Micha クラシックとリュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

アーノンクール:ベートーヴェン交響曲「運命」  

続いてアーノンクール、ヨーロッパ室内Oのベートーヴェン「運命」です。
テンポ設定など、大枠で見ればオーソドックスとも言えますが、過剰な量感のない痛快サウンドで、のんびり聴き流せるような、ありふれた表現じゃないのはいつもながら見事、聴きだすとハマります;

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第一楽章、動機の提示から、とても爽やかな響きは予想どおりです。動機は引き延ばさずほぼインテンポ、その後も快速ぎみのテンポで目立つアゴーギグは行わず、整然と進めます。この整然さが展開部でさらに引きつけます。
耳に引っかかる荒っぽい響きは一切なく、合奏音全体が一貫して透き通っていて、ピリっと張りつめています。
第二楽章、一段と晴朗感が魅力、緩叙楽章の中でも、ブラスの豪奏、timpの打ち込みを存分に聴かせ盛り上げる。一方で弦の涼風のようなレガートも聴かせる。ハイドンの緩叙楽章でも同様に聴かせどころを作ってくれますが。
第三楽章、不安な主題で開始、その後のホルンが輝きをもって朗々と鳴る、リタルダンドを入れては、ぐいぐい前へ追い立てるような切迫感。コントラバスのパッセージが始まり高音弦、木管、ブラスへと受け継がれますが、美しい輝きに発展する。静かにピチカートが弾かれた後、終楽章へのトンネルをくぐりだす、ここでの弦もまた細やかで美しく、終楽章の高鳴りを予感させます。
終楽章の総奏の始まりが目の覚めるようなサウンド、ナチュラル管のブラスも非常に効いています。個々の木管も色彩豊かに聴こえてきます。終結部の加速を存分に、じれったさのない痛快な終わり方もいいです。終楽章の響きは特に素晴らしい。

category: ベートーヴェン

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アーノンクール:ベートーヴェン交響曲7番  

ベートーヴェン第七を続けます。今日はN.アーノンクール、ヨーロッパ室内O、1990年録音 TELDEC
ヨーロッパ室内Oは若い優秀なメンバーだけに順応力が高いのでしょうか、一段と巧みなピリオド奏法を聴かせます。モダン・オケの室内編成ですが、ベートーヴェンにはこのバランスがちょうど良く聴こえます。RCOも上手いけど、ハイドンもこの編成がよかったかも。ブラスはナチュラル管のようで、T.ファイのハイデルベルク響のようなサウンドです。

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第一楽章、序奏は衝撃的でなく、柔らかく始めます、アーノンクール特有の弦の味わい深いレガートで上昇音階を奏でます。主部へ移行する所の弦、管交代のppが一際美しい。主部は速すぎず遅すぎず、付点リズムのところを柔軟に表現し、心地よい躍動感です。展開部や終結でのたたみ込むような力感も痛快です。
第二楽章、ここもレガートな弦で初めから気品高く始めます。徐々にクレシェンドしていくところ、一旦pに下げて再クレシェンドする、じりじりとした進め方がいいです。
第三楽章、テンポは普通かやや速め、突発的に入るフォルテ音を強調して切れ味がありますが、これもオケの厚すぎない響きが効いているようです。
終楽章、速すぎない程度に快速、動機リズムの合奏をびしっと決めます。一方、付点リズムの連続の所ではエッジを立てず柔軟にします。この剛と柔の対比がいいです。クライマックスで第一、第二vlが交互にクレシェンドしていきますが、限界のところでブラスが引き継ぐようになっていますね。

ゴツゴツしたアクの強い響きは一切聴かれず、全体に清朗なサウンドです。弦も清潔ですが、モダン弦らしいコシの強さも要所で聴かせて味を出します。語るようなデリケートなデュナーミクが全曲集中させます。他の誰も気付かなかった美の掘り起こし、これがアーノンクールを聴く楽しみです。

category: ベートーヴェン

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ブリュッヘン:ベートーヴェン交響曲7番  

F.ブリュッヘン、18世紀Oはほとんどがライブで録音の出来にムラがありますが、先日のモーツァルトやこのベートーヴェンを録音した1985年あたりのものは滑らかな高域、ゆったり量感のある中低域と、いわゆるPHILIPSらしい好録音で、演奏の魅力も伝わってきます。次々にでる録音を楽しみにしたものです。

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普段にはないふっ切れた曲を書くときは、イ長調を使う、と聞きますが第7番はまさにそれですね。この頃ベートヴェンはまったく聴力を失っていたそうで、頭の中で響かせていたのでしょう。
同音によるリズミカルな動機で埋めつくされているのが全楽章共通で、この舞踏の神化とも言われるリズムと雄大に天空を羽ばたくような第一楽章、名曲のアレグレット、わんぱくに跳ねまわるスケルツォ、痛快の極みの終楽章、ほんとに全楽章いいです。
第一楽章、始まりのトゥッテイは刺激的であると同時に美しい光沢をもった響きです。木管のソロを聴かせた後クレシェンドで雄大になります、ブラスとtimpの打音のあとに弦がスーっと涼しげに尾を引きますが、この響きがじつにいい、そしてナチュラル管のブラスの輝き、キリっとした気分になります。主部は標準的テンポ、折り目ただしくカチっと決めます。弦の間から木管やホルンの奏でるパートがまぜこぜにならず、分離して聴こえます。迫りこんで炸裂する展開部も最高。
第二楽章、管の導入のあと、主題は低弦で不器用そうに素朴に始められ、次々高音部へ受け継がれ美しく完成させて行きます。やはり古楽器のコントラバスはドロドロと凄みのある響きです。言うまでもなく感動的な楽章です。
第三楽章、もともとリズミカルなスケルツォが一段とあばれまわります、速めのテンポとtimpの鋭さでその感じを強調した演奏です。リズムを静止させるように重々しいトリオが来ます、トリオは繰り返し現れて、しつこさを感じさせ、2拍子系に変って一気に終結、終楽章へアタッカで繋がる感じです。
終楽章は頭の素早い動機がしつこいほど楽章を支配しますが、速いテンポで突き進みながら切れ味よく決める合奏力、強弱変化で溜めを入れ、迫力十分、終楽章名演の一つです。

第8番ってあまり聴かなかったのですが、カップリングの演奏がいい、ブリュッヘンの演奏で聴く気になりました。

category: ベートーヴェン

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R.グッドマン:ベートーヴェン交響曲「運命」  

昨日に続いて古楽オケによるベートーヴェン、今日はロイ・グッドマン指揮、ハノーヴァー・バンドによる第5番「運命」です。
空気が澄んで灯りのない真っ暗な郊外の夜空では普段は見えない小さな星もくっきり見えてきます。古楽器オケを聴くには、これと同様、わずかな騒音もない静かな環境によって超弱音までくっきり聴こえ、雄大なダイナミズムが聴けます。演奏する側もそれを前提としているようです。

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録音は1983年、Nimbusレーベルの頃です。指揮者として、Monica Hugget(vl奏者) & Roy Goodmanと二人の名前があり、音楽監督にCaroline Brownとあります。総指揮はGoodmanと思われます。ホールトーンがかなり入っていながら、直接音もくっきり聴こえるNimbusらしい録音ですかね。
第一楽章、運命の動機をこれほど透明感のある響きで聴いたことはありません、ブリュッヘンやホグウッドのコリオランの開始も同様でしたが、"弦の森"がうっそうと茂っていないので、木管の色彩や金管の輝きが見通しよく聴こえてきます、本来こういうバランスで聴くべき音楽ではないかと思えてきます。テンポは標準くらい、ピッチはA=430hzでモダン・ピッチよりやや低い程度ですが、コントラバスが意外にドスが効くんですね、ナチュラル・ホルンの豪奏やtimpの打音が闘気を発し、展開部の踏み込みが鋭く、迫力十分です。
第二楽章、もったいぶらない表現、という印象でさらりと始めます。透明な弦のピアニッシモで引きつけ、豪奏を存分に響かせます。弦楽と交互に入る木管のみのアンサンブルが美しい。
第三楽章、導入のあとのホルンがやはり一味ちがう魅力、そしてコントラバスのパッセージ、BPOのスーパー・コントラバス軍団も魅力でしたが、ピッチの低いガットのコントラバスは暗くドスの効いた悪魔っぽい?響きがいいです。運命の動機がこの楽章にも登場し、各声部が奏でます。ピチカートによる弱音部分が引きつけられるいいところですね。
終楽章、第三楽章から暗いトンネルを抜けて輝かしく開始、ここはいいんだけど、終結部がどうもくどくて好きじゃない、という意見も聴きますが、演奏によってはそうかもしれません;この演奏は快速にテンポをとり、「エグモント」序曲の終結のように痛快に終わります。響きが重すぎないのも効いています。運命の動機は終楽章でも素早い動きで出てきますが、tp、timpがピシっと決まっていて心地よいです。

category: ベートーヴェン

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ホグウッド:ベートーヴェン交響曲「田園」  

古楽オケのベートーヴェンに耳が馴染んだところで、今度はホグウッド指揮:AACによる交響曲6番「田園」です。これも購入時3200円というものでした。
弦楽は 1st vl-8、2nd vl-7、va-5、vc-5、db-5、それに二管編成で古楽オケでは最大規模でしょう、1987年録音、コンサートマスターはロイ・グッドマンが務めています。管楽器群も名手揃いのようです。(グッドマンはこれより前にハノーヴァー・バンドを指揮してベートーヴェンを録音してるんですけどね)

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弦が倍になれば音量も倍になるということはありません、各パートの響きが太くしっかりするくらいですね。
各楽章のテンポ設定はカラヤンの演奏に近いです。
第一楽章、快速ぎみで、やや弾む感じの演奏、弦楽の涼やかな響き、ナチュラル・ホルンの牧歌的な響きが一段と「田園」風景をイメージさせます。展開部ではじめて弦の強奏がありますが結構ボリュームが出ます。
第二楽章も遅すぎないテンポですが、弦のレガートな演奏がまさに「小川のほとり」です。弦の流れの上に、管が交互に聴かせますが、フルート、オーボエ、クラリネットともに上手いです、最後の鳥達のさえずりも木管がまさに木質で美しい。
第三楽章、「田舎の人々の集い」は快速で切れ味よいリズム、ホルンの豪奏が痛快。
第四楽章、「嵐の描写」、ここを最強音に設定した演奏で、トランペットやトロンボーンはモダン楽器と変わりなく強奏が可能なうえ、響きが透明で鋭い、弦もここでかなりの音量を奏で、十分な迫力を出します。
終楽章、ここではゆったりテンポをとり、喜びや祈りを表します。弦はさすがに増強しただけ、強弱が幅広く表現されます。古楽流の奏法ながら懐深い表現が感動的。強奏音でも透明感は失わず、各パートがよく聴こえるのもいいです。

コリオランとエグモント序曲も入っていますが、コリオランがブリュッヘン盤同等に迫力があっていいです。

category: ベートーヴェン

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R.グッドマン:ハイドン交響曲44番「哀悼」  

交響曲44番といえば、ハイドン名作の一つとして実に多くの演奏があります。手慣れた手法ながらハイドンがこの時ばかりは神様から特別の霊感を授かったかのような曲で、全楽章がバランスのとれた集中力があります。
ハイドンの演奏などは特に、表現が押しつけがましく厚化粧に感じるともう聴く気かしません。素の味を心得た演奏をいつも求めていますが、多くの演奏のなかで、グッドマン指揮:ハノーヴァー・バンドは程よく力を抜いてツボを押さえたような演奏で気に入っています。

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第一楽章、開始から大袈裟な感じなく、ちょうどよい快速度、適切に切れ目を入れながら、フレーズの終りの強拍をたっぷり、裏拍をぐっと軽くして言葉尻を心地よく収めながら進めます。ツーっと立ち上がるオーボエのハーモニー演奏もいい。
第二楽章、メヌエットは速めで、身振りしたくなるようなリズム感、カノンの面白さも良く出ます。またグッドマンのチェンバロがセンス良く間を埋めます。鍵盤による通奏低音は左手がバスを弾き、右手が和声や追加旋律を入れますが、右手は曲の主旋律と並行する動きを避ける進行が望ましいとされます。単なるコード伴奏じゃなく高度に面白くやるものですね。グッドマンは達人でしょう。
第三楽章、アダージョはハイドンが自分の葬儀のときに演奏してほしいと遺言したほど心が浄化され、天に昇って行けそうな無重力感、後半は短調でぐっと夢想的になります。グッドマンは過度に叙情を込めすぎず、開始からさらりとした演奏を印象付けます、そこがいい。
終楽章、ここもグッドマンは最適の快速度、提示部の緊迫感が展開部で炸裂します、ぐいぐい坂を上り、頂点から一気に駆け下る、下り切ったところでもエネルギーがはじける、圧巻です、(ブラームス交響曲1番の第一楽章展開部でも同様の聴かせどころがあります、こちらは長くどっしり歩調ですが)まあ普通に演奏すれば十分素晴らしい楽章ですね。
ホグウッド盤ほど緻密なアンサンブルではないですが、霊感冷めやらぬうちに一気に録音した、みたいな?ライブ的迫力がありますね。

category: F.J.ハイドン

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J.ギボンズ:モーツァルト pf協奏曲24番  

このところ、モーツァルト、ハイドンの名作どころを聴き控えていたので、たまには思い切り聴きたくなります;
モーツァルトのピアノ協奏曲といえば、22番やこの24番がシンフォニックな魅力をもつ意欲作で一番好きですね、晩年の27番やクラリネット協奏曲は美しい傑作に違いありませんが、やや枯淡の雰囲気で、今一つです。
今日はジョン・ギボンズ:pf、フランス・ブリュッヘン指揮:18世紀Oのピアノ協奏曲24番、これもかなり前に購入したものですが、1986年 オランダ(ライブ)、ブリュッヘン:18世紀OのPHILIPS録音はこの頃が一番気に行っています。

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この曲はオケ・パートの充実により交響曲40番も凌ぐような短調の深いダイナミズムも聴かせます、なんたってtimpも入ったフル編成ですしv
第一楽章、深刻なテーマでまずオケによる前奏、怒涛が押し寄せては引く、そして切れ味良く、ブリュッヘンの表現と迫力は並のモダン・オケ以上に素晴らしい、pfソロが孤独な別のテーマを弾き始めます。インテンポに弾き流すことなく、語るように溜めを入れて進めます。ピアノに寄り添ったり掛け合ったり、木管が聴かせる部分が多いです。カデンツァはギボンズ作で、対位法的な手法も入れ、美しくまとまっています。ピアノのアルペッジョとともに静かに終わります。
第二楽章、ラルゲットは変ホ長調となり、ピアノ・ソロと対等なくらい木管のハルモニーが聴かせどころとなります。この豊かな楽想を聴くと、この分野はモーツァルトに任せるのがよいと手を引いてしまったハイドンがわかる気がしますね。"純"古典派の域を超えているようです。
第三楽章、ハ短調に戻り、変奏曲形式です、ここでもピアノと木管群の対話のように交互に活躍、またトゥッティのシンフォニックな魅力も忘れずに、発想の尽きることのない変奏が重ねられ、終わりぎりぎりまで満遍なく聴かせ、トゥッティで一気の締めくくりをします。
ギボンズの使用楽器はアントン・ワルター(1795年頃)の復元楽器だそうで、余韻豊かで透明感のある響きが魅力。

category: モーツァルト

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S.ラトル:ハイドン交響曲89番  

ハイドンのパリ・セットとロンドン・セットの間を埋める作品、いずれもいいですね。88番は親しみやすい曲相といい、巧みな構成美といい、人気曲となってしかりですが、次の89番もハイドン通には引けを取らない傑作として楽しめるでしょう。まずはサイモン・ラトル指揮:BPOから聴いてみます。

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第一楽章、トゥッテイの導入と続く弦の旋律で第一主題が弾かれます、副主題によって爽快に進み、結構粘ってから、明るい第二主題群が登場して閉じます。第二主題はその後も繋ぎ役のように使われます。展開部は短調で始まり、複雑で転調も多様な変化を取っています。本来の再現部であろう所も疑似再現同然、その後も溢れだすハイドンのアイデアを盛り込み最後まで展開部のように聴かせます。
第二楽章、原曲はリラ・オルガニータの為の協奏曲でシチリアーノのリズム、ややモーツァルト風のチャーミングでセンスの良いテーマ、オペラの一場面に出てきそうな音楽です。三部形式で短調の感傷的な中間部も味わいどころ、これも魅力な緩叙楽章です。
田園的なメヌエットもただのメヌエットじゃない。交響曲93番第一楽章展開部の一部を思わせる部分もあり、構成感で聴かせます、ここでもいつもと違うハイドンの手腕が盛り込まれます。テンポを落としたトリオでようやくゆったり気分にさせます。
終楽章、ロンド形式で、この楽章も舞曲的雰囲気。弦の思い切ったポルタメントが遊び心を聴かせます、ラトルはテンポを速くしすぎず、表情をよく聴かせます。一方、短調の中間部は対位法的で聴かせどころです。
全体にはやや小じんまりした作品ですが、無駄なところがないですね。

BPOのかっちり整ったアンサンブル、筋金の通った響きは流石です、ラトルの演奏は例によってリピートでは巧みな装飾演奏で楽しませます。
録音は明瞭であまり残響は目立たず、緻密に聴かせます。

category: F.J.ハイドン

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ハイドン交響曲23番  

フィッシャー盤のCD6はまるまる1枚楽しめる内容です。22番「哲学者」を含み、これも良いですが、今回は23番です。この曲は冴えまくっています。

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第一楽章始めのホルンを伴う活気ある冒頭の動機は2回繰り返す形でよさそうなところ、1回しかなく、程度にアクセントを置きながら快調に次へ次へと運んでいきます、フィッシャーは音価をあまり引きずらず、スパスパ切れ目を付けて快速に行きます。提示部を一回聴いただけで心地よい。展開部は短調にもっていき、2段構えでもう一押し聴かせどころを作る。再現部は無駄をカットしてあっさり終結に行く。ハイドンは少し足りないくらいに鋏を入れ、聴かせどころは残します。
第二楽章、例によって弦楽のみの演奏ですが、旋律がいい、上声・内声とバスの掛け合いですが、上声がじつに清々しい旋律を奏でます。二部形式後半は上声の和声がはっとする美しさ、いつもの書法ながら、冴えていて退屈しない。フィッシャーはほぼノンヴィブラートにして一段ときれいに響かせます。
メヌエットは上声とバスのカノン、これもお馴染みの書法ですが、旋律が凝っていて一段と絡みが面白い。トリオは雰囲気を変えず、第一、第二vlとバスの3声カノンとなる凝り様。第二vlの模倣にちょっと変化があります。
終楽章はやたら短い、これといった山場は設けず簡潔な楽章、3楽章までとても良かったので、最後は軽く切り上げるのも良さそうに思えます。フィッシャーは後半をリピートせず、終わりのあっけなさを強調します、1分55秒、これもハイドンのユーモアに同調している感じ。
Joseph Haydn - Symphony No. 23 in G major

もう1枚、ホグウッド指揮:ACC、こちらは水も漏らさぬ第一級の演奏です。臨機応変なフィッシャーに対し、真面目一徹な感じ。
Franz Josef Haydn: Symphony n. 23, allegro

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category: F.J.ハイドン

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ツェートマイヤー:ベートーヴェン vl協奏曲  

ツェートマイヤーのブラームスvl協奏曲を聴いたら、次はベートーヴェンと行きたくなりました。これもありがたく兼価盤が出ていました。
vl:トマス・ツェートマイヤー、フランス・ブリュッヘン指揮:18世紀O

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このCDでは1曲目に「コリオラン」序曲を入れ、まず18世紀Oの響きに耳を馴染ませます。「コリオラン」も好きな曲です、曲線的旋律を聴けるのは第二主題部分のみで、あとは角ばった直線的音形で見事に構成されています。
モダン・オケとは異なる重厚感を聴かせる18世紀Oの響きで、次はメインのvl協奏曲。先日のムローヴァ盤とはタイプが異なり、より18世紀的と言えるでしょう。
全楽章速めのテンポを取りながら、ツェートマイヤーは動と静、強と弱の対比を大きく取り、音の動きの素早いところはあえて一音ずつ粒立て鋭く、また穏やかなところは気体が漂うように、フレーズごとに台詞を語るように弾き進めます。ひたすら柔和な美音で流していく聴き慣れた演奏とは違い、長大な第一楽章が長く感じません。第一楽章のカデンツァはあのW.シュナイダーハン編を使っています、原曲はベートーヴェンがピアノ編曲版の為に書いたtimpを伴う型破りなカデンツァで、ツェートマイヤーの演奏指向にはぴったりです。シュナイダーハンの落ち着いた演奏に対し、極めてスリリング。
第二楽章はまさに"静の力"に引き付けられます、オケ伴奏がピチカートになるところなど、ソロvlは殆ど消え入るような弱音で表現します。そのあとオケのffが突如鳴り、第三楽章への準備となります。
第三楽章もリズムの魅力を出しながら、オケはずしっと重厚に聴かせます。ソロvlはスタッカートな表現は思い切りエッジを立て白熱の演奏、チャイコフスキーvl協奏曲の終楽章に迫るような熱気があります。
内容の練られたドラマを見終わったような快演で長時間に感じません。これは何度でも聴きたくなりますね。
古楽器のvlはモダンのように潤沢には響きませんが、木とガット弦によるまさに有機質で素朴な響きは、より肉声の味わいに近く感じます。

category: ベートーヴェン

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グッドマン:ハイドン交響曲46番  

作曲順ではないにしろ、ハイドンの40番代は傑作ぞろいですね。
46番は44番の第一楽章の動機を裏返し形にした長調バージョンに聴こえ、関連は間違いないでしょう、しかし決して二番煎じの曲ではなく全楽章いいです。ロイ・グッドマン、ハノーヴァー・バンドの演奏でじつに魅力的に聴けました。

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第一楽章、始まりは先に書いたとおり、グッドマンは快調なテンポで実に溌剌と進めます、明るい提示部の中に短調部分がぐっと深刻ぎみに響きます。展開部は第一主題動機をしばし対位法的に聴かせ、疑似再現に入りますが、まだまだ序の口、熱気を帯びた短調の展開が素晴らしく、再現部に入った後も変化が多様で、展開部の熱気が再燃し、最後まで聴かせどころです。結果的に短調要素の強い楽章です。グッドマンは後半も反復して聴かせます。
第二楽章、ポコ・アダージョは短調のシチリアーノ、ちっとも退屈させない名緩叙楽章です。ゆったりした上品な旋律で始まるものの、すぐ細かな音形でリズミカルにも聴かせます、オーボエやホルンが効果的に味わいを添え、ちょっとイタリア・バロックを思わせる味な楽章です。二部形式の後半も一段と深みを聴かせます。通奏低音のチェンバロは不可欠とはされませんが、ここではグッドマンの弾くチェンバロがリズムをくっきり表し、とても効いています。
メヌエットも清々しい雰囲気を湛えた秀作です、トリオは穏やかで旋律はゆるやかなものですが、ここは何かほしいところ、グッドマンのチェンバロのリアライゼーションが華を添えます。
終楽章、プレストの軽快なテーマの開始はいつものハイドンらしい、しかし休符を置いてすぐ短調にかわり、これは44番の終楽章を思い出させる。展開部も堂にいったものですが、その後第三楽章メヌエットが突如挿入され、終結部へ行く、この終結部もいつ終わるのかはっきりさせない、聴き手の予測をまったく許さない、ハイドンのユーモア全開。短いけどまったく無駄を聴かせない楽章。

46番はフィッシャー盤もすばらしい熱演です。メヌエットのトリオ、こちらは弦パートを適宜ソロにしているのが効いています。
Joseph Haydn - Symphony No. 46 in B major

category: F.J.ハイドン

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モーツァルト交響曲20番  

モーツァルトの交響曲もまだ聴き憶えのない曲が多く、結構意外な曲もあるので、新鮮な楽しみです。
きょうは交響曲20番、tp、timpの入った祝祭的作品です。
J.T.リンデン指揮:モーツァルト・アカデミー・アムステルダム

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この曲は過去にFMで聴いて(たぶん、ホグウッドの演奏)耳に残っていました。サルツブルグ時代のこのあたりの曲は健康的で楽しく、純粋に古典派的なのがいいです。ウィーン時代の充実期より好きかもしれません。
第一楽章は主和音をトゥッティで3度打ち鳴らし、弦による快調な第一主題が始まります。モーツァルトの音楽の常として舞踏家の足取りのように快調に運んでいきます(体の重心を上手く移動させ、決してドタバタしない)。展開部と再現部は一体のようです、提示部にはない味な小ワザも仕込まれています。晴れやかな終結部が用意されていますが展開部以後を反復した場合、2回目の後で演奏するようになっています。
第二楽章は第一vlとフルートがダブる雅な響きを聴かせます。当時、オーボエ奏者はフルートを兼務することが多かったそうで、これは持ちかえでしょう。
メヌエットは典雅でtpが心地よく大らか。
終楽章アレグロは弦の小刻みな同音3連符の動機で始まり、これが支配的でtp、timpも景気良くこの動機を演奏します。(ハイドンの41番の終楽章プレストも同様で記憶がごっちゃになります)展開部は少しポリフォニックに聴かせますが深入りせずさらっとまとめているところがいいです。
リンデン指揮の演奏は作品の素の姿を手際良く聴かせてくれるようです。いつもの手腕で次々演奏をこなす、当時もそうだったかもしれません。
Mozart: Symphony No.20 in D major

category: モーツァルト

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V.ムローヴァ:ベートーヴェン vl協奏曲  

古楽器によるベートーヴェンvl協奏曲の演奏は今のところ2例しか知りません。
一つはヴェラ・ベス:vl、B.ヴァイル指揮:ターフェル・ムジークによるもの、もう一つは当盤のV.ムローヴァ:vl、J.E.ガーディナー指揮:オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティークによるものです。
やるからには名演奏にしなければならず、古楽器のvlとオケでどうアプローチするか、鍵盤楽器以上に難しい課題が想像できますね。
ヴェラ・ベス盤が初演された頃の18世紀(古典派)的演奏習慣の残る演奏とするならば、ムローヴァ盤はメンデルスゾーンらによって復活演奏された19世紀的演奏ではないか?と思えるくらい違いがあって面白いです。
ガーディナーのオケは19世紀の演奏を目的としたものでしょう、シューマンの交響曲の録音がなかなか良いです。ムローヴァのvlはデータがありませんが当然、古楽器、ガット弦でしょう。

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第一楽章、開始のtimpは、バン、バンと硬いマレットのやや倍音含みの響き、この楽章の動機を演奏するだけに主要な存在で、全曲を力強く引き絞めます。弦はすっきり涼しげですがふくよかさも感じます、木管は個々の楽器の個性がわかるほどに聴こえます。ナチュラル・トランペットはよく輝く。ムローヴァのソロvlは金属弦的なキューンと突き上げるような音はなく、しなやかでキメ細かな美音で全て作り上げます。ピアニッシモの夢想的な所になると、古楽器を使う意義が見えてくる感じです。カデンツァの作曲は現代の古楽指揮者で鍵盤奏者のオッタビオ・ダントーネだそうで、各主題を取り入れた作法にのっとり、ちょっとバロック的なパッセージが入ったり、巧みに多声的に聴かせたり、凝ったものです。
第二楽章はすこし付点を強調した基本リズムで軽やかさも持たせています。ここではさらにpppのレベルまで微かな表現で耳を集中させます。ベートーヴェンは緩叙楽章の傑作が多く、旋律に魂が込められていて長くても最後まで引き付けるんですね。
第三楽章、ソロによる主題の開始音はD弦の開放の余韻を響かせます。全体に軽快に乗せてくれますが、timpを伴った総奏がドシっと絞め、気高さも聴かせます。
絶対音量としてはモダン・オケのように鳴りませんが、不足に感じません。ムローヴァは何にしても上手い、卓越した美しいソロとオケが見事に完成度の高い演奏を作り上げていると思います。
なおこのCDはボリュームの設定に迷います;それだけ強弱表現が広い。

PS:古楽器の演奏、あとツェートマイアー:vl、ブリュッヘン:18世紀Oがありますね、聴いてみたいです。

category: ベートーヴェン

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ツェートマイヤー:ブラームス vl協奏曲  

ブラームスのvl協奏曲はまだあまり多くの演奏を聴いていないのですが、最初にこれを聴くべきでした。
vl:トーマス・ツェートマイヤー、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮:クリーブランドO 1989年録音。

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ドホナーニといえばクリーブランドOとのドヴォルザークやブラームスの交響曲がとても気に入っていて、あまりいじくらず、音楽のうねりに自然に乗りながら快調に、上手い演奏をさらっとやってのけるみたいな、そんな演奏を期待しました。
各楽章、遅いテンポは取らず、ツェートマイヤーのvlは張りつめた表現もとりながら、ストイックで、あまり練り込む感じはありません、クールと言えるでしょう。ドホナーニ指揮クリーブランドOはやはり相性よく、有機的に一体化した感じで、ソロvlが突出せずオーケストラの一部のように聴こえます。シンフォニックな構成が感じ取れて楽章が見通せたようで、大曲を長々と聴かされた印象なく第一楽章を終えます。
第二楽章も情感八分、といったところで、木管の入りからソロvlが引き継ぎ、すがすがしく聴かせます。
第三楽章は例によってハンガリー民謡の影響をうけたものですが、ヘミオラの書法でしょうか、一定の拍子にはまらない複雑なリズムを聴かせますが、テンポが遅くない分、リズムが一段と面白いです。ソロvlがオケに組み込まれた要素が多く、全体にシンフォニックに聴かせ、親しみやすいと同時に充実しています。
録音はきわめて良好、オケのバランスもとてもいい。

2曲目にまだ聴いたことのなかったシューマンのvl協奏曲ニ短調が入っています、冒頭を聴いたところ、なかなか良い。

category: ブラームス

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ブラームス:doppelkonzert  

夏の暑い間はロマン派の長い曲をじっくり聴く気がしなかったですが、何にしても暑いときはだめですね。
このところブラームスのコンチェルトも聴いています、しかし規模の大きな曲は構成がどうだとか、演奏がどうだったかとか、憶えているのがホネです、いずれも私にはどえらい大曲です;
まずはvlとvcのための二重協奏曲、vl:ウォルフガング・シュナイダーハン、vc:ヤーノシュ・シュタルケル、指揮:フェレンツ・フリッチャイ、ベルリン放送響による、DGの名盤からです。

bra doppel

この作品はブラームスが本来交響曲第5番として着想していたものを、不仲になっていたvl奏者J.ヨアヒムとの関係を取り戻そうと、協奏曲に変更して協力を求めたそうですが、交響曲がどの程度できていて、いかに協奏曲にしていったか想像もつきません;独奏楽器のみでなくオーケストラも充実しているので、協奏交響曲と言えるかもしれません。
第一楽章はオケが第一主題の一部を前奏してすぐカデンツァ、vcのソロが入り、続いてvl、あらためてオケが各主題を提示、二つソロとオケが掛け合っていきますが展開部は長く複雑です。
シュタルケルのvcはさすがに高い技巧の持ち主で安定感と深みをおびた味わいは見事です。シュナイダーハンはやはり繊細な美音ながらピリっと張り詰めた感覚がいいです。
第二楽章は山田耕筰の歌曲をちょっぴり思わせるテーマでけっこう長々とvl、vcがoctユニゾンで弾きます、ここの二人の一体感も聴きどころですが、中間部でvlが低音弦で歌う所、シュナイダーハンはたっぷりと情感を込めます。vlの低音部分というのはG線上のアリアがあるくらい、情感が出るところですね。その点vcは人の声の音域だそうで情感たっぷりの楽器でもあります。
第三楽章はリズミカルで印象的なテーマが支配的です。このテーマはオケが演奏すると裏拍にビートを置いて聴こえます。最も親しみやすい楽章です。
録音は弦楽器の木質な響きを良く捕え、バックのオケも適度に渋みをおびた爽快な響きで、妙な甘ったるさのないDGらしい好録音です。演奏含めドイツ風にビシっと決まっている。

複数のソリストのある協奏曲というのは、その顔合わせでどんな演奏が作り上げられるのかも楽しみですね。当曲でvcは同じシュタルケルで相棒のvlがH.シェリング、B.ハイティンク指揮RCO盤が届いたので聴き比べしてみたいです。

category: ブラームス

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ハイドン 交響曲41番  

すっかり秋らしくなって、シューマンやブラームスあたり、じっくりといきたいところですが、今日はハイドンです;
41番はキリ番でもなければ副題もなし、ということでつい飛ばしていた曲ですが、なかなか魅力の祝祭的交響曲です。B.ヴァイル:ターフェル・ムジーク盤とフィッシャー盤、2枚聴きましたがどちらも同じような快演です。
Fischer Haydn Symphony No.41

hay 41

第一楽章、主題はしっかり足場を決めるように始まりますが、すぐに爽快な魅力を聴かせます。短調で始まる展開部は何やら期待させます、第一主題で偽の再現部を一旦聴かせ、短調のトレモロが入って本番。本当の再現部も定型から外れ、変化に富みます、ここから最後までがむしろ聴かせどころのようです。
第二楽章、おだやかなアンダンテはフルート協奏曲風ですが、弱音器をつけた弦の導入のあと、まずオーボエが主旋律を奏で、フルートがアルペッジォ伴奏をして、オーボエが沈黙したあとフルートがソロを引き継ぐような形です。
メヌエットはフランス趣味と思われる装飾的旋律が気品あります。トリオは民謡風でホルンによる大らかなハーモニーが聴きどころ。
終楽章はプレストで、小刻みな同音3連符の主題で始まります。これが支配的で、他でも聴いた憶えがあると思ったら、モーツァルト交響曲20番の終楽章も同じパターンです。ほぼ無窮動で快速に閉じます。
41、42、43「マーキュリー」、44番「哀悼」・・傑作繋がりですね。

category: F.J.ハイドン

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メニューイン:チャイコフスキー vl協奏曲  

このところハイドンを中心にピリオド系の演奏に耳が浸っていました。久しぶりにロマン派の濃厚な演奏を聴くのも一際良いものです。
以前、ブラームス交響曲No.1について書いたフェレンツ・フリッチャイ盤の2枚組ですが、今日はCD1に入っているチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、vlはユーディ・メニューイン、オケはベルリン放送響です。前にちらっと聴いて、これはいい、じっくり聴こうと保留していました。
1961年録音で、すでにすばらしいステレオ録音も多数あった頃ですが、AMラジオ放送用に録ったモノラルです。しかし演奏内容を聴くのには支障なく、ダイナミック・レンジも潰されていない音源です。

thc vl con

言葉では嘘が言えるけど、楽器の音は嘘がつけない、心の内が直に伝わってくるものだと思います。メニューインのvlは言葉よりはるかに雄弁に感じます。
第一楽章は弱奏で始まる短い序奏がありますが、ここでフリッチャイは大いに期待を持たせます。カデンツァ風のソロがはじまるとメニューインのvlはポルタメントを効かせながら、思い切り粘らせ、熱い想いを表現します、思いのままに強弱、速度を変え、正に独奏主導で進みますが、スリリングで微妙な変化をフリッチャイはしっかり捕え、オケを合わせていきます。ソロが休み、オケの演奏に入るとフリッチャイはメニューインの熱気をそのまま引き継ぎます、オケのvl群もソロと同質の粘りを聴かせるところがいいです。
第二楽章の愁いに満ちた楽章、思いを込めるvlソロに対し、バックの木管や弦の淡々と気だるく演奏する様が一層孤独な雰囲気を表出します。
第三楽章、トレパックのリズムが嫌が上にも熱気を盛りたてます、メニューインはハイテンポでキレまくります、緩叙部分に入るとぐっとテンポを落とし大見栄切ります、そのあとトレパックのリズムに戻る加速の緊迫感がいい、フリッチャイはメニューインの野望の片棒かつぐかのように見事合わせていき、エンディングは熱狂的。表現を限界までもっていき、少々乱れもありますが、これでこそ作品の魅力と思わせます。

しかし、ベートーヴェン以後、vl協奏曲というのは1曲のみ傑作を書いて終わり、というのが慣わしみたいになっちゃってますね、しかも初演時の評判が良い、というのもあまり聞きません。チャイコフスキーのこの作品も最初はさんざんだったそうで。しかし、やがて価値が認識されるようになり、音楽的内容の高さとvlの技巧の高さ、両方を聴かせる傑作ですね。

category: その他・ロマン派

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