Micha: Classic音楽とLuteの楽しみ

クラシック音楽とリュート、宇宙・科学の話など

R.ヤーコプス:Haydn Sym No.91  

ヤーコプス指揮、フライブルク・バロックO、次はハイドンのSym No.91を聴いてみた、 
古楽器といってもvn属は楽器が当時のものであればよいとは行かない、どれくらいのテンションの弦を張るかという問題があり、ひじょうに緩く張る例からモダンに近い例まで奏者によって現状はまちまちだと聞いたことがある、それによって奏法や音楽の物腰も変わってくると思う、過去に取り上げたS.クイケン指揮、ラ・プティット・バンドの同じHMへの録音は緩い弦の響きに思われた、今回のフライブルク・バロックOのサウンドもほぼ同じで、vn群はしんなりと響く、このorchを土台に演奏を築くことになるが、か弱い演奏にはなっていない。
r jacob hay s 91r jacb hay s 91cd
ルネ・ヤーコプス指揮、フライブルク・バロックO
2004年 ハルモニア・ムンディ
 TOWER RECORDS
No.91はモーツァルトのSym No.39と同じく変ホ長調で、第1楽章の第1主題[21~]が"歌う主題"のタイプだ、[36]から出てくる前打音は例によって"譜どおり"の演奏、
sc01 17
かつて初めて聴いたNo.91はK.ベーム指揮、VPOの演奏で、ゆるりと始まり、重々しい印象が焼き付いてしまったが、ヤーコプスの演奏はAlleglo assaiらしい溌剌としたものだ、透明感のある合奏の中で、1本だけ入ったflトラヴェルソが細やかな味わいで浮ぶのが印象的、展開部以降も反復され、強奏、弱奏のコントロールで十分な深みが表現される、
第2楽章、どこかのパートが最初のテーマを奏で続け、変奏パートが重なる形式、始まりから[24]までは弦が主体で反復があるが、ここでコンサートマスターがひじょうに魅力な装飾演奏を重ねている、
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*vcとbassにパートが分かれている
このあとは変奏部分なので作品自体を聴くことになる、[49]auftaktからテーマが変ロ短調になり、一時趣きを変え、[87]auftaktで元のテーマに戻す、ハイドンらしい機知に富んだ変奏だが、程よいところで終わる。
メヌエット、キビキビと切れ味を持ったテーマ、ここでもflトラヴェルソが浮き立って聴こえて心地よい、トリオはレントラー風になり、木管の柔らかさの中にナチュラルhornが野性っぽく高鳴る。
終楽章、快速だが極端ではない、押しては引くような音量の波、この終楽章は展開部も聴きどころで懐深く聴かせる、後半も反復する。

当演奏はyou tubeには挙がっていなかった、
参考動画はS.ラトル指揮BPO、こちらも第2楽章に装飾を入れた好演、
s r hay sym91 you
you tube:Haydn: Symphony No. 91 - Bavarian Radio Symphony Orchestra/Sir Simon Rattle (2012)
  *  *  *  *  *  *

PS.昨日の燕
6 19 d
6 19 n
昼は整列、夜はワサワサ

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R.ヤーコプス:Mozart Sym 「プラハ」  

たまにはモーツァルトの新盤も加えようと、ルネ・ヤーコプス指揮、フライブルク・バロックOの盤を取り寄せた、SymのNo.38&41、No.39&40、ついでにハイドンのNo.91&92も^^
随時書いていきたい。 
2枚組の厚さのケースに、Harmonia mundiの分厚い2012年のカタログが入っていた;
r jaco moz sym38catalogue.jpg
ルネ・ヤーコプス指揮
フライブルク・バロックO 2006年


当盤より今日はMozart Sym No.38「プラハ」、
まず、第1楽章、序奏[17]からさっそく出てくる前打音だが、
sc01 14
これの演奏は、様々な例がある、
①事実上、この譜でいう32分音符を2つ並べる
②"前打"らしく小さく短く入れる(拍の頭から)
従来は①が当り前のように行われたが、②の演奏例も少なくない、バロックと古典派でも演奏習慣に違いがあるが、
ここで、どれが正しいかはさておき、ヤーコプスは楽譜どおりに②の奏法を全箇所で行っている、個人的にはこれが自然で好ましく思える。
古楽器orchによる演奏もじつに数が増えて珍しくはないが、ヤーコプスの演奏は既存の演奏例を消し去り、あらたに楽譜に問い直したような新鮮なもの、変にいじくるのではなく、音楽のツボを引き出している。
古楽器を用いればおのずと答えが導かれる部分もあるが、作曲当時の楽器で最善の聴き応えある演奏への探求は続いているようだ、これがモダンorchにも影響していく。
フライブルク・バロックOは誰が言ったか?古楽器のBPOと言えるほど上手いとか^^ヤーコプスの理想を見事に具現化しているようだ。
弦は厚くないがくっきり音のラインとして響く、管とtimpの絶妙な効果、似たような編成でもSymphonyとDivertimentoは違うと実感させる。ヤーコプスは強弱の操作をこれまで以上に巧みに行い、ダイナミズムへの効果を一層高める、
第2楽章も新鮮な楽しみに引き込まれる、
終楽章、かなり速いテンポだが、これも視点を引いて、曲全体を一気に見渡すような効果を感じる、もちろんフライブルク・バロックOの切れ味抜群の演奏にも魅了される。
you tubeにこの演奏があった、
R Jaco Moz sym38 you
you tube:Mozart: Symphony No. 38 in D Major, K. 504 - "Prague"

freibur ba o
フライブルク・バロックO
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PS.燕、一週間の成長ぶり
6 11
6月11日
6 18 d
6月18日

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スウィトナー:Mozart Sym「プラハ」ほか  

まずは燕の観察、昨夜の様子、雛は親鳥の下にもぐり背を向けて寝ていた、だいぶ羽も出来上がってきたのがわかる。 
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昼間、眼がぱっちり開いて、2m程の近くから撮っているが、まったく気にしない様子^^
6 16 d s
    *  *  *  *  *  *

さて、いつもランダムに盤を選んでいるが、たまにはラックの端から、その日の気分で聴きたいと思ったのを抜き出すのもいい、
たしか高校生くらい?の頃から持っていたLPで、スウィトナー指揮、SKDのモーツァルト交響曲、31、35、36、38番の2枚組で、EMI系の兼価レーベル、セラフィムから出ていたが原盤はD.シャルプラッテンのはず、たぶん'60年代後半の録音と思われるが、当時から好録音だった、低域が豊かなウォームサウンドで拡がりがある。
38番「プラハ」と31番「パリ」の入った1枚を聴いた。
sui moz s 31 38
オットマール・スウィトナー指揮
シュターツカペレ・ドレスデン


Sym No.38「プラハ」
第1楽章、序奏から粘らずすっきりと演奏、主部は快速で緻密に合奏を決めながら、力を抜いた感覚でサラサラと進める、木管がゆとりをもって響いてくるバランス、"西"で活躍していたカラヤンとは速めのテンポは共通だが音作りはまったく違う、弦が奏で、木管が引き継ぐところなど対等な掛合いで心地よい、弦楽が小気味よい掛合いをする中、[81]からob、flが和声を乗せていく様、好きなところだが、
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ここを豊かに堪能できる。
第2楽章は遅すぎずスッキリとした演奏で、第1楽章もそうだが、節目をつけて引き締めた感覚がある。
終楽章、速すぎないテンポで端正、開始の弦楽はぐっと弱奏で、[3]からの木管のリズムと和声をくっきり押し出す、
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この美的バランスだけで引き付けられる。
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you tube:Mozart - Symphony No. 38 in D, K. 504 [complete] (Prague)
*you tubeに演奏者の表示はないが、当盤と同じ音源、

Sym No.31「パリ」
「プラハ」で書いたと同様の演奏スタイルで涼しげな響き、これ以上ないほど引き締める、第1楽章は快速で[40]からのように適切にスタッカートで決める。
sc s31
数ある「パリ」の演奏で最も気に入っている。
moz sym31 you
you tube:Mozart,Symphony No 31 Paris, Suitner
*you tubeはLPの再生で、元々テンポの速い演奏だが、ターンテーブルの回転が少し速すぎるようだ。


もう一つ、覇気に満ちた演奏を挙げる、アダム・フィッシャー指揮の「パリ」、Fischer.jpg
you tube:Mozart - Symfoni nr. 31 (Paris) - DR UnderholdningsOrkestret - Adam Fischer さすがと言うか、

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ハイドン:疾風怒濤期の緩叙楽章  

まずは燕の観察日誌、なにしろ2階の窓の横なのでラク、夜は親に暖めてもらい、昼は餌を待ってじっとしている、眼が開き、羽色も燕らしくなってきた、 
tubame 6 14
6月13日夜、14日朝
見ている間にも親が何度も餌を持ってくる、日ごとに大きくなるはずだ。
      *  *  *  *  *  *  *  *

さて、ハイドンの長い交響曲の歩みの中で、4つの楽章をいかに充実させるか、創意工夫が重ねられてきた、第2楽章(又は第3楽章)に置く緩叙楽章に注目しても興味深い、後期になると変奏形式が定着していき、その変奏も聴衆を退屈させない斬新さとセンスを備えている。
また疾風怒濤期に当る作品の緩叙楽章の魅力も特筆すべきで、40番代~50番代の一部になるがソナタ形式で書かれ、弱音器を付けた弦楽が主体で、ob、hornが効果的に使われる、天高くから、あるいは深い森の奥から聴こえてくるような、夢想の世界に引き込む静謐な音楽、
お馴染みのところでNo.44「哀悼」やNo.45「告別」の緩叙楽章も傑作だが、No.49「受難」の緩叙楽章は冒頭で短調なので特例的だ、
No.43「マーキュリー」の緩叙楽章も魅力である、
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you tube:J. Haydn - Hob I:43 - Symphony No. 43 in E flat major "Mercury" (Hogwood)第2楽章、
後半[49]~は始まりから引き付ける、
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No.46 Hob1:46の第2楽章はシチリアーノのリズムを持ち、後半展開部に入ってからの[42]~のobと内声弦による和声がひじょうに魅力、
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you tube:J. Haydn - Hob I:46 - Symphony No. 46 in B major (Hogwood)第2楽章、

No.54 Hob1:54の第2楽章など精神性を深めた傑作だと思う、反復を全て行うとかなり長い、ホグウッドの録音では17:51になる、
you tube:J. Haydn - Hob I:54 - 2nd Version - Symphony No. 54 in G major (Hogwood)第2楽章、

ほかにもNo.42など傑作だが、最も堪能させてくれるのが反復を省略しないホグウッド盤、次いでT.ファイ盤だろうか、ドラティ盤の全集も魅力をよく捉えている。
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鈴木秀美:Haydn Sym No.53「帝国」  

ご無沙汰していたハイドン、耳を清める意味で相応しい盤を取り出した、 
ハイドンの交響曲など、優れた古楽器orch.の演奏で聴くと極めてピュアな音楽であることがわかる、いつもはあまり気に止めなかった部分が一際美しく聴けることがある、鈴木秀美指揮、O.リベラ・クラシカのライヴは透明でナチュラルな録音も助けて、それが十分味わえる。1曲目にSym No.14が入っていて、小振りな作品で書法的充実はないものの、閃きと澄んだ響きには後の時代には聴けない魅力がある。今日のメインはNo.53「帝国」、
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ハイドン 交響曲第53番ニ長調 Hob.1-53「帝国」
鈴木秀美:指揮
orch.リベラ・クラシカ 2003年 浜離宮朝日ホール TDK

第1楽章、timpを堂々と鳴らし序奏が始まる、弦楽とobが重なる部分もそういう一体の響きを狙っている、主部は快活なテンポだがフレーズの節目に僅かに溜めを入れ、じっくり進める、動機は主和音上を動くhornとvcによる単純なもの、
sc01 17
これが力強く発展し、展開部では重要になる、がっちり型の曲だ、展開部は密やかに入り、ポリフォニックでバスの動きに活気を持たせる、動と静の対比をつけて引き付ける、提示部の[29]から動機をoctで繰り返しているが、再現部[188]では一度のみに詰めている、
sc01 188
[222]からの第2主題、vn1とflトラヴェルソが重なり質感を揃える、すっきりしたvnに程よく酸味?を加えたような良い響き、これも古楽orchならではの味わい。
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第2楽章は歌謡調の主題による変奏、ハイドンの変奏のセンス、アイデアが光る傑作だ。
メヌエット、この簡潔で溌剌としたテーマは心地よく飽きることはない、
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トリオでもflトラヴェルソとvn1が重なる味わいを聴かせる。
終楽章にはいくつか異稿があり、ライヴではA稿が演奏され、B稿も追加録音されている、どちらを演奏しても活気に満ちた魅力がある、ドラティ盤、ホグウッド盤など両方録音される例が他にもある、C、D稿もあるが偽作とされる。

参考動画はC.ホグウッド指揮、AAMによる演奏(終楽章はA、B稿に加えC、D稿が続く)
hog hay you
you tube:J. Haydn - Hob I:53 - Symphony No. 53 in D major "L'imperiale"
こちらも古楽orchならではの魅力がよく聴ける1枚だ。

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ベザイデンホウト:Mozart 鍵盤音楽  

私は何事も「長くなる」のが好きじゃない、宴席も長くて1時間半が切り上げどきだと思うが、下手すると2時間超え;皆よくそんなに喋る事があるもんだと;誰とは言わないが、ご近所同士の立ち話や長電話、同じような内容を延々20分超え・・私なら2、3分で済む; 

ハイドンはあまり接続句を入れず、休符を挟んでパっと切り替える、そんな書き方が個人的に性に合うが、深淵な緩叙楽章など長く聴きたいと思う曲もある。
モーツァルトは流暢で話し上手というか、長くても退屈させない術がいくらでもあるようだ。(かったるい演奏では退屈な事も;)
先般「モーツァルトのバロック作品」ということで取り上げたK.ベザイデンホウトのシリーズ録音はモーツァルトの有名曲の間に、めったに演奏されない小品など"落ち穂拾い"的に収録しているのが面白い、
bez moz 01
クリスティアン・ベザイデンホウト:fp

バロック風のK.399のほかに、トリオのないメヌエットK.355やジーグK.574も入っている、これら2曲揃えば組曲完成と言いたいところ・・どうも様相が違う、楽譜ではポリフォニックでバロック風かと思えても、書かれたのはK.399より7年後、晩年近い頃で、モーツァルトの作風として消化されているようだ。ジーグのほうはyou tubeにあった、
moz gigue
Gigue K.574
moz k574
you tube:Mozart Gigue in G major, KV574 | Kristian Bezuidenhout

このアルバムにはピアノを始めた人が最初に弾くであろうモーツァルト作品、ソナタ K.545が入っている、易しく書かれたこともあり、書法的充実は乏しいが、それでも楽しませるのがモーツァルト、さらにベザイデンホウトは心地よいアゴーギグと古典派趣味の装飾をセンスよく加え、リピートが楽しい、こうした装飾のヒントは具体的に音符にされた楽句の中にたくさんあると思う。
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tou tube:Mozart Piano Sonata No.16 in C major, KV545 "Sonata facile" | Kristian Bezuidenhout

もう1曲、モーツァルトの変奏曲で特に好きな「デュポールのメヌエット」の主題による変奏曲K.573が入っていた、
moz k573
K.573
moz 003
you tebe:Mozart - 9 Variations in D major, KV573 | Kristian Bezuidenhout
当時のフォルテピアノの音の特性は立ち上がりは明確、余韻は短め、鍵盤上をコロコロ転がる書き方はそんな楽器にぴったり、ダイナミックな変奏もあり、聴きどころ。
変奏曲というと在り来たりで退屈な曲もあるが、モーツァルトはじつに言葉巧み、9つもの変奏が新鮮でよく湧いてくるもんだと思う、こういう繰り返し、長話ならわるくない。

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category: モーツァルト

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バロックなモーツァルト:K.427   

レクイエムと並ぶ傑作として有名なミサ曲 ハ短調 K.427は先日のK.399と同様、モーツァルトがバロック体験した直後くらいに書いた曲と思われ、ヘンデルやバッハのエッセンスが沸き立つような楽章を持つ。 
ただこのK.427も全曲は完成できずに終わっていて、1783年に"初演"されたときは出来上がっている楽章(kyrie、Gloria、Sanctus、Benedictus)に、過去のミサ曲から欠落曲を転用して演奏したとみられる。またK.427はイタリア語の歌詞をつけて、カンタータ 「悔悟するダヴィデ」 K.469という曲に転用されていて、完成されないわりに使われている;
今回聴いたのはガーディナー盤、
j e g mo mass
ミサ曲 ハ短調 K.427
シルヴィア・マクネアー(S)、ダイアナ・モンタギュー(S)
モンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮


1曲目の kyrieは深く威厳を持つように素晴らしい、
2曲目、 Gloria Gloria in excelsis Deoもフーガで書かれたラッパと太鼓華々しい合唱と管弦楽、ヘンデルが思い浮かぶ、
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you tube: Gloria Gloria in excelsis Deo
一方、3曲目、Gloria Laudamus teになると完全にモーツァルトらしくなる、ホモフォニックでオペラのアリア同様、ソプラノ歌手による技巧的なコロラトゥーラの聴かせどころとなる、
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you tube:Gloria Laudamus te
5曲目の Gloria Domine は再びバロック風、声楽とorch.の上声、通奏低音、それぞれが独立した動きでポリフォニック。
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you tube:Gloria Domine
10曲目、Credo Credo in unum Deumも興味深い、この楽章は未完で合唱とバスのパートのみ書かれていて、あとは補筆された版で演奏されるが、骨格は出来ていたとみてよいだろう、timpがチューニングされるGとCの音で主題が導かれる、これまたヘンデルの何かの曲から引っ張ってきたようだ。
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you tube:Credo Credo in unum Deum
11曲目、Credo Et incarnatus estはモーツァルトらしく、ソプラノよるコロラトゥーラをじっくり聴かせる。
you tube:Credo Et incarnatus est
全曲バロック風に統一しないところが面白い。

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category: モーツァルト

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モーツァルトのバロック作品  

モーツァルトは支援者であったヴァン・スヴィーテン男爵からバロック期の楽譜を提供され、バッハやヘンデルの作品にすっかりのめり込んだらしい、これらはモーツァルトの宗教作品にも活かされているし、以前記事を書いたフーガ作品の元にもなっているだろう。 
古典派のフーガ
単にバロック作品の習得、再現ではなくモーツァルトならではの変化技も投げかけてくるようで芸術的な冴えを感じるのは流石と言おうか。
今日は興味深いところで、モーツァルトが書いた鍵盤曲、K399について。
これはヘンデルの手法で書いたとされるが、バッハ風、もありそうだ。
主要作品ではない?とみなされているせいか、録音は少ないようで、クリスティアン・ベザイデンホウトのfpによる演奏を聴いた。
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クリスティアン・ベザイデンホウト:fp
ハルモニア・ムンディ

1曲目はハ長調、フランス風序曲で、付点リズムのグラーヴェにフーガのアレグロが続く、
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グラーヴェからアレグロへ入るところ
2曲目はアルマンド、ハ短調で優美なテーマは優れたバロック作品を思わせる、
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3曲目はクーラント、変ホ長調
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4曲目、ト短調サラバンドは書きかけで終わっている、
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バロック組曲は同じ調で統一されるので、調の違うこれらは単独曲とみるべきだろう。
後期バロックの様式を見事に再現しながら・・ちょっぴりモーツァルト自身もちらつくような仕上がりで面白い。このように未完に終わっている曲が他にもあり、モーツァルトにとっては試作的な楽しみだったかもしれない?

C.ベザイデンホウトのfpによる動画が挙がっていた
mos suite02
you tube:Mozart - Suite in C major, KV399 | Kristian Bezuidenhout

過去の作品を研究するというのは優れた作曲家は皆やっているようだ、ハイドン、ベートーヴェンはフーガの手法を巧みに用いている、ブラームスも師のシューマンが所蔵する大量の楽譜から古くは教会音楽、バロック、古典派~と過去の作品を熱心に書き写し、それまでの音楽史を集大成するような作曲法を築いている、その典型が交響曲No.4だろう。

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category: モーツァルト

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C.マッカーリ:M.ジュリアーニ ギター協奏曲No.1  

現代から見て、ベートーヴェン(1770-1827)は同時代の作曲家の中でも一人横綱のような存在で、他はあまり重要視されていない、ベートーヴェンは当時の聴衆がついて行けないほど創作欲を込めた曲を書いたが、他の作曲家達は人々の希望に応えて書いた、そこが分かれ目か、音楽家としての技量は優れていて、ライバルだったJ.N.フンメルもそうだろう、近年は再評価されている一人だ。
同じく後期古典派のギター曲で貢献したF.ソルやM.ジュリアーニ(1781-1829)も同じだったかもしれない。見方を変えればそれぞれの楽器の奏法を発展させた重要な存在だが。 
手持ちのCDで特に聴いてみたいと思えるギター協奏曲が、クラウディオ・マッカーリがギターを弾く、ジュリアーニの協奏曲集だ。過去にペペ・ロメロやイエペスなども録音しているが、古い演奏で、こういう曲こそ歴史の垢を取り払うべきだと思った、当時の楽器でバランスを取った演奏は興味深い、最も充実しているのはNo.1イ長調だろう。
ジュリアーニがウィーンで名声を得た頃、よく共演したJ.N.フンメルと作風は共通していて、orch.はtimpこそないがほぼフル編成、楽曲も大がかりな時代になっていた、
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マウロ・ジュリアーニ ギター協奏曲No.1イ長調op.30
Guitar:Claudio Maddari
Orchestra:ENSENBLE OTTOCENTO
Lerder:Andrea Rognoni

第一楽章は約16分の大曲だ、orch.の前奏部はまずまず立派で聴き応えはある、前奏部の最後はぐっと音量を落とし、ギターのサイズに誘う、
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ギターのソロはギター独特の語法ではなく、クラシック音楽の中核を成す楽器達と共通性を持たせたスタイルで、そこはボッケリーニとは違って面白い、
第二楽章はホ短調のシチリアーノ、この楽章が叙情味があって、一番ギターの魅力が出ているだろうか、
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第三楽章、陽気な主題によるロンド楽章は平穏で、もう少し楽想だけでも引きつける内容がほしいところだ。
F.カルリは短調の協奏曲も書いており、ジュリアーニにも1曲は欲しかった。

ギターはグヮダニーニのオリジナル(1812)だそうでマッカーリはこの楽器の奏者として申し分ない、ほっこりとした響きはピリオドorch.とよく溶け合っている。
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you tube:Mauro Giuliani, Guitar Concerto No.1 played on a Guadagnini guitar (1812)

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category: その他・古典派

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北欧の古典派:J.M.クラウス  

先般は南欧イタリアからスペインに移ったL.ボッケリーニについて書いた、同じラテン諸国だが、他の諸国とは一風違うエスパーニャな曲を書いていた。 
今日はドイツ出身でスウェーデンに移り、王室付き音楽家になったヨーゼフ・マルティン・クラウス(1756-1792)、モーツァルトと同年生まれである。
Joseph_Martin_Kraus.jpg
Joseph Martin Kraus(1756-1792)
スウェーデンはスカンジナヴィア半島の西に北上してくるメキシコ湾流のおかげで、緯度の高い地域にありながら、極寒が和らぎ、四季のある気候で、白夜、オーロラの見られるところ、こういう環境に居ると芸術的感性も一風変わってきそうな気がする、
Golfstrom_Karte_2.jpg
クラウスの作品もいくつか聴くと、国際趣味だったり、独創性が出ていたり、興味深い、1781年に国王グスタフ3世の宮廷作曲家になり、翌年から4年間、イタリア、ウィーンなどへ音楽修行に出ている。ハイドンの所も訪れ、交響曲を献呈している。

グスタフ3世に捧げられた弦楽四重奏曲は3楽章が多く、2楽章の曲もあり、芸術に造詣の深い国王の希望に叶った作品に違いない、型どおり楽章を揃えて退屈させるより良いと思う。
その1曲、弦楽四重奏曲ニ長調、op.1-4(VB184)の終楽章、とくにこの楽章は印象強い、
j m kraus sq
J.M.クラスス四重奏団
you tube:J. M. Kraus - VB 184 - String Quartet Op 1 No. 4 in D major
この情熱を帯びたリズム感覚はどこかラテン的血統に似ている?北欧人だってこれくらい書くよ、って言われりゃそれまでだし、民族音楽にあるかもしれない、しかし標準的でありふれた古典派音楽とは異風のところがやはり面白い。
このほかクラウスはフーガの技法を用いた曲が魅力で、その1つ、弦楽四重奏曲ト短調op.1-3(VB183)
j m kraus 02
J.M.クラスス四重奏団
you tube:J. M. Kraus - VB 183 - String Quartet Op 1 No. 3 in G minor
第一楽章は導入部でテーマを予告、このテーマのフーガに入り、テーマは少しずつ変形する、
j m kraus
中間部らしき部分があり、再び導入を聴かせて再現部か、ここでもフーガに変化を付けて聴かせる、こういうのもインテリ?国王の好みだったかもしれない。
因みにクラウスの師、J.C.キッテル(1732-1809)は大バッハの弟子だった人だ。

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category: J.M.クラウス

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