakisoba初代 日清焼きそば
donbe_20201025100209973.jpgどん兵衛 関西味(粉末)
また、ざる蕎麦、そうめんなどにつける2倍に薄める液体の麺つゆはすっかり定着、手軽で美味しくなっている、
mentuyu_20201025100217ceb.jpg
しかしこれが出る前の昭和は、麺つゆも粉末で;1杯分ずつの小袋で出ていたのを思い出す、
粉末といってもサラサラじゃなく、融解ぎみで固まりになっている事もあった、
メーカーや袋デザインは憶えていないが、わざわざ、ざる蕎麦、そうめん、ひやむぎ用、と分けてあり、味にどんな違いがあったか?憶えがない、一応使い分けたが;
tuyunomoto.jpg筆者イラスト
冷たい水に溶かすが、よく掻き混ぜても溶けきらず、底に粉が溜った、いかにも煮詰めて乾燥させたような味で今の麺つゆには及ばなかった;この頃、大抵麺つゆはダシと醤油で家で作った、そうめん、冷や麦はこんな色付きが数本入ったのが楽しみだった、
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永谷園の「松茸の味お吸い物」はロングランだが、同社のお茶漬け同様、さっぱりしたもので無難であった。
matutake osuimono

味の素から出た、クノール・スープは1964年、チキンクリーム、マッシュルーム、オニオンクリーム、チキンヌードル、ビーフヌードルの5種で始まり、
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その後ヴァリエーションが増えていった、カップスープではなく鍋で作るのだが、当時は製法が今ほどではなく、コクのある充実した味を粉末にするのは難しかったようだ。
マッシュルーム・スープと言っても実際はシイタケが使われていて、もろに干し椎茸の匂い、田舎の煮物とポタージュスープが合わさったみたいな風味だった;それでも皿に入れてスプーンで・・洋風っぽく楽しんだが^^;
コンソメタイプのチキンヌードルなどはあっさりして無難だった。
最も初期に出た即席カレーの素も製法的には同様だったと思う、
Oriental curry
今は粉末製法も進歩して、お湯で溶くだけのカップスープも格段に美味しくなった、フリーズドライの塊で具の食感も自然に再生されたりv 今一番好きなのはオニオンコンソメかな、
knorr 02

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昭和の屋外販売  

懐かしい記憶というと、やはり飲食物に関することが多い、 
今でこそ飲み物等の自販機はどこでもあるが、昭和の40年代?までは、観光地の広場など屋外では、こんな冷水槽に瓶の飲み物を浸けて売っていた、暑い日の屋外こそ欲しくなる、
nomimono.jpg
reisuiso.jpg
氷水じゃなく、注ぎ口から冷水が常に流れ込み、排水口があった、冷蔵庫のような"空冷"よりも"流れる水冷"のほうが早く冷やせる、ちょうど良い冷え具合だった、
また電気を要しない、アイスボックスというのがあって、屋外でのアイスクリーム販売にいくつか並べて使われていた、
Ice box
中は魔法瓶と同じ構造(ガラス容器に真空の隙間と鏡面があった)、たぶんドライアイスで冷気を維持していたと思う、
店内ならば上面がガラス蓋の冷凍庫で様々なアイス類が入っていた、今は蓋なしでコンビニやスーパー備え付け型がある、
Ice Box 2morinaga_20201017105944906.jpg

とにかく外へ出かければ何かとおねだりしたくなる、みたらし団子も好きで、当地岐阜南部はとろりとした甘い醤油ダレを浸けるのが普通だった、
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高山など岐阜北部では醤油を塗るだけの素朴な団子が普通だが「みたらし」と言う、
今も、火で焙った醤油の香りがすると買わずにいられない;
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配達になるが、毎朝の牛乳配達、この木箱も懐かしく、自転車で配達される時刻は寝ているのでお目にかかった憶えがない、
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瓶入りは重いし、回収瓶もあるので自転車では随分労力だったと思う、
瓶は厚紙の蓋で、こんな蓋取りを刺して開けるのだが、
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先はさほど鋭くなくて刺さらず、蓋がズボっと入り込んで溢れたりしなかったかな?

PS.地元の牛乳はこれだった、まだ使っているお宅もある^^
kakamigahara.jpg
昔はヨーグルトも作っていた名残が側面に、

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ベンジン懐炉  

昭和のネタ・・まだ思い出す事があった^^ 
幼少の頃、冬は布団に入っても足が冷たい間は眠れなかった、最も古い記憶は湯たんぽだが、
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翌日、冷めたお湯を捨てるとき、トタン製の内部はサビがきて、水が茶色く濁っていた、

次は豆炭アンカ、これは豆炭を挟む燃えない綿は石綿(アスベスト)であると教わった、
mametan anka
厚みが嵩張るが足の裏の高さには具合がよかったか、専用のコールテン(コーデュロイ)の袋があったが、さらにタオルで巻いた、今も電気の使えない環境では必需品となる。
これを小型化したのが懐炉灰を使う懐炉で、寒い日は使った記憶がある、
kairo bai
焼香用の炭に似ているがもっとゆっくり燃えるタイプだろう、

小中学生の頃、よく使ったのがベンジン懐炉で、使い捨て懐炉が出る前の定番だった、
毎日自分でベンジンを補充し、点火していたので、それだけに懐かしい、着火に失敗して熱くならないときもあった;
hakukin kairo
不思議に思っていたのが、ベンジンに普通に火が付けば炎が出て高温になる、それがこの穴あきキャップを被せると、火が出ない程度の温度でゆっくり燃え続けるところである、どういう燃焼なのだろう、その秘策は燃焼部の「触媒燃焼(プラチナ触媒)」という、普通の燃焼ではない、低温で燃やす発明のようだ、商品名の「白金カイロ」は意味を持つ、
詳細→ハクキンカイロ・サイト

燃焼というと"高温,炎"をイメージするが、すべてそうではない、酸素と化学的に結合させる低音発熱は人体の代謝でも起きる、調べてみると、炭やレンタンなども、灰の中のカリウム塩やナトリウム塩の触媒効果でゆっくり燃えるらしい、
*以上のアイテムは現行品で、非常用に役立つものもある。

さて、人間をダメにするというコタツだが、足が温まるのが効率的で省エネ器具でもある、
あとは生活態度しだい^^; 今は温風式だが、昭和の赤外線コタツがあった頃、
sekigaisen kotatu
柔らかな放射熱で、可視光の赤い光は赤外線ではないが、目にも温かでほっとした。

PS.昭和のコタツは天板を裏返すと麻雀台になっているのが普通だった、
majan.jpg
同級生らと怠惰な一夜を過したが;もちろん今はやってない。

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食べ頃  

生鮮食料品には美味しく食べる頃合いがあるが、人それぞれ好みが違って面白い、まず菜っ葉の類は誰しも新しいシャキっとしたうちが良いと思うが、

柿とバナナ、
筆者個人は、柿は甘くなってシャキとしているうちが良く、ヤワになると好きじゃない、
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毎年、家内が友人宅からサイズ不揃いの富有柿をたくさんもらってくる・・
バナナは皮に黒い点々が出てきたころが甘くて好きだが、
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同じ職場にいた女子はどちらも逆で、柿は柔らかくなった頃、バナナは買ってきたばかりの青っぽい甘くないのが好きという、「え~、信じられない!」とか言い合ったのも懐かしい^^

スイカは収穫時が肝心で素人には難しい、
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昔はよくあった、種なしスイカ
収穫が遅い、あるいは長く置きすぎると、薄紅色がどんよりしてシャキっとせず、香りも変で酸味をおびてくる、

納豆、これも買ってきたばかりより、数日置いて、納豆菌が増殖した頃が柔らかくなって、
よーく練り廻して食うと味も良いと思うのだが、これもそれぞれだろう;
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関西では今も納豆は敬遠されるのだろうか、筆者の中部は根付いている、

保存食になるが、干し柿や干し芋、これも美味しい頃合いがあって、あまり硬く乾いたのより、歯応えのちょうど良い半生が美味しい、
hosigaki.jpg
岐阜の大垣名物で柿羊羹というのがあり、干し柿を練り込んだもの、
kakiyokan.jpg
割り竹に入れて固めたちょっと贅沢な羊羹、

今の店にある干し芋はちょっと硬く、風味も食感も昔食べたのにはほど遠い、干し芋に適した品種があるが、今はそれらしいのを見かけない、
昭和の頃、当地の農家ではたくさん干していた、あちこちから芋を蒸す匂いが立ち込めて季節を感じた、こんな黄色~飴色に近い色に干しあがった半生状態は絶品だった。
hoshimo.jpg
今、洋菓子風に作られるサツマイモのモンブランなど、幼い頃食べた棒付きの芋飴そのままの味で、新しいような懐かしいような・・^^
Mont Blanc cake

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駅弁、ゆで卵  

今日も鉄道に関連した懐かしい記憶、 
kokutetu.jpg
駅弁の話は前にも書いたが、ちょっと追加で思い出したことを・・
近頃の駅弁は幕の内タイプでもかなり豪華になっているが、今も昭和の駅弁の面影を残す1つといえるのが、名古屋の「こだま」という駅弁で、ベーシックなおかず、ウェットティッシュの元祖とも言える"お手ふき"も懐かしい、
ekiben kodama02
幕の内定番のおかずでは、焼き魚、出汁巻き卵、昆布巻、椎茸,鶏肉の甘煮、蒲鉾、など憶えているが味付けが良かった、そして経木の折箱の香りがまさしく駅弁だったv
専門の通販店で経木の折箱は買えるようだ、
kyogi_202009301000025b6.jpg
仕切り板付き
幕の内のおかずになりそうな総菜もスーパーにあるし、炊きたてのご飯に黒胡麻ふって再現できるかも^^

PS.駅弁のお茶で馴染んだあの渋い味、ヘルシアというカテキンの多いお茶が近い味に思える、
ekiben ochaHealthya.jpg

釜めしはお土産でよく貰った、残った焼物の器は後々も使えて重宝する、
kamameshi02.jpg
この器で大きな茶碗蒸しを何度か作った^^蒸し鍋1段に1つしか入らない;

今日のメインはこれ、みかんと同じような網袋に入ったゆで卵、
固茹での塩付きで、こんな感じ?
yudetamago.jpg筆者イラスト
5個入りくらいがあった(今は2個入りか)、駅の売店や車内販売でも普通にあった憶え、1人で食べる数じゃないので、家族や仲間連れの旅が多かったのか、
この頃は遠足の弁当に、ゆで卵も付けるのが集団的慣習だった気がする、卵は固ゆでが当り前と思っていた。

また、この酢昆布、列車旅に付きもの?ではないが、何故か行楽のお供みたいに噛んでいる人が目に付いた記憶がある、
Miyako_Kombu.jpg

PS.コメントいただいて思い出したけど、駅弁を買うなんて贅沢は、たまの事であり;
家からにぎり飯、ゆで卵も持って行った、塩もこんな紙包みに入れて、
shio.jpg

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展望車両  

今日も楽しい鉄道の話、 
鉄道好きな人が列車に乗れば、楽しみなのは流れる景色だろう、車内を見回すのが好きという人は少ないと思う;
そんな楽しみを満たしてくれる展望のよい車両があって、古くからお馴染みだったのが小田急電鉄のロマンスカー、名古屋鉄道のパノラマカーだった、運転席が上段にあり、座席の最前列では展望を楽しめる、
romance panorama
その後の後継車両は、ロマンスカーはよりフロント窓を広くし、
odakyu.jpg
一方パノラマカーは客室を上段に上げたという違いが面白い、
20200920.jpg
しかしこれらのタイプで展望が楽しめるのは最前列(又は最後列)のみで、あとは普通の車両と変わらない;その後は新車両は作られないようだ。

また電気機関車で引かれる客車で最後尾に繋がれる車両には室外に展望デッキが設けられたものが何種類かある、
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jr 02
車内の窓からより、外の空気を感じながらという開放感は格別と思うが、残念ながらこれは乗ったことがない、

またこれも展望型車両だと思うが、九州旅客鉄道(JR九州)の、キハ71系「ゆふいんの森」という気動車が魅力、
jr kyusyu 02
これはなんと言ってもヨーロッパのどこかを走っているような外観が素晴らしい、外装の色使いもセンスが高く、グッドデザイン賞を受賞している、もちろん車内のデザインも良い、
jr kyushu 03
久大本線沿線の湯布院町(現・由布市)・日田市・九重などの観光地と福岡市・北九州市を結ぶ観光特急である、乗ってみたいが遠い;
jr kyusyu

しかし、それでも乗ってみたかったのはこの車掌車である(ムリだけど)^^
kokutetu_202009201254397c2.jpg
ヨ8000型

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