Micha: Classic音楽とLuteの楽しみ

クラシック音楽とリュート、宇宙・科学の話など

<旋律美>:ハイドン sym No.32  

演奏史上、近年は伝統的演奏とピリオド演奏に一旦別れ、新世代が融合しつつあるように思うが、新しい価値観に付いていく巨匠演奏家もあるようだ、ハイドンも長い活躍の中で、古い作曲家にならず、親子二代でやりそうな進歩をしているところ、あまり例がない気がする。 

疾風怒濤期に入る前のハイドン初期の交響曲は前期古典派らしい旋律美をもった趣味で書かれ、さらに個性である活気も備わっていて、この時期ならではの魅力がある。これまでNo.36やNo.17など取り上げたが、今日はNo.32をじっくり、vn協奏曲No.1を書いた頃に当たる。
No.32はハ長調で書かれ、trpとtimpが入る祝祭ムード、hornの奏でる高域も痛快、こういう曲はいかに楽しくするかが勝負どころか、J.B.ヴァンハルも似たタイプの曲をいくつか書いているが、展開部の聴かせぶりはハイドンが長じている。
第一楽章の[20]弱起からと、再現部[157]弱起から変化して出てくるこの副主題?は心地よい、
sc01_201802081044525bb.jpg
sc02_20180208104454f03.jpg
展開部は対位法の聴きどころを置く、
第二楽章にメヌエットがくる、典雅で晴れやかなメヌエットと、弦楽のみで感傷的なトリオの対比が効果的。
第三楽章が旋律美の緩叙楽章、弦楽のみだが表情豊かで、純粋な主題がセンス良い、カノン風に始まる後半も転調の深みを聴かせる、
sc03_2018020810445864b.jpg
後半の始まり
No.39の淡泊な主題の緩叙楽章とは対照的だが、このような優美な緩叙楽章をNo.39に置いても性質が合わない気がする。
終楽章は快活だが、凝った書法はなく軽く切り上げる。

参考動画は今日もドラティとホグウッドを挙げる、ドラティは編成の強みを活かしている、1970年代初めの演奏だが前時代的古さを感じない。第三楽章はホグウッド盤のしなやかな弦楽が心地良い。
交響曲No.32 ハ長調
a d hay sym
you tube:Haydn Symphony No 32 C major, Antal Dorati Philharmonia Hungarica

hog hay sym
tou tube:F.J. Haydn - Hob I:32 - Symphony No. 32 in C major (Hogwood)

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: F.J.ハイドン

tb: 0   cm: 0

<アウフタクト> ハイドン sym No.39  

日本の古謡にはないと思うが、西洋音楽には弱起(アウフタクト)で始まる曲が多くある。
強拍の前に準備的な拍(または拍の一部)が置かれる、この起源はヨーロッパの言語における冠詞や前置詞のようなものと説明される、実際ドイツ語などは名詞の前に置かれる冠詞や前置詞は強唱しない。よって冠詞,前置詞で開始する詩を歌詞として曲を作る際、そこを弱起に充てるのが自然である。
schub sc01
シューベルト:「美しき水車屋の娘」より"Das Wandern"
なるほど、

ハイドンの短調交響曲で最初に親しんだのが、「告別」次が「哀悼」、3つ目がNo.39だった、過去はこのあたりの音盤は少なかった。No.39 ト短調も弱起で始まる曲だが、これが一味違って聴こえた。
第一楽章では早くも[4]から4拍休符を置き、再び弱起で始まる、
sc011_2018020313211909a.jpg
下手な接続句があるより純度が高まり聴き手を集中させる。
展開部ではvn1と2がカノンを奏でる下でvaがポリフォニックなパートを弾く、
sc003_20180203092324e64.jpg
A.ドラティ、PHの演奏では、大きめの編成を活かし、pとfの対比を付け、このvaパートがしっかり浮かんできて、ぐっと情熱感が出る。
a d hay s39
you tube:Haydn Symphony No 39 G minor Antal Dorati Philharmonia Hungarica

もう一つ好きな演奏がホグウッド盤だ、ハイドンのエステルハージorch.と同じ規模の編成の古楽器で、弦,管バランス良く、まさにこんな響きだっただろう。
hog hay s39
you tubeJ.: Haydn - Hob I:39 - Symphony No. 39 in G minor (Hogwood)
第一楽章、各パートは聴きやすい。
第二楽章は疾風怒濤期の緩叙楽章として、少々物足りないが、ホグウッド盤ではしなやかに気品を帯び、心地よい。
メヌエットはト短調に戻り、トリオはhornが聴きどころ、
終楽章、内声弦のトレモロを伴い疾風のように始まる、展開部の開始[39]は変ロ長調で新たな主題に聴こえるが、
sc05_20180203092326635.jpg
第一主題の変形のようだ。
ドラティ盤は急がず重厚感をだす、ホグウッド盤は快速にしなやかなタッチで聴かせる。

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: F.J.ハイドン

tb: 0   cm: 0

形だけのソファ  

気温の低い日が続き、先日降った雪も日陰では溶けず、夜はバリバリです、m
しかしこれだけ寒いからこそ、暖かい煮物など美味しいし、裸足でコタツに入ったときの極楽感は格別ですv 恥ずかしながら、うちのTVのある居間はこんな感じ、
003_20180127210821283.jpg
冬はコタツに入って、ソファは後ろの背もたれ兼物置き台と化しています^^; コタツは布団を外せばテーブルでオールシーズン使えるのでこのまま、冬以外も結局、床に座ってしまうので、ソファに座ることはめったにないです; すぐに寝転べる体勢が良いんですね、
こういう脚上げ台で少し高くすると、横向きに寝転ぶとき具合よいです、
asiage.jpg
TV観るときはすっかりダメ人間に浸っている^^;
いや人間だけじゃなく、コタツを準備しだしたら、犬も大喜びみたい!
you tube:こたつ天国の幕開けです
you tube:こたつの中の猫
*そう言えば、また昭和の話で; 初期の電気ごたつは暖まるのに時間がかかり、足に熱線を照射する感じでした、赤外線こたつが登場してからホンワカと暖かく快適でしたが、今はファン式で温風を出す仕組みのようです。

でも一応クラシック音楽聴くときは、リスニング椅子にちゃんと座り、ひと仕事する?みたいな体勢です。
昨夜はフェシュテティーチSQのハイドン 弦楽四重奏曲全集から最後の完成作品、No.82ヘ長調Hob.III:82を聴いた。
fe hay 77 2
No.82は「雲が行くまで待とう」の副題があるらしい、
やはりハイドンのSQはほっこり、コタツに入った気分v フェシュテティーチSQの雑味感のない申し分ない演奏で最後の充実したSQが聴ける、
第一楽章の[20]からが第二主題だろうか、[21],[23]の7度の響きが好きなところ、これが展開部でも聴きどころとなる。
sc hay sq 77 2
第二楽章、メヌエットPrestoは実質スケルツォの雰囲気で活気がある、
第三楽章はポリフォニックな書法を入れた変奏で充実、
終楽章は総奏音を鳴らしたあと、軽快なテーマに入る、民族音楽的なリズムの魅力を下地に楽しい外殻と緻密な内部構造をもつ、
you tubeにはモザイクSQの録音が挙がっていたが、これも同様に好演。
hay sq 77 2
you tube:J. Haydn - Hob III:82 - String Quartet Op. 77 No. 2 in F major

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: F.J.ハイドン

tb: 0   cm: 4

昔の「パート譜」を見てみたい  

モーツァルトの「リンツ」の初演を考えてふと思ったこと、
現代なら、作曲家はorch.作品でもPCの楽譜ソフトに入力し、総譜からパート譜もちょいとクリックすれば出来てしまう、
古典派やロマン派あたりのorch.作品で、作曲家あるいは助手が書いた総譜はいくつかネット上にも公開されているが、当時実際に使われたorch.のパート譜って見たことがない(室内楽ならあるが)、実際作られたはずだが、それが残っていないのだろうか、総譜さえ保存されれば、とりあえず問題はないが、パート譜は当時の演奏を垣間見る資料となりそうな気がする、
ハイドンが活躍したエステルハージ家のorch.なら少人数なので、用意は手早かったかも、
bbfb57770010febc073e5e111c201193.jpg
エステルハーザ
オラトリオみたいな大作では大ごとだったのでは・・資料館などに残ってはいるが公開されないだけなのか?初演ぎりぎりに写譜屋が大急ぎで間に合わせたパート譜とか見てみたい、
balthasar_wigand.jpg
ハイドンのオラトリオ「天地創造」が再演されたときの模様、中央で後ろ向きに腰掛けているのがハイドン、演奏はA.サリエリが指揮と通奏低音を行った。(*このときは再演なので、印刷譜もあったかもしれない)

PCが普及する以前まで、できたばかりの曲を活版化、印刷するなど時間がかかりすぎるので、急ぎの場合、昔と似たようなことをやっていたそうだ。マーラーの大編成の曲も、初演のときのパート譜はどうしたのか、興味がある。

sc hay s 92
ハイドンの総譜(交響曲No.92より):第一楽章、主部始まり
写譜屋に渡す前の原稿だろう、ざっくりと、しかし読み違いのないように書いてある、このあと写譜屋が作ったであろうパート譜にも興味が湧く、実用譜なので、きちんと読みやすく書いてあるのだろうか。
さて、アイヴォー・ボルトン指揮の興味深い「オックスフォード」があった、
i b hay s92
you tube:Joseph Haydn 1732-1809 - Symfoni 92 (Oxford) - DRSO - Ivor Bolton

因みに現在はリュート譜(タブラチュア)を作るPCソフトもあるが、自分は使っていない;リュート曲を作曲するわけじゃないので、原譜の写しがあればいい、見づらい所は画像処理して使うか、ざっと手で書き写す、オタマジャクシの楽譜は面倒だが、アルファベットを書くだけなので、結構手早くできる。

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: 古典派

tb: 0   cm: 0

グロッケンシュピール  

昨夜、雨があがった後、空を見たら、いつになく星がたくさん見えるようだった、光害はいつもとかわりないのだが、空の塵や水蒸気が少ないと、それだけ地上の灯りに照らされず空が暗くなって、いくらか星を見る条件が良くなるようだ。m
*PC画面で天体写真を見るときも背景色は暗いほうがいい、当ブログは"白"なので光害だ;
オリオン座の左上の赤い1等星、ベテルギウスは6.4年の周期で0.0~1.3等の間で明るさが変わる脈動変光星だが、昨夜見たときは右下のリゲルより暗かった、
下は2016年3月21日にコンデジ撮影、この時はベテルギウスのほうが明るかったようだ。
M42_20180118133013dd7_20180118231220991.jpg
拡大
変光しないリゲルとの比較で、ベテルギウスは肉眼で変光の様子が最もわかりやすい。

星のきらめきをイメージさせる楽器の音で浮かんでくるのがグロッケンシュピールだ、
「グロッケンシュピール」とは鉄琴を意味し、モーツァルトのオペラ「魔笛」に使用されたのはこれに鍵盤機構を付けたもので、19世紀に作られたチェレスタとは姻戚関係はないらしい、
glockenspiel_2018011810533595d.jpgCelesta.jpg
左:鍵盤式グロッケンシュピール、右:チェレスタ
チェレスタが共鳴箱を有し、音量があり柔らかい音であるのに対し、グロッケンシュピールはハンマーが金属などで出来ており、音量は小さいがきらびやかな音を発する、この両者を互いに代用するのは適切ではないとされる。
グロッケンシュピールはパパゲーノが鳴らす「魔法の鈴」にもふさわしいし、小さくキラキラ鳴る音は、手の届かない遠い「星」のイメージそのものだ。
シギスヴァルト・クイケン指揮、モーツァルトの「魔笛」では当時使われた複製楽器のグロッケンシュピールが用いられる。
moz m fl01
moz m fi02
you tube:「パパゲーノのアリア」

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: モーツァルト

tb: 0   cm: 4

J.カイルベルト:モーツァルト 交響曲「リンツ」  

モーツァルトの「ハフナー」や「リンツ」も昔、たまたま手にしたカイルベルト指揮、バンベルク響が初聴き盤だった、
その時はハイドンの楷書的作風に対し、ハフナーは音が渦巻くような印象を受け、リンツも流麗だが木管がob属だけなので、少し地味に聴こえた、それくらいしか憶えていない;
そのLPを数十年ぶりに取り寄せ、再度聴いてみたしだい。
j k moz36j k moz36 b
ヨーゼフ・カイルベルト指揮、バンベルクSO
あらためて聴くと、
第一楽章、序奏から、やんわりとした表現は一切なく、適度にスタッカートを入れた歯切れ良さが心地よい、主部も速めで、弦の各パートが対等に出て、がっちりした構えに聴かせる。
moz s 36
第二楽章は遅すぎず、trpやtimpも使われることから、結構ダイナミズムを効かせ、奥行きをつけた演奏に仕上げる、
メヌエットも当時の他の演奏に対し、歯切れ良いリズムで聴かせる。
終楽章は落ち着いたテンポで、vn2やvaも明確に押し出す、第一楽章と同様にがちっとした構え、終結のエネルギッシュな運びも引き締める。
ある意味、K.ベームより武骨かもしれないが、余分な脚色を廃した真摯な好演に思える。
これも残念ながらyou tubeにはない;

交響曲No.36ハ長調「リンツ」K.425について、
第一楽章に序奏を置き、主部の構築の仕方、また緩叙楽章でもtrp、timpの効果を用いるところ等々、ハイドンの影響を受けた作品とされる、ただし音楽の趣味はあくまでモーツァルトだ。
(弦楽四重奏や五重奏ではハイドン趣味の主題で書いた曲がある)
曲の成立についてはモーツァルトがリンツを訪れて、新作の交響曲を依頼され、わずか4日間で書きあげたというのがNo.36「リンツ」で天才ぶりを伝える話として有名だが、本当に原譜を4日で書いたとして、演奏可能だろうか?
リンツに到着したのが1783年の10月30日、演奏会が開かれたのが11月4日だそうで、日付が正しいなら到着翌日から数えて5日目である、現代からの見方だが、4日目に書き上がったとして、orch.のパート譜作りと演奏リハーサルをやる時間はあったのだろうか、原譜が書けた部分から写譜屋のパート譜作りにまわしたとしてもかなり厳しいのでは?
PS.写譜屋は人海戦術で間に合わせるらしい、
また「リンツ」は先述のようにハイドンの書法を取り入れた、モーツァルトにとっては新タイプの作品で、急場しのぎの内容には思えない、曲の構想は前々からなされ、頭の中に完成していて、書き出すだけだったとすれば、原譜の書き上げに4日というのはあり得るだろうが。

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: モーツァルト

tb: 0   cm: 0

J.カイルベルト:ハイドン 交響曲No.101「時計」【再】  

自分がハイドンを聴き始めた頃、国内では音盤の数も少なく、やたらロマンティックな装いの演奏しかなかった、昔、"名盤ガイド"のたぐいの本に紹介されていた「時計」は、トーマス・ビーチャム指揮:ロイヤル・フィルハーモニーO、フリッツ・ライナー指揮:交響楽団あたりが筆頭に挙がっていた、今、両者ともtou tubeで聴けるが、
トーマス・ビーチャム(1879-1961)
hay s 101a
you tube:Haydn: Symphony No. 101 (The Clock), Beecham & RPO (1958)
フリッツ・ライナー(1988-1963)
hay s 101b
you tube:Haydn: Symphony No. 101 (The Clock), Reiner & HisSO (1963)
この時代なりに優れた演奏で、わるくはないが、物々しく脚色された序奏部、第二楽章、メヌエット・・自分にはどっちも同じに聴こえる、

しかし、録音は同じ頃と思われるが、次の世代でカラヤンと同年生まれのヨーゼフ・カイルベルト(1908-1968)の演奏はかなり違う、10年も世代が違えば芸術上の潮流、価値観も変わってくるようだ。
一昨日のK.リヒター、モーツァルトで挙げたLPのA面だが、これは初めて聴いたハイドン交響曲のLPでもあり、当時はよくわからずに聴いていた;
hay s 101j k
ヨーゼフ・カイルベルト指揮、バンベルクSO
交響曲No.101ニ長調「時計」 TELEFUNKEN

第一楽章、序奏は引きずらず、さらりと清涼、主部は小刻みな両主題をキビキビと粒立て、聴かせどころを心得た演奏、
第二楽章、ファゴットが前に出て、振子のリズムを刻む、遅すぎないテンポでリズミカルに聴かせるのが良い、
メヌエットもスタッカート気味で歯切れ良く、聴き疲れしない、
終楽章は程よいテンポで構成をきちんと聴かせる。
全楽章、楷書的演奏で、ロマンティックな脚色がなく作品に対する真摯な姿勢を感じる。
この名演は残念ながらyou tubeにはなかった。
「時計」のベスト盤となると容易には選べないが、これはその1つに加わりそうだ。

次はカイルベルトのモーツァルト交響曲について書く予定、演奏姿勢は同じで好ましい。

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: F.J.ハイドン

tb: 0   cm: 0

K.リヒター:モーツァルト 交響曲 No.29  

大バッハの音楽が「絶対音楽」と呼ばれるように、楽器の特性だの、演奏技法だの力を借りずとも、作品そのものに絶対的価値が備わっている、そういう面も確かにあると思う。m

じつはこのLP、A面のJ.カイルベルト指揮、ハイドンの「時計」がお目当てだったが、カップリングされたK.リヒターのモーツァルト、交響曲No.29が非常に良いのに気付いたしだい。
moz sym29 teltelefunken.jpg
カール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハO
29番というと、軽く冗長な曲に聴こえてしまい、今までさほど注目しなかった曲だが、リヒターとミュンヘン・バッハOの演奏で、一際彫りの深い充実感で払拭されるようだ。
ロマンティックか、ピリオドか、を超えた「絶対演奏」というべきか、リヒターのバッハ演奏と同様、モーツァルトにも効いてくる。

交響曲No.29イ長調 K.201
第一楽章から、弦楽の全パートが対等で、通常不足がちなvaのパートもがっちり、ミュンヘン・バッハOの完璧に緻密なアンサンブルが印象強く、立体感豊かだ、展開部は短いものだが、再現部の反復の後にコーダが付く、コーダ部分で、hornが第一主題を吹いているのがこれほど明快に聴けたのは初めてである。
sc moz29 01
第二楽章もしっかり地に足のついた味わい、
メヌエット、編成は大きいが、キメ細かい響きが気品を醸し出す。
終楽章、結構快速だ、しかし"絶対演奏"といえる緻密なアンサンブルが見事な痛快さとなる、短いながら展開部も彫りが深い味わい、29番の演奏、数あれど、これは貴重な名演ではないだろうか、録音もきっちりバランスよく捉えていて好ましい。
同録音の動画
moz sym29
you tube:Mozart, Sinfonia No 29, K 201. Karl Richter
リヒターによるモーツァルト交響曲、もっと聴きたいところだが、残念ながら29番だけしかないようだ;

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: モーツァルト

tb: 0   cm: 0

古典派のフーガ  

大バッハの晩年近くはすでに息子達が活躍する、ギャラント様式の時代で、厳格なフーガなどすでに古い作法だった。しかし、その後も消えることなく、古典派以後になっても、作品を充実させる重要な技法となっている。

まずはハイドン(1732-1809)
ソナタの展開部など楽章の一部ではじつに多くの曲でフーガを含む対位法を用いているが、疾風怒濤期に書いた太陽四重奏曲 Op.20では6曲中3曲の終楽章で複数のテーマを持つ本格的なフーガを書いている、代表でヘ短調 op.20-5を挙げる、
hay sq
you tube:J. Haydn - Hob III:35 - String Quartet Op. 20 No. 5 in F minor
2つのテーマが織り込まれる、
20150225211130934_20171218231004ce1.jpg
フェルマータで区切りを置き、終結へと向かうがチェロが長いペダル音を奏でる。
20150225211250d83_20171218231005586.jpg
これらは、「今どきの作曲家はまともなフーガが書けない」とか言ったお歴々に対し、ハイドンが目にもの見せてくれよう、と書いたと伝わる^^

次はモーツァルト(1756-1791)
モーツァルトは援助を受けていた学識者、スヴィーテン男爵にバロック期の楽譜を紹介され、バッハ、ヘンデルなどに傾倒したらしい、「アマデウス」ではないがモーツァルトの生涯を描いたドラマで、この場面があり、「バッハは自分のために書いたんだ」というセリフが印象に残るが、本当にそう思ったかも、
ハ短調のK.546はアダージョの前奏がありフーガが続く。ピアノ連弾、弦楽四重奏でも演奏されるが、オルガンによる演奏を挙げる、
moz fuga02
you tube:W. A. Mozart - KV 546 - Adagio & fugue for organ in C minor
テーマの出だしで不協和がぶつかる不思議な味わいが聴きどころ。
sc01_20171218233244e4e.jpg

最後はモーツァルトと同年生まれのヨーゼフ・マルティン・クラウス(1756-1792)
クラウスがエルフルト大学で作曲を師事した、ヨハン・クリスティアン・キッテル(1732-1809年)は大バッハの弟子だったので、クラウスはフーガの大家直系と言えるかもしれない、室内楽や交響曲など、巧みなフーガを用いている。
教会交響曲ニ短調VB147より、スコアはないが見事な内容は聴き取れる、
kraus sym
you tube:J. M. Kraus - VB 147 - Sinfonia da chiesa in D minor
テーマもバロック趣味と言える、テーマの出も緻密に入り組んでくる、終り近くになると低音のペダル音が入るのもお決まりの様式か、忠実なバロックの再現にも聴こえるが、終結が壮大な総奏ではなく、眠りに入るようで、ここが一味趣きが違う。

ご覧いただき、ありがとうございました。

にほんブログ村

category: 古典派

tb: 0   cm: 2

ハイドン「オックスフォード」のベスト盤【独断】  

交響曲No.92 ト長調「オックスフォード」はよく演奏されるだけに、聴くに当っては、いろいろ注文したいことが出てくる;m
第一楽章主部は属七でさりげなく入り、[25]の跳躍ががっちり力感を持つ、展開部のポリフォニックな充実と[115]からの転調は引き付けるが、[25]の跳躍を和音上昇に変えたのが、より引き付ける感じ、
sc01_20171129153818bc0.jpg
hay sym92 sc
第二楽章では押しつけがましいカンタービレに嫌気がさす演奏もあるが、ここに挙げるのは、程良く節目が入り、すっきりしている。中間部のffでニ短調となるところ、鋭いのはよいが、あまり重い響きは聴きたくない。メヌエットもあまりずっしり来ないほうが良い、K.ベームなどはゴツゴツ感がちょっと聴き辛い、そこで深く考えず4枚を選んだ;

コリン・デイヴィス指揮、RCOの演奏を初めて聴いた時には、これ以外の音盤は聴きたいと思わなかった、それほど、C.デイヴィスは手堅く、余計な要素がなく、フィリップスのバランスの取れた録音で、整い切った1枚だった、
c d hay92
コリン・デイヴィス指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウO

次にトーマス・ファイ盤、「これは"飛び道具"だ!?」と言えそうな快演で、T.ファイ、一番の出来ではないかと思うほど、
t fey hay92
トーマス・ファイ指揮、ハイデルベルク交響楽団
全楽章、覇気に満ちていて、急楽章は速いながらがっちり決め、timpの即興性が効果的、第二楽章は清々しさと鋭さで聴かせる。

サイモン・ラトルもまた新感覚で「オックスフォード」の味わいどころを緻密に聴かせる、快活で強弱表現がじつに巧妙、弱音を用い奥行きを付ける、timpは古楽器を使う。
s r hay92
サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニーO
第一楽章、[115]でぐっとpに落とし、じりじりとcresc.するのが効果的、第二楽章はラトルとしてはやや新鮮味に欠けるか?ほかは申し分ない。EMIの録音は明確で聴き易いが、会場(ベルリン,フィルハーモニー)の響きに面白みがないのが惜しい。

最後に古い方へ溯るが、A.ドラティ盤がなかなか良い、よく整いながら、弦のしなやかさも聴かせる、LPで聴いたがDECCAの録音は奥行きを感じる良いサウンドで、各パートもくっきり、
a d hay92
アンタル・ドラティ指揮、フィルハーモニア・フンガリカ
第二楽章のカンタービレが程良い表現で心得た感じ、中間部ffも耳心地良くまとめる、メヌエットはゆっくりめだが丸みをもち上品、終楽章はちょうどよい快速で緻密に聴ける、
hornが低音楽器として使われることが多いが、[267]から、fagから受け継いだようなパートを吹く、ドラティ盤で初めて気付いた;
sc04c_20171129183755964.jpg

a d hay you tube
you tube:Symphony No 92 G major 'Oxford', Antal Dorati P H

ご覧いただき、ありがとうございました。

category: F.J.ハイドン

tb: 0   cm: 0

プロフィール

最新記事

最新コメント

カテゴリ

最新トラックバック