Micha クラシック&リュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

ホグウッド:ハイドン交響曲53番  

ホグウッドが全集に向けてスタートした録音、いずれ買い求めるつもりが、いつでも買えると思って先送りになっていましたが、今や中古、在庫品しかない状況です;
あらためてこのシリーズ録音を聴いて、音楽的質の高さに驚いています。それまでの多くの録音とは別格のような仕上がり、古楽を先導してきた人の集大成の仕事のように思えます。ハイドンも初期、中期・・その時々の最高作として書いていたはず、ホグウッドも最上の演奏で応えているように感じます。

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さて、クイケンも素晴らしい録音をしている53番「帝国」ですが、まったく予想どおりというか、極端に感じる表現は一切なく、正攻法、あくまで自然に捉えて、様々なデリケートな要望を実現している数少ない演奏です。
第一楽章は程よく快速、弦は強くエッジを立てずしなやかに弾くんですが、快活さは十分に感じます。強弱表現は懐深く、極めて丁寧な合奏が聴き手を集中させます。
第二楽章はあまり遅くせず、テーマを民謡らしくさらりと素朴に歌い上げるところがいいです。
簡潔で美しいメヌエットは望みどおりの快演v
終楽章はA版のカプリチォが先に入っています、快速ですがスリリングに音階を駆け上がるパッセージも緻密なアンサンブルで決め、弦とトラヴェルソの一体感が見事、きっちり構築感も聴かせ、痛快に終わります。
次にB版のプレストが入っています。古楽奏者はかならず両方録音しますね、5楽章のつもりで楽しめばいいです。

録音はワンポイントではないかと思います。自然な音場感、弦と管のバランスは絶好でナチュラル音です。セッション録音なので仕上げも入念。音のフォーカスが良く、弦とトラヴェルソの響きがいいです。楽器データによると、トラヴェルソはH.グレンザー・モデル、とあります、弱音の細く絞られたような音が弦楽と溶け合い美しい。
内容の高さからコストもかかっているようで、残念ながら70番台半ばで計画は打ち切りになりました、ちょうどこのあとの作品はS.クイケンが質の高い録音を残しているので、両者をつなげば、古楽オケによる優れた全集が概ね組み上がります。

category: F.J.ハイドン

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J.クリスティアン.バッハ:鍵盤協奏曲d-moll  

大バッハの作品も好きですが、息子達、特にカール・フィリップ・エマヌエルと末っ子のヨハン・クルスティアンは素晴らしいですね。G.レオンハルトがいち早く、エマヌエルの鍵盤協奏曲の魅力を聴かせてくれたのはコレギウム・アウレウム合奏団とのニ短調Wq.23でした、もう聴いてゾクゾク。後にレオンハルト合奏団で同曲を録り直しています。C.P.E.Bach:Harpsichord Concerto in d minor, Wq.23
お定まりの路線上を進まない突如とした気分変化のある多感様式は前古典派期のドイツ圏に生まれた魅力的なものです。

今日は末弟、ヨハン・クルスティアンの鍵盤協奏曲を聴きました。
Anthony Halstead:Harpsichord The Hanover Band
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3曲、ニ短調、変ロ長調、ヘ短調と入っていますが、一曲目ニ短調を取り上げます。
クリスティアン、少年の頃、父バッハが亡くなり、兄エマヌエルにひきとられ、そこで教育もうけたわけで、これらの鍵盤協奏曲は当然、兄の影響が強く、多感様式の魅力が聴かれます。ベルリン時代の鍵盤協奏曲とされる作品群です。
J Christian Bach,Berlin Harpsichord Concertos
この第一楽章はほとんど単一主題のようですが、多彩に変化を聴かせ、兄よりも幾分明快な感じで、クリスティアン独特の短調作品の魅力もでているようです。演奏のAnthony Halsteadの快速で見事な指さばきも痛快です。
第二楽章は安らぎの中にも細やかな移ろいがあります。
第三楽章、緩やかに聴こえる弦楽の入りが意外、兄エマヌエルのWq.23第一楽章にあったテーマの一部も出てきたりします。
クリスティアンはやがてイタリアへ赴き、当地の著名な作曲家、ジョヴァンニ・バッティスタ・サンマルティーニなどに学び、まさに古典派らしい新しいスタイルを身につけます。バッハ家では珍しく国際的な活躍をしました。ロンドンで出会った少年期のモーツァルトに影響を与えたことでも知られますが、やはり、クリスティアン・バッハの魅力はイタリア・スタイルの作品ですかね、次はこのあたりを聴きます。

category: Sons of Bach

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CDウォークマンで、、  

ソニー初期のディスクマンにはライン・アウトが付いていました。ここからシステムに繋ぐとCDデッキの代役が務まるような再生音が得られた記憶です。操作ボタンが上面についていて卓上でも扱いやすく、重宝しました。
今はこのようなCDウォークマンしかありません。ボタンは小さくすべて側面にあり、完全に持ち歩き仕様ですね、卓上では扱いづらいです;ライン・アウトがないので、イヤホン・アウトに繋いでボリュームをMAXにして使うしかありません。

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面倒だけどちょっと試しに繋いでみました。再生音は聴けなくもないですが、音に緻密さがなく、分離がイマイチ、大オーケストラの個々の楽器のパンチがなく、ブラスも厚みが足りません、全体に曖昧、やはりイヤホン向けのバランスになっちゃってるのか・・上蓋が半透明でCDの回転の様子がわかりますが、止まったり廻ったりします、メモリに一定量データを収集しては再生しているんですね。

category: オーディオ

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スウィトナー:シューベルト交響曲5番  

このCDは「未完成」と第5番の入った、オットマール・スウィトナー指揮、SKBの演奏で、LP盤購入からCD購入へ移行していた頃に買った懐かしいものでもあります。たしか3500円、そうおいそれとCDは買えませんでした。
東ベルリン・キリスト教会、1983年録音ですからデジタル最初期ではありません。すっかりサウンドが完成したDENONとD.シャルプラッテンによる共同制作。

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スウィトナーの指揮はいつもどおり、極めて清潔な響き、シューベルトのSymphonyには一際相性よく感じます。最初に入っている「未完成」はこの演奏以外は聴かなくてもよいと思えるもの。多くの演奏でありがちな遅すぎるテンポを避け、爽快な弦の演奏に管・打がどっしりとダイナミズムを加え、濁った塊のような響きは聴かれません。全体を適度に弱音基調で演奏している分、第一楽章の展開部が凄い迫力として聴けます。

さて第5番ですがオケ編成が、tp、timpなし、クラリネットもなし、ということで、古典派中頃に戻ったみたいな規模です。ベートーヴェンでは考えにくいですが・・ハイドンの確立した交響曲形式がしっかり基盤として感じられ、同時に和声の移ろいなどシューベルトらしい魅力も聴かれる、親しみやすい曲です。
第一楽章、さらりとした短い導入があって弦で溌剌とした第一主題が弾かれます。第一主題をしばし燃焼させて、穏やかな第二主題に入ります。展開部は第一主題に導入部の音形を交えながら始まり、第一主題を扱いますが短いもので、再現部に移ります。再現部内にも小さな展開を設けて、終結部に行きます。
第二楽章、始まりを聴いた瞬間、ハイドンの90番第二楽章を連想しました、そっくり同じではないですが、旋律の趣味はハイドン風で、温もりに満ちています。3部形式で中間ではいつのまにかロマン派的な世界に包まれます。
第三楽章はト短調で書かれ、平穏ぎみの作品の引き絞めどころでもあります。モーツァルトの40番メヌエットとの類似がよく言われますが、25番の雰囲気もちょい入っている気がします^^結果的にはとてもシューベルトらしい曲想になっていますが、いずれにせよ魅力のメヌエットです。
終楽章ソナタ形式、ここでも軽快な主題による始まりがハイドンの終楽章を彷彿とさせます。展開部は特段凝った内容ではないですが、再現部で一押しあって全体としては充実感があります。
以上、スウィトナーは程よく快速に進め、美質が効いた演奏となっています。

category: シューベルト

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ホグウッド:ハイドン交響曲17&36番  

C.ホグウッドが計画していたハイドン交響曲全集の第2巻です。解説書の最後のページには"完成予定″の全巻リストが載っていて、パリ・セットに入る少し手前で中断しています。ロンドン・セットは4曲だけ単独に先行録音していますが、中途半端だし、パリ・セットが皆無というのは非常に残念。ホグウッドの86番、102番など聴きたかったですね・・(本音;)

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ハイドンの演奏が成功するかどうかは本当に紙一重の出来、不出来にかかってくるように思います。S.クイケンがオケ・メンバーに100%以上の要求をした、というのと同レベルの演奏をホグウッドも実現しながら、じっくり進めていたものと思いますが、この3枚組を手にしただけでも感じます。速すぎるテンポは避け、装飾的な旋律なども精密なアンサンブルで丹念に聴かせます。ロンドン・セットも再録の予定だったのかも?オワゾリールのナチュラルな録音も文句なし。
さてこの中から、17番と36番を聴きました、この2曲、17番はモルツィン家時代、36番はエステルハージ家時代初期に一応分類されますが、第一楽章の構成は姉妹作品と思われる共通の魅力があります。ハイドンの交響曲には簡潔な主題で響きの対比、切れ味が聴きどころのタイプも多いですが、これら2曲は快活さも持たせながら、装飾的な美しい素材で気分の移ろいもデリケートに快調に繋がれていく室内楽的美しさで、さらに展開部が2部構成になっているのも例外的な聴きどころです。同タイプの曲はほかに見当たらないので希少な傑作ですね。ただし17番は3楽章、36番は4楽章の構成です。ともに第二楽章以下はまずまずといった内容でしょうか、17番の第二楽章ヘ短調はなかなか味わいがありますが。
これら2曲はフィッシャー盤も佳演ですので、比較して即楽しめます。
Symphony No. 17 in F major Fischer
Symphony No. 36 in E-flat major Fischer

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category: F.J.ハイドン

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ハイドン 交響曲32番  

ハイドンがモルツィン家に仕えていた時の初期のスタイルには後の作品にはない魅力が聴かれますね、後年から見れば若い頃のファッションみたいなもの?その中から交響曲32番です。
第32番ハ長調はtp、timpが加わった祝祭的作品で、ハイドンらしい健康的な楽しさに満ちた第一楽章がまず良い、tpとhornの幾分粗野な高域の輝きとtimpのパンチが痛快。ソナタ形式ですが、いくつかの素材が受け継がれ快調に進んで快活さを切らしません。
第二楽章にメヌエットがきますが、ここも第一楽章の華やかな気分を受け継ぎます。
第三楽章は弦楽のみですが、古典派初期らしい雅な旋律です、やはり小編成オケでは旋律美も必須な要素ですかね。
終楽章、hornとtpの高域とtimpの刺激で絞めながら、すっきりしめくくります。ただこの頃の作品では整ってはいるものの、構成感を味あわせるには今一つですかね。

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左、NAXOSのHelmut Muller-Bruhl盤は好録音で、tp、hornの輝きが鋭く、心地よいです。テンポは比較的快活で、アンサンブルも丁寧に整っています。

右、フィッシャー盤は終番の録音だけに良好で、演奏も全体に快速、ピリオド感覚が最も出ていて切れ味よく、この曲の魅力をよく表現しています。
Symphony No. 32 in C major Adam Fischer
timpの思い切った打音が効きます。メヌエットも快速でトリオは例によってvlをソロに、退屈させません。簡潔な終楽章も中身を圧縮した感じで、希薄に感じない、やはり演奏しだいですね。この曲はフィッシャーの演奏で気に入ったようなものです。

category: F.J.ハイドン

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S.クイケン:ハイドン103番「太鼓連打」  

102番の連続聴き以来、保留となっていたS.クイケン、ラ・プティット・バンドのロンドン・セットより103番を聴きました。102番同様すっかり気に入りました。
鈴木秀美氏の話では、クイケンは特に弦楽には100%以上のものを要求し、少しでも気を緩めるとほころびが出てくる、といった限界のアンサンブルを実現しているそうですね。ロンドン・セットでは1st:vlが7、2nd:vlが6・・といった具合にパリ・セットの録音時より一回り編成が増えていますが、弦の数が増えても、拡散的な音の増強ではなく、あくまで一点にエネルギー集中させた増強に聴こえてきます。この常に保たれた美音が聴き手をピリっとした気分で捕えます。
録音面はロンドン・セットはDHM、それ以前はVirgin Classicsへの録音で、多少、質の差はありますが、一貫してラ・プティット・バンドの美音は聴きとることができます。DHMの当盤は90年代最高の技術とセンスですね。繊細な高域、豊かな低域で音場も素晴らしく展開する。ブリュッヘン盤がライブで録音が残念なものがあるのに対し、こちらはセッションで申し分なしです。

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103番、第一楽章、ティンパニ連打は近雷型で始まり、序奏は比較的ファゴットが目立ち、はっきり聴かせます。主部に入ると意外に速いテンポ、しかしすぐに快調な良いテンポと感じてきます。6/8拍子ですがまさに一振り3拍で2拍子の感覚ですね。弦の軽く清潔な響きのあと、トゥッティのドスンと切り込む轟きとの対比が痛快、もっとも望ましい演奏です。(これは録音も影響し、中低域の薄い録音では聴き応え半減ですね)
第二楽章では弦の美しい響きを官能します、変奏が進むにつれ、パワーを増します、コンマス寺神戸亮のvlソロはまさにプティット・バンドを代表する響き。
ユーモラスな表情と大真面目な表情を合わせもつメヌエットは好きな曲ですが、これも速いテンポで、幾分加速もしながらぐいぐい進めます、これを聴いたら20世紀的、ゆったりな演奏がじれったくなります^^;
終楽章も程よく快速ながらカチっと整い、構成美を聴かせます。

第一楽章の演奏時間は提示部の反復ありで9:31、ちなみにチェリビダッケ、ミュンヘンPOでは提示部反復なしで10:41・・!

category: F.J.ハイドン

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クイケン四重奏団:ハイドン「五度」  

弦楽四重奏は室内楽とはいいながら、20世紀には楽器も奏法も大振りなものへと変化していったものと思います。モーツァルト宅で行われたようなプライベートな演奏はどんなものだったか、それを再現したかのような演奏で、クイケン・クヮルテットのモーツァルトの14~19番「ハイドン四重奏曲」とハイドン75~80番「Erdody四重奏曲」、それに「十字架上の七つの言葉」など集めました。今日はそこからハイドン弦楽四重奏曲76番ニ短調「五度」です。

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弦に弓を鋭くアタックするような表現はなく、弱奏は思い切り弱音として美しく弾きます、したがって強奏部分もあまりがむしゃらに弾かずとも十分な強弱表現が成されます。あまり急いだテンポを取らず、音の出だしから最後までの起伏を丁寧に聴かせ、弓を離した後の余韻も聴こえます。離れたステージ上ではなく、同じ室内に集うようで、一般に冷たいイメージとされる古楽器の弦に温もりを感じさせます。クイケン・クヮルテットのメンバーはラ・プティット・バンドの指揮者並びに主席奏者ですから、この音作りがラ・プティット・バンドの最高に美しい弦楽のベースにもなっているんですね。
第一楽章最初、副題通りの5度音程が弾かれますが、1st.vlのS.クイケンの響きから耳が一新されます、V.クイケンのチェロも温かみの中に透明感があってすばらしい。展開部の音の重なり、和声など聴きどころですが、さすがにSQともなると構成が凝っていて、細かな部分にも味わいどころがあって、おいそれとは書けません;
第二楽章、二重変奏曲でしょうか、変化を楽しみながらここでもじっくり響きを味わってしまいます。
速いメヌエットは「悪魔のメヌエット」とも言われ、上声と下声の2声で完全なカノンとなっていて、魔性の雰囲気が他にはない魅力。
終楽章、この楽章でも提示部では悪魔が放った使い魔が悪戯をしているような感じがあります;そんな遊び心とともに展開部以後は真っ当に充実させるのはさすがハイドンの余裕。
ちなみにカップリングされた77番「皇帝」ですが、第二楽章は何の雑念も見栄もなく、穏やかに語りかける"息"を感じるような演奏です。
録音はナチュラル、クリアなDENONサウンドで申し分なし、美質をあますところなく捕えています。1995~1996年のセッション録音で曲ごとに会場とスタッフが替っていますが、同じ条件で録ったみたいに揃っています。

category: F.J.ハイドン

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リュートのテンション  

リュートは長く弾いていなくとも、ときどき様子を見てやらないといけません;
今日の湿度は62%、しかし真冬は30%切ることもあります、この差は大きい。木製のペグ(糸巻)は放っておくと夏は膨張しきつくなっているし、冬に入るとどんどん緩みだします。本体も木製ですから当然、同様に変化を繰り返しているはず、やがて膠の接着も緩んでくる。とくに心配なのが響板を補強している力木、これが剥がれてくると、響板を軽くノックすると「ベコ、ベコ」という音がしてわかります。楽器を透視してどの位置に力木があるか知っておくと、どれが剥がれているかも見当がつきます^^;そして製作家さんに修理依頼するわけです。

透視

ルネサンス時代のリュートははじめ6コース程度でしたから、楽器のテンション負担は少なく、殆ど心配要りませんでしたが、時はバロック時代に移り、低音旋律が大きく跳躍する、いわゆる通奏低音の音楽となり、低音弦が増え、最後には13コースとなりました。楽器の基本構造は6コース時代と殆ど変りなく、どうにかこうにか補強して成り立たせていたのですが、やはり限界に近く、合計テンションは60kg近くなります。弦代と修理代でやたら金を食う楽器だったようです。
写真の2つの楽器は歴史的構造も重視しながら、現代の使用環境も考慮されているものと思われます。特に負荷の大きいブリッジの下の力木は製作家の工夫で様々なようで、M.オッティガーの垣根状は珍しいです。高音弦側は強く張るのでわりとしっかり補強され、低音弦側は緩く張るのと振幅の大きい振動を止めないよう、遠慮ぎみの補強になっているのは共通のようです。

category: リュート

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T.ファイ:ハイドン52番  

最新のCDには(SACDとか関係なく)ひじょうに情報量が詰まっています、やはりmp3では聴けない音、CDとして買うだけの価値はあります。初めて聴くCDはボリューム下げぎみで聴くのですが、このT.ファイの録音(hanssler)の場合、それでもやけに音像が大きく剛音に聴こえました、録音がまずいのか?と錯覚を起こしましたが、ボリュームを通常より思い切って下げた位置で普通の音響となりました;もう少し削っても支障ないほど情報量の多い贅沢な音源です。

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52番、第一楽章は低域のユニゾンで始まり、これはベートーヴェンの「運命」やモーツァルト、ピアノ協奏曲24番を予期させるものだと言われます。まあ、ユニゾンで力強く提示するのも常套手段でしょうけど。展開部は第二主題で導入され、グルックの「アウリスのイフィゲニア」序曲の展開部分を思い出す劇的な雰囲気が魅力です。ファイは例によって動と静、鋭さとレガートの対比をつけながら、各部の表情を深く聴かせます。バスラインにもしっかり旋律の表情をつけます。
第二楽章は疾風怒涛の緩叙楽章らしく沈静化した気分で始まりますが、それまでの作品より数段深みのある構成です、ファイはきめ細やかに聴かせます。
メヌエットはアウフタクトで始まり、拍子を見失いがちな感覚で落ち着かせません、上声、低声が互いに遅れて模倣するためでしょう。トリオも殆ど同じテーマで続きのように演奏されます。ファイはゆっくりめのテンポで瞑想的な雰囲気を出します。
終楽章は二声のポリフォニックな不安気な第一主題で始まり、続く第二主題が味があって沈静の役目をします。展開部は第二主題で導入、第一主題で激しく構築、休符のあと第二主題で一旦落ち着かせ、激しい終止で終わります。展開部と再現部の区分がないようで、緊張感が維持されます。ファイは適度に快速、このへんの演奏はさすがにぬかりはないです。
しかしハイデルベルク響の弦はモダン仕様のはずですが、これほど古楽器的に弾くオケは他にないですね。

category: F.J.ハイドン

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昨日の夕空  

昨日も今日も日中は暑いです。
しかし、このようにあまり赤い夕焼けにならないのは空気が澄んでいるんですね。青くて深い夕空というのは気分が沈静化して好きですが。

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クマゼミの声がなくなり、ツクツクホウシ、道端にも秋草が目立つようになり、また陽の影も長くなり秋口らしい風情です。音楽も暑さの中で強引に聴いていた感じですが;やっと落ち着いた気分になりました。
左肩の調子が悪く、リュートは休止中、音楽を聴いて過ごすことが楽しみの中心になっています。

category: 時事・雑記

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A.フィッシャー:ハイドン49番ほか  

A.フィッシャーもT.ファイもきっとハイドン大好きなんでしょうね。私も聴き手としてそうですが。
フィッシャー盤は不揃いとよく言っていますが、何しろ年数のかかった仕事ですし、変化があって当然でしょう。そこが面白いです。年を追うごとに、落ち着くどころか野心が増してきている。

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最近は他の演奏を聴いてから、フィッシャー盤はどうだろう、と逆のパターンになっていますが、ランダムに取り出した1枚がお宝だったりします。そんなお気に入りの1枚が49~51番の入ったCD14です。

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録音年としては中番あたりですが、痛快キレまくりの演奏。録音は音質的にはややデッドですが、各パートを間近で録って、聴きやすく高域を押えてステレオ配置した、いかにも合成的な感じですが、不思議とわるくないんですね、演奏内容がくっきり分離して熱気生々しく聴こえてきます。
49番は第一楽章が弦も管もじんわりと味わい深く響きます。第二楽章は駆け抜ける上声部を低声部が追っかける巧みな構成による切迫感が快速でちょっと乱れもある演奏で一段と凄みを増します。終楽章がまたブリュッヘン盤に迫る急速、第二楽章をしのぐ熱気です。
50番も好きな曲ですが、第一楽章は序奏で符点リズムを強調して思い切り重みと切れ味をつけます、主部に入ってからの対照的な快速感がいいのですが、フィッシャーは思い切り快速にやります、きっと演奏してて楽しいだろうと思えてきます^^克明な録音で弦のトレモロがじつに心地よい。終楽章も同じパターンの部分がありますが展開部以後に鋭い魅力があります。
51番は第一楽章の思い切った構成も聴きどころですが、第二楽章のホルン・ソロが見事です、高域を聴かせる曲は多々ありますが、最低域をこれだけ聴かせる曲はあまりないでしょうね。メヌエットの明快さも好きなタイプです。フィッシャーは適宜vlパートをソロにして聴かせます。終楽章はアレグロですが、49番のプレストが耳に残っているとアンダンテくらいにおっとり聴こえます;この対比がご愛嬌のようにも感じます。
そもそもこれらの3曲はハイドンがキレまくってますね^^

category: F.J.ハイドン

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V.ムローヴァのバッハ、シャコンヌBWV1004  

バッハのシャコンヌ(BWV1004)は最高峰の傑作であることはわかっているものの正直なところ、あまり何度も聴きたい曲ではなかった、長調の中間部まであり、あまりに内容が込められ大袈裟で・・それというのも、特別の名曲と言わんばかりの気合いの入りすぎた演奏がvlに限らず多かったせいもあるかもしれない。
冷静になって、バロックのシャコンヌらしい演奏に立ち返ってくれればけっこういける。
今日はヴィクトリア・ムローヴァのBWV1002,1004,1006のアルバムからシャコンヌに注目しました、これを聴くのもすごい久しぶり;

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V.ムローヴァはレオニード・コーガンに学び、二つの国際コンクールで優勝、自由な活動のため旧ソ連からアメリカへ亡命し、名だたる指揮者やオケと共演、クラシック界のトップ路線を歩んできた人ですが、単なるトップ奏者じゃないところが興味あるところ。
古楽奏者と出会って、熱心にその良さを語られてから、古楽演奏に深く感心を持つようになり、多くの演奏を聴き、自分の演奏スタイルに取り入れていったそうです。ここに聴くバッハの無伴奏vlパルティータにも聴き取れます。
楽器はモダン仕様ですが、弓は古楽器に近いものだそうで、ビシバシ気合いを込めたロマンティック時代伝統の演奏ではなく、聴き疲れしない透明な美音で弾き進め、b-moll(BWV1002)のサラバンドでは美しい装飾も聴かせる、注目のシャコンヌはあくまでシャコンヌらしく整然と進めるなか、じりじり深みと高まりへと誘っていきます。終わりまで大袈裟なことはしない。
ムローヴァはその後もエイジ・オブ・エンライトメントやガーディナーのロマン派オケとも共演し、ピリオド指向も深めているようで、近年はバッハの無伴奏パルティータ&ソナタの全集を今度はまさしく古楽器のガダニーニを使用して録音していますね、いずれ聴いてみたいですが。

category: J.S.バッハ

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K.ヒュンテラー:モーツァルトfl協奏曲No.2  

もう1枚、fl・トラヴェルソによる演奏があります。
コンラート・ヒュンテラー独奏、F.ブリュッヘン、18世紀O。

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K・ヒュンテラーはトン・コープマンと組んだ、C.P.E.バッハのフルート協奏曲で難しい技巧を克服した、後にも先にもないような名演を録音しています。モーツァルトにも期待しました。
ヒュンテラーのトラヴェルソはJ.デンナーによるオリジナル楽器、保存状態の良かったものだそうで、ストラディバリのvlほどではないにしろ、高額で買い取り、この演奏で使ったことで、録音当時は話題になったそうです。柘植材で中低音のしっかり鳴る太い響きで、上手い演奏に文句を言う理由はひとつもないのですが、明朗に鳴りすぎちゃって、B.クイケンで聴いたような、かすれるような華奢で儚い気分が出てこない;ちなみにクイケンの楽器はA.グレンザー・モデルの復原楽器で黒檀製、弱音が細く絞りこんだように美しく出るんですね、こちらの楽器のほうがモーツァルトのコンチェルト・ソロには合ってる、と耳に刷り込まれてしまっています^^;
ブリュッヘンのバックは第一楽章からしなやかで特に強調されたものは感じない。第二楽章もさらりとして、ソロも含め、もう少し練った味わいがほしいとも思う・・第三楽章、即興的装飾が入るところ、ユニークなカデンツァなど聴きどころですが・・どうもこの笛は淡々と転がって前へ進んでしまう表現しか生み出さないような?もう少し溜めて聴かせるところがほしい・・

category: モーツァルト

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菅きよみ:モーツァルトfl協奏曲No.2  

先日の鈴木秀美:指揮、O・リベラ・クラシカ盤に入っているモーツァルトfl協奏曲No.2です。
モーツァルトがアマチュア奏者から数曲依頼をうけ、高額な報酬を得るはずだったところ、この第2番がオーボエ協奏曲からの編曲だったことから半分以下に値切られたなどと伝えられる一方、フルート協奏曲が先に成立していたという説もあり、謎です。
フラウト・トラベルソはリコーダーと同じく、管の横に穴が開けられただけの単純な構造で、半音階の演奏には上流の穴を開くと同時に下流の穴複数を閉じる、クロス・フィンガリングという、厄介な技術が必要で、正確な音程で明確な音を出すのも難しいそうです。これをパッセージや装飾音で素早く行うのも大変そうです。よってトラベルソによる流暢なモーツァルト協奏曲の演奏は意外と少ないんですね。菅さんの演奏も数少ない名演、名録音として貴重かと思います。ちなみに使われている楽器は最低音を半音上げる1キーのみ付いたもの、バロック期と変らないものだそうです。

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この演奏ではオリジナル譜に従い、オケの前奏部分からトラベルソが第一vlと同パートを吹きます、当時はこのようにソロ楽器もオケ・パート演奏するのが普通だったようで、古楽の弦とトラベルソの合わさった響きは断然良い。ソロに入ってからも、オケ楽器の一部のように、さらりとした味わいでごく自然で心地よい演奏が進められる・・このように聴かせるのが難しいのかも知れません。
第二楽章では、あのB.クイケンの演奏を思わせる、半分風音のような木質の音がしみじみとした気分に浸らせてくれます。ここは朗々と鳴ってしまう金属のモダン・フルートには出せない味ですね。
ナチュラル録音がこれをよく伝えてくれます。ハイドン53番「帝国」とのカップリングで満足の1枚です。

category: モーツァルト

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N.マリナー:ハイドン86番  

昨日の話題のC.ホグウッドが通奏低音を務めていたということで繋がりがありますが、アカデミー室内O、ネヴィル・マリナー指揮によるハイドンのパリ・セットが届きました。外国発注の中古CDで随分日にちがかかりましたが、どうにか手に入りました;

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協奏曲のバック以外でマリナー&アカデミーOを聴くのは超久しぶりです。昔購入した100番と103番、オラトリオ「四季」の演奏が印象的で、これほどハイドンを"見通し良く"聴かせてくれた演奏は他になかった記憶です。それまで大編成の塊のような響きを押し付けられ、わかったようなわからないような演奏が多かったですが、曲の骨格がよくわかり、味わいどころをよく伝えてくれる。現代の理想的なハイドン演奏の草分けだったと言える気がします。ビブラートをしっかりかけた70年代らしい奏法ですが、全員がソリスト級の練り上げられたアンサンブルは不変の価値を持っているでしょう。
82番「熊」からして、とてもいいですが、例によって86番を先にじっくり聴きました^^
第一楽章は快速で短い一瞬の音まで生気を込めたような、凄い集中力を感じます。
第二楽章は涼やかに始まり、幻想的なカプリチォの森を散策させます。
メヌエット楽章は古いタイプの演奏にありがちな大袈裟な演奏じゃないところがいいですね、程よい大らかさが次の終楽章と対比がついていいです。
終楽章がまた痛快でT.ファイを凌ぐような迫力、そんな中でも全ての音のパーツがきちんと整っている、弦の弾きっぷりはもちろん、トランペットの短く鳴る一音まで、妥協を許さない仕上がりを聴き取れます。
録音はフィリップスの黄金期ですね、甲高くもなければデッドでもない、C.デイヴィス盤と同質、じつに小気味よい絶好のバランスで聴けます。

category: F.J.ハイドン

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ホグウッド:モーツァルト39番  

久しぶりに英国勢、C.ホグウッド指揮、AAMの演奏を取り上げます。モーツァルト交響曲39番。
やはりオケの規模はvlパートが4~5名ずつというもので大勢ではないです。ノン・ビブラート奏法の利点は音程を曖昧にしないこと、それによって各パート音がくっきりした音のラインとして聴こえるとともに、パート間の和声も色彩感豊かになることですね。

aam moz 39

ところでこの演奏は指揮者としてバロックvlのJ.シュレーダーとC.ホグウッドの二人の名前があがっています。弦パートの整った美しい合奏はシュレーダーによるところが大きいかもしれません。ホグウッドは通奏低音をしながらの総指揮でしょうか。録音はオワゾリールの一連の録音らしく、克明でガット弦らしい倍音の出方がよく捕えられているようです。ハイドンの録音も同様でしたが、このエレガントな弦も聴きどころです。

第一楽章、序奏は符点リズムを二重符点くらいに強調するのがバロック期から続く奏法だったそうですが、ここではさらに強調され切れ味鋭く聴かせます。主部は活気を持たせますが、あまりエッジを立てず、適度に柔軟さを
もった弦の表現が気品を失いません。
第二楽章ではさらに柔軟な弦の魅力が聴かれます。
メヌエットはブリュッヘン盤のようなリズムを強調したものではなく、わりと穏やかに弦の表情を基調とした上品なもの。これもまたいいです。
終楽章、あまり急がず、きちっと節度を保って大事に聴かせていきます。
さすがに古楽オケによるモーツァルト全集を最初に仕上げた熱意のようなものがありますね。

T.ピノック盤も秀演で、例のクリアなアルヒーフ・サウンドもわるくないです。ただガット弦らしい響きを克明に、という感じではなく・・一般には親しみやすいのかもしれませんが。

category: モーツァルト

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落雷で、  

9/1(土)午後、落雷のため、ネット回路が故障していました。
先ほど復旧しました。落雷でイカレたのは4度目、もろいですね・・;

category: 時事・雑記

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