Micha クラシックとリュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

今年のお気に入り盤  

今年1月からこのブログを初めて約1年、去年までスピーカーの前に座るなんてほとんどなかったのですが、リンクを張らせていただいている皆さんに触発され、いろいろ聴いてみる習慣が復活しました。以前よりじっくり聴くようにもなりました。知識不足、文章力の無さでわけのわからん駄文を随分書きました;

ざっと拾い出した今年のお気に入り盤です、まだ他にもいっぱいあり、きりがありません。
ハイドンが多くなりましたが、「紅白」のごちゃまぜエントリーよりはマシじゃないかと;

ミヒャエル・ハイドン「レクイエム」
フリッチャイ:ブラームス交響曲第1番
エクルンドのバロック・トランペット
フリッチャイのJ.シュトラウス
S.クイケンのハイドン交響曲102番
J.L.コボスのハイドン交響曲「驚愕」
ブリュッヘンのハイドン交響曲86番
クイケンのハイドン交響曲86番
F.M.ヴェラチーニの曲集
ヨゼフ・マルティン・クラウスの室内楽集
T.ファイのハイドン「オックスフォード」
同:ハイドン交響曲90番
F.ブリュッヘンのハイドン交響曲90番
B.ヴァイル、ハイドン交響曲43番「マーキュリー」
鈴木秀美、ハイドン交響曲86番
鈴木秀美:ハイドン交響曲53番「帝国」
同:菅きよみ:モーツァルトfl協奏曲No.2
ホグウッド:ハイドン交響曲17&36番
ホグウッド:ハイドン交響曲53番「帝国」
フリッチャイほか:ブラームス:doppelkonzert
T.ファイ:ハイドン交響曲 1、4、5、10番
J.B.サンマルティーニ:後期交響曲集
バッハ・コンセントゥス:Bach's Sonsの交響曲集
I.ボルトン:ハイドン交響曲102、103番
クイケン:モーツァルト弦楽五重奏曲第6番
ホグウッド:ハイドン交響曲96番「奇跡」

また来年も、行き当たりばったりですが、いろんな曲を楽しんでいきたいです。リュートの練習を再開できたら、少しは演奏の話題も書きたいところです。
皆さま良いお年を。

category: 時事・雑記

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ホグウッド:ハイドン交響曲96番「奇跡」  

96番はB.ワルター、ニューヨーク・フィルの96番、102番のLPで初めて親しんだのですが、さすがワルターは良い曲を取り上げます。96番は全曲が気品と力強さをもつ一言では言えない魅力がある傑作で、これを最も美しい交響曲という指揮者や評論家もいるほど。先般入手した全集BOXでC.ホグウッド、AAMの96番を始めて聴けましたが、4曲録音したザロモン・セット中、最もいいですね。よく心得た手の行き届いた演奏。

hog hay 96

第一楽章、序奏は弦のしなやかさとオーボエの色彩でしみじみと聴かせ、主部は弦とファゴットの二声の動機がさりげなく始まり、トゥッティの壮大さをぶつけてきます、2回目のトゥッティのキビキビした掛け合いが素晴らしく"壷"です、ここは1st,2nd:vlを左右に配置したのが効いてきます。展開部は彫りの深い仕組みを聴かせ、疑似再現があり、さらに彫り込みます。疑似再現というのは一旦気分をリセットし、再び展開の深みを聴かせる良い効果ですね。ホグウッドは弦にしなやかさを持たせながらキビキビと進行、ブラスとtimpの鋭さで凛とした風格に仕立てあげます。
第二楽章、この楽章もシンフォニックに聴かせます。主題は引きずらず、淡々と始め、強奏の打ち込みを際立たせます、この楽章の魅力の短調部分も突如ダイナミックに入る、二度の不協和が魅惑、長調を挟み、再び短調でぐっと彫り込む。再現部は前半をほぼ再現し、終結部に2つのvlほかソロを美しく奏で静かに終わる。
メヌエット、親しみ易く気品と力強さのメヌエット、ちょうどよいテンポでしょう、トリオはオーボエのソロがキリっと美しい響き、弦楽がふわっとレガートに伴奏して心地よい。メヌエットの再現ではtimpが連打奏法を加え、ダイナミズムを強調します。オケのソロでも即興は行われたという史実に基づくものでしょうが、このような対応はT.ファイのずっと以前にホグウッドがやっていたんですね。
終楽章、かなり速いテンポが意外ですが、このロンド主題にはちょうどよいように思います。弱奏で始まり、短調のトゥッテイが鋭く入るところが痛快。このロンド主題はパート間で一拍ずつ遅れて出る面白さを狙った音形ですね。アンサンブルもきまり、ダイナミズムも切れ味鋭く、このテンポが効いています。

category: F.J.ハイドン

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クイケン:モーツァルト弦楽五重奏曲第6番  

弦楽四重奏の集約された充実感も良いが五重奏はヴィオラ一つ増えただけでプラス1以上の表現のゆとりが出てきます。ほんとうに1本増えただけに思えないですね。2つの楽器がソロを弾き、残りが伴奏を弾くと二重協奏曲のようでもあり、シンフォニックな響きもあり、多様化してきます。四重奏ではいささか苦心して傑作を書いたモーツァルトですが、五重奏は別分野の得意とする楽曲のようです。ザルツブルグ時代すでに異例ともいえる大曲第1番(K.174)を書いていますが、これからして素晴らしい。
最後に書いた五重奏曲第6番(K.614)は全楽章長調で晩年の苦境など関係ないような、健康的で明るい曲想、四重奏曲「狩」でも見せたハイドン風の趣味が一貫しています。演奏時間も6曲中最も短く、圧縮された充実感です。完成された大がかりな器楽曲として、これが最後の作品というのも少々驚きです、遊び心もいっぱいで。
クイケン四重奏団&寺神戸亮(va)の演奏で聴きました。
1999年録音 DENON スイス、ラ・ショード・フォン、ムジカ・テアトル

mo quin 6

第一楽章、装飾を含んだ軽やかでリズミカルな第一主題動機が印象的、これが楽章を支配します。第二主題も同質でリズミカル。展開部もじつに聴きごたえあり、弱奏による掛け合いも第一主題動機の装飾入りリズムの印象が効いて心地よい。終結部ではハイドン交響曲「熊」の終楽章を思わせる"唸り声"が入り面白い。
第二楽章、ロンド風、アイネ・クライネ・ナハトムジーク第二楽章のテーマをちょっと素朴に変えるとハイドン風?安らかでよいテーマです。ロンド主題が繰り返されると1st:vlほか各パートが交替で変奏的なオブリガートを乗せていくのが美しい。終盤では思い切った短二度の不協和を聴かせ驚く。
メヌエットはのびのびした雰囲気ながら、ポリフォニックな手法が凝っていて声部の重なりが味わい深い、トリオはまさに長閑。
終楽章、ロンド風、メヌエット主題と同系のテーマが快調軽やかでいかにもハイドン的、フーガの書法を駆使した部分が圧巻、見事です。他にも多様な手法が凝らされていて、これが5:39の中に圧縮されていて、惚れ惚れする楽章です。

クイケン・クヮルテットに寺神戸亮がヴィオラで加わり、きわめてキメ細かな美音に強弱幅を大きくとった演奏、V.クイケンのチェロの低域が豊かに響き、懐深いバランスで味わえます。

category: モーツァルト

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手持ちの楽器Ⅲ  

さて、私のメインの楽器です。
M.オッティガー作 2007年
13コース バロックリュート
クリスティアン・ホフマン:モデル

13c b lute

気品ある音色、豊かで深い鳴り、それまで使っていた楽器より一回り大きな器に思います。バロック後期のS.L.ヴァイスやバッハの作品のもつダイナミズムを不自由なく表現できます。
購入時はかなり高いテンションの弦が張られ、ダブル・コースの間隔もだいぶ離した設定で、プロがコンサートホールで使うようなデカイ音で弾ける仕様になっていました。そこは私の事情に合わせテンションを下げ、弦間隔も少し修正を施しました。下段のナットはまるまる自作で交換、ギター用の骨棒を2本連結してあります。

力木

ブリッジ下部の力木もテンションに耐える工夫がされているようですが、やはりこういう楽器の宿命で、数年で楽器全体がテンションにより撓み、弦高が上がってくることが多いです。左手によるスラーを多用し、レガートな表現を求めるバロックリュートでは大きな支障です。
弦高を下げる対策として、主に図のような方法があります。

修理

①は指板を削って直線性を回復させる、ただし真っ直ぐにしてしまうと、ビリ音が出やすくなるのでローポジション側は若干前のめりの曲線を持たせる必要があり、微妙な作業です。この方法で追いつかないときは②のように表面板を外しボディのふちを削って底下げをする、これは厄介な作業だと思います。修理で新たな支障が出てはいけませんし;
1回目?の修理として①だけやってもらいました。これで終わりになればいいんですけど・・;

category: リュート

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S.クイケン:バッハ ブランデンブルク協奏曲  

S.クイケン、ラ・プティット・バンドのブランデンブルク協奏曲、新盤を取り寄せ、旧盤と聴き比べしました。
新盤はACCENT 2009年、旧盤がDHM 1993~1994年、旧盤も録音は鮮明な優れたものですが、ややソフトタッチのサウンド。新盤はキリっと音が立ち、集中させられます。

bach bra s ku

bach bra s ku 2

ヴィオラという楽器はその音域からするともう少し大きくしたいところ、ヴァイオリンの持ち方で弾く都合で小さめだそうです。響きも抑えられ弦が太めのこともあるでしょう、渋めの音色になります。それがヴィオラらしい味わいでもありますが。近年、プティット・バンドでS.クイケンやメンバーが使っているヴィオロンチェロ・ダ・スパッラもチェロ音域をvl奏者が弾けるようにした楽器で当時からあるものですが、響きとしてはヴィオラと同様の変化がありそうです。さらにコントラバスの代りとして、バス・ド・ヴィオロンという、チェロ・サイズに近い楽器が使われていますが、フルサイズのコントラバス又はヴィオローネのような深くパワフルな低音は出ないようです。しかしこれらの小型化された楽器のほうが取り回しの良さもあり、チェロやコントラバスなど奏者が不足しても演奏が成り立ちます。当時、小規模な演奏ではこうした編成が現実的だったかも。
第3番の編成はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ各3つにコントラバスで演奏されてきましたが、チェロ3つ+コントラバスというのは低域に重心が寄りすぎた感もあります。(第3チェロはコントラバスと同パートなので省略される場合あり)ラ・プティット・バンドの新旧盤を聴き比べると、旧盤の深々した低音の響きもわるくないですが、ちょっと重い?新盤の全パートのバランスがちょうどよいのでは、とも感じます。決してバスパートが不足ぎみでアンバランスというものではありません。また第2番はソロ楽器がソプラノ音域で全体に高い音域の曲です、ここでも最低音を支えるのはバス・ド・ヴィオロンの響きくらいが合う感じです。ブランデンブルク協奏曲は各パート一人ずつを想定した作品と思われるので、いずれも響きの不足はないようです。
ヴィヴァルディの「四季」はどうでしょう、弦楽のみですが、けっこうシンフォニックなところもあるので、トゥッティでは深い低音がほしいかも?

さて演奏ですが、最近はスピードアップしたブランデンブルクが多い中、新旧どちらの盤も落ち着いたテンポ、しかし疾走する魅力を聴かせる楽章もあります。
新盤の第1番がまず気に入りました、整然と演奏する合奏から飛び抜けたように荒々しいホルンが原曲の「狩のカンタータ」らしいイメージで魅力。
第2番は天使達が天上で奏でる音楽のようで昔から好きですが、旧盤ではトランペットのパートにホルンが使われていて、このオクターブ低いまろやかな響きもいい、(始めて聴いた第2番もホルンでした)希少的価値も含めてこれは旧盤が好きです。
第3番は先に書いたように重心が低いか中寄りか、響きの違いを楽しめます。
第4番は新盤のほうが演奏にキレがあっていい。
第5番、6番では新盤の低音楽器がしっくりしているようです、6番は渋い響きで揃っているし。 

category: J.S.バッハ

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I.ボルトン:ハイドン交響曲102、103番  

アイヴァー・ボルトンは 1958年生 英国の指揮者 王立音楽大学に学び、古楽オケを結成して指揮と鍵盤奏者で活躍、現在はザルツブルク・モーツァルテウムOの首席指揮者でアカデミー室内Oともレコーディングしているとのこと。モーツァルテウムOは古典派の演奏においてはピリオド・モードに切り替え、ブラスとtimpは古楽器を使うそうです。102、103番というカップリングにそそられましたが、私にとって最高クラスの名盤となりました。

bolton hay 102 103

交響曲 第102番 変ロ長調 Hob.I:102
交響曲 第103番 変ホ長調「太鼓連打」Hob.I:103

アイヴァー・ボルトン指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
2011年5月17-19日ザルツブルク, オデオン
クルトゥールフォルム, ドロテア・ポルシェ・ザール

全曲通して聴いてみると、残念、という所が一つもない。小細工なしのインテンポ、まったりと嫌味のある表現もなく、キビキビと整然、筋骨逞しい構築感で、弦楽や木管ソロの涼やかさと、総奏の豊かさとの対比。やや大きめの編成に聴こえますが、ロンドン・セットにはちょうど良い量感です。結果的に大らかに聴こえるものの、デリケートな要求を満たした緻密な演奏ですね、まさに音楽的冴え。強奏部の最後でふっと力を抜くまとめ方がゴツ臭さを無くし心地よい。

102番序奏はピリオド・サウンドで爽やか、主部に入ると最適のテンポで健康的、上機嫌となれます。低音部とtimpも押しては引く波のように轟く。展開部から再現部、終結部にかけての大いなる聴かせどころは申し分なし。
第二楽章も遅すぎない心地よいテンポ、ソナタ形式の劇的な楽章をダイナミズム豊かに表現する。
メヌエット、T.ファイのキレまくったテンポには至らないもののキビキビと快活、ブラスとtimpの打ち込みが豪快、ここ最高。終結の最後の音も絶妙v
終楽章プレストは4:31と理想の快速、緻密なアンサンブルと思い切ったダイナミズムの快演。

「太鼓連打」第一楽章の序奏はtimpのソロが景気よく、続くテーマもゆったり温もりを帯びてわるくない、序奏のテーマは主部アレグロの第一主題動機に関連した形のようです。主部は快活で最適なテンポ、弦で動機が繰り返えされ、6拍子の4拍目、つまり動機の最後から総奏に入る、この響きはツボです。ボルトンは痛快に量感を繰り出し、整然と進めながら最後まで健康的喜びで満たします。
第二楽章、最もよいテンポ、変奏が進む中、強奏も十分響かせますがクドさなく治める、vlソロもインテンポでさらりと行きます。
メヌエット、程よく快速で心地よい、トリオはクラリネットの響きを入れた柔らかさ、カノンの手法を聴かせる。
終楽章は快速、やはり緻密に整え引きつけながら終楽章でも"太鼓連打"を印象づけるようなtimpの爆演を聴かせ、痛快に終わります。
録音はキリリと明瞭、解像度もよく、低音をよく押し出しボリューム感も十分。

ボルトンの名演、動画サイトに「オックスフォード」がありました。
J.Haydn Symphonie no 92 (Oxford) DRSO Ivor Bolton

category: F.J.ハイドン

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S.クイケン:ハイドン交響曲「朝」「昼」「晩」  

もう1枚、ACCENTレーベルです。
68歳となる古楽の巨匠シギスヴァルト・クイケン、今にしてあらためてこのハイドン初期の交響曲、というのは意味深そうです。

hay 6 7 8

どこかパターン化されてきたかもしれない古楽演奏を再度見つめ直し、エステルハージ宮に響いたハイドンの曲は、こうだったのでは?と考えさせられる演奏です。「朝」の序奏はキメ細かい"クイケン・サウンド"で始まりますが、全曲最後まで新鮮な発見と喜びの連続です。
演奏人数はちょうどエステルハージ・オケの規模です、響きのスケール感覚も再考されたかのように思えます。第一、第二vlは2人ずつで、第一vlが突出するような響きは作らず均等、他のパートはすべて1人ずつですが、今まで以上に室内楽的に、リュートやら、ニコラウス公の好きなバリトンのような微弱な表現の楽器で演奏する感覚、一方でホルンやコントラバスがびっくりするような量感で響く。「朝」「昼」「晩」のようなソロの活躍する作品はそんな繊細で懐深い響きを求めており、これら三部作に限らず、エステルハージ宮のオケ作品はこのような音楽だったのかも。ハイドンが影響を受けたC.P.E.バッハの交響曲も同様に小編成の中に雄大な演奏を求めているように思います。「昼」の第二楽章、vlのレシタティーボなどバロック演奏並の繊細な室内楽と雄大な交響曲、両方の要素を存分に聴かせ、まさにC.P.E.バッハを彷彿とさせます。
また演奏のテンポも急楽章は全体にゆっくりめですが、異様に遅いと感じるものではありません。楽器そのものの余韻もあれば残響音もある、またvlの重音奏法を含んだ粘るような弓さばき、それらを噛みしめる時間を確保したようで、適切なテンポと感じてくるんですね。

ざっと考えてヴァイオリンの大きさ(体積)を1とするとチェロは8、コントラバスは64となりましょうか、それくらい各楽器の繰り出す絶対エネルギーには開きがあるかもしれません。コントラバスから見れば他の楽器達は衛星のようなもの、チェロでさえちょっと大きめの衛星です。このバランスをそのまま捕えたような最先端の録音が見事。コントラバスはサブウーファーを鳴らしきり、ヴァイオリンは小粒な存在ながらくっきりと囀る。この録音あってこそ、今回のクイケンの演奏が収録し得たようにも思えます。

category: F.J.ハイドン

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G.レオンハルト:C.P.E.バッハ交響曲集  

Bach's Sons エマヌエルのCDをもう一つ、G.レオンハルト指揮、エイジ・オブ・エンライトメントO、1988年、Virginの録音。
12声部(弦楽にフルート、オーボエ、ホルン各2、ファゴット1)の交響曲Wq.183よりNo.1~No.4、そして弦楽による交響曲Wq.182よりNo.5です。興味深いのはWq.183の4曲で、エマヌエルの作風爆発と言えましょうか。
歌唱的な旋律要素が少なく、感覚的であり、偶発的でもある。現実か夢想か区別つかない世界を明確に描いた絵画を見るような、こんな音楽がこの時代に成立していたのも驚きです。音楽史の進化の道筋にありながら、突然変異を起こしたかのような様相。

c p e bach sym

一曲目Wq.183-No.1 D-dur、第一楽章はvlによる同音の連発で開始、そこへ鋭くバスが切り込む、これが繰り返され、トゥッティの疾走、木管の掛け合い、ユニゾンの疾走・・とエネルギーが炸裂します、終結は力を抜いてフッと終わる。
第二楽章は木管中心にユニゾンか並行和声で気だるい旋律が奏され、簡単にvlのピッチカートが合いの手を入れ、コントラバスがやたら低い音域でバス旋律を弾く、この開離した音程の間を埋める声部は無い、なんとも異例で奇妙な響き。
終楽章は快調さがありますが、パタリと足を止め、緩叙句が入り、再稼働、の繰り返し。
動画:C.P.E.Bach Symphony No.1 in D major, Wq.183

以下No.2~No.4も「何だ、これは!?」と思わせるシュールレアリスム的?音楽が続きますが、ほんとにハマります。
このような作風はハイドンにも受け継がれ、ハイドンによく登場する単純で不思議な旋律は音楽を印象深く、飽きのこないものにしています。さらにベートーヴェンにも影響し、あの「コリオラン」序曲を思い出してみても、第二主題部以外は直線定規で描いたような音形ばかりで構成する斬新さは顕著な例かと思います。「運命」の動機もしかり。

当CDの最後に入ったWq.182-No.5 B-mollはエマヌエルの最も親しみやすく魅力的な曲でしょう、雅な旋律の要素もあり、終楽章の疾風怒涛は見事です、バスの切迫感がいい。
動画:C.P.E. Bach - Symphony For Strings in B Minor

またこの録音は最新盤に引けをとらない鮮明さで、ホルンや低音部に音圧があって、押し出してきます。エマヌエルの音楽にふさわしい音響。

category: C.P.E.バッハ

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バッハ・コンセントゥス:Bach's Sonsの交響曲集  

ベルギーの古楽レーベルACCENTを手にするのは久しぶりです。最近はS.クイケン、ラ・プティット・バンドの新譜も出てきていますね。今日はエーヴァルト・デメイエル&バッハ・コンセントゥスによるBach's Sons交響曲集でヨハン・クリストフ・フリードリヒ、カール・フィリップ・エマヌエル、ヨハン・クリスティアンを集めた1枚。録音は情報量は十分あって爽快なサウンド。

bach sons sym

まず1曲目、フリードリヒの変ホ長調がいい、旋律の振りまわしなどややグルック風で明るく快調な第一楽章、反復なしの提示部に展開部が続き再現部はほぼ提示部と同じ、全体をさらりと聴かせる。弦楽のみの第二楽章は雅び、終楽章も快活なリズムで小気味よく冴えた楽章。

2曲目、エマヌエルのホ短調は弦楽のみの編成、これも現代ウケのよい曲ですね。程よい切れ味をもって演奏される第一楽章は切迫感があり、同じゼクエンツをこれでもか、というくらい押します、静寂になってフっと終わる。長調の第二楽章もねばりが強く、低弦部のトリルが力強さを出す。終楽章は付点リズムで切れ味よい。

3曲目、クリスティアンの変ホ長調、第一印象が先日のG.B.サンマルティーニの後期交響曲を彷彿とさせるところがある、快調な中にも小味の効いた第一楽章。第二楽章も装飾ぎみの旋律が使われ、表情豊か。終楽章のソナタ形式?の展開部、さすがにこの時期、さほどの内容は期待できないが、全体は小気味よく整っている。

4曲目、フリードリヒのニ短調、兄エマヌエルの多感様式の要素も入っている感じだが、心地よく魅力的な第一楽章、静寂にして終わる。第二楽章は弦のみで雅びな味わい。ニ短調の終楽章はロンド風、快活なテーマがいい。

5曲目、クリスティアンのト短調、モーツァルトの25番やハイドンの39番との関連性を言われるが、もっと濃密なエネルギーを感じる傑作ですね。第一楽章はホルンの唸りを伴い力強い主題で始まり、疾走する魅力。第二楽章も短調でなかなか深みを聴かせます。終楽章は再びホルンを伴う力強いテーマ、明るさも置き、後半はvlの鋭いトレモロとともに同じゼクエンツで転調、深みへ誘っていきます、再現部らしきものはなく、緊張の内に途切れるように終わる。まだ厳密なソナタ形式というのは整っていない時期でしたかね、シュターミッツが確立したそうですが。

つまらない曲は一つもなく演奏も良い、これからBach's Sonsを聴いてみようという人にはオススメですね。若いメンバーのバッハ・コンセントゥス、コンチェルト等も次々出してほしいところ。フリーデマンは別のアルバムで出るかも?

category: Sons of Bach

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ホグウッド:ハイドン交響曲(未完の)全集  

C.ホグウッド&AACが全集を目指して中断したハイドン交響曲全集、そのうち出るんじゃないかとウワサしていたらすぐ出ましたね。当シリーズとして録音した第1番~75番、107、108番と先行録音された94、96、100、104番が加えられています。新譜の頃の3枚組ワンセットの価格で全CDが買えちゃうとは、泣けます(悔しい意味で;)

hog hay sym

古楽オケであるなしを別にして、これほど丹念に一曲一曲を仕上げていった例はほかにないでしょう。名作どころをピックアップして聴いただけで、不満足な演奏はありません。
フィッシャー盤でひとまず全曲は聴けますし屈指の名演も少なからずあります。が、ハイドンの作品は一際デリケートで真価と魅力を聴かせるのに演奏しだいで随分差が出ると思います。百数曲、できれば複数の演奏を聴きたいです。ホグウッド盤もオールマイティとまではいかないでしょうが、質の高い演奏で揃っているのは価値が高いと思います。
百数曲の中で気に入った曲が次々でてきます、クイケン、ブリュッヘン、グッドマン、T.ファイ等々の演奏良かったけど、ホグウッドはどうだろう?と興味がわいてきます、それをまとめて購入したことになります;

category: F.J.ハイドン

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フルトヴェングラー&VPO:第九  

マエストロ与太さんの記事に触発され、倉庫から引っ張り出してきたLPです。
これも10年以上は聴いていなかった、昔掛けた静電防止スプレーが今取り出しても効果持続しているのはある意味感動ものです;

be sym9 fu vpo

これは1951年1月7日、ウィーン楽友協会ホールでのVPOライブ録音、ソリストはS:イムガルト・ゼーフリート、A:ロゼッテ・アンタイ、T:ユリウス・パツァーク、B:オットー・エーデルマン。
あのバイロイト盤の半年前のものです。バイロイト盤は演奏、録音とも良いためベスト盤として親しまれていますが、当盤は録音にはやや難があり、第一楽章の途中、録音回転の不具合か?ピッチが下がるところがあります、また一発録音のせいか、ダイナミック・レンジを演奏中何度か操作しています。しかし演奏はバイロイト以上に熱気がありキレまくっていて、録音も音質自体は悪くなく、VPOの弦の味わいが十分聴かれます。
例によって第一楽章から凄みたっぷり、弦は跳躍音はポルタメントで柔和に繋ぎます。何と言っても絶品は第三楽章、これはVPOならではでしょう、弦一人一人がソロの名演を弾いているような響きが合さり、ふくよかに情感が燃え上がり、極めつけ、聴き手の心理をしっかり掴む的を得た強弱法、19分間のゆったりとした演奏がもっと聴きたいほどに終わります。終楽章は声楽が入る前のオケの前奏部分だけでも感動もの、終結の加速は最も凄まじく終わります。


さて、これだけ世の中ギクシャクしていると、第九で心を浄化するもよし、あるいは懐かしいTVドラマを見て、昔にタイムスリップするもよし。加藤剛さん持ち前の温情ある人柄で演じていた大岡越前は今見てもいいです。

大岡越前

「三方一両損」など民事ものの話も繰り返しアレンジして脚本化されましたが、大家、店子、職人同士の江戸っ子のやりとり、江戸落語の世界をそのままドラマ化したようで、心和みます。DVDは第3巻まで、あとはTVの再放送で録画しました。

category: ベートーヴェン

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手持ちの楽器Ⅱ  

左手は完全に治ったわけじゃないですが小康状態、少しずつリュート練習を再開しようと思っています。
なぜか11コースリュートがもう一本、11コースはヴァイスの作品の一部も弾けますが、レパートリーはフランスの作品が中心となります。(あまり取り組んでいませんが;)

11c lute2
モーリス・オッティガー作(スイス)
ピエトロ・ライリッヒに基くオリジナル?

M.オッティガーによる13コースもありますが、私にとってハイエンド・モデルとなっています。勢いで11コースも頼んでしまいました、短い弦長(66㎝)で鳴りやすいとの話で。調弦もしやすく調整されていて扱いやすい楽器です。表板の幅が広くボウルの奥行きが浅いタイプで、細身タイプのH.フライやC.ホフマンのモデルとは音の性質も違います。リュートは規格化された定型がないのも面白いところ。
弦1本あたりのテンションは緩いのですが、この楽器は20本張られ、トータルで55㎏くらい、無理をさせると表板やネックに変形がおきてくるので、最小限のテンションでよく鳴らす弾き方を探るのがいいです。

category: リュート

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J.B.サンマルティーニ:後期交響曲集  

ジョヴァンニ・バッティスタ・サンマルティーニの後期交響曲を集めた2枚組CDです。

samma sym2

CD1
Symphony A major JC63
Symphony D major JC22
Quintet E major (1773)
Symphony E major JC31
Symphony A major JC60

CD2
Symphony D major JC11(1770)
Symphony E♭major JC28(1770)
Symphony D major JC17(1759)
Symphony G major JC40(1769)
Symphony E♭major JC26

Accademia d'Arcadia
Alessandra Rossi Lurig

古典派音楽の始祖はもちろんG.B.サンマルティーニ一人ではないでしょうが、作品の多さから、進展の様子が伺いやすいです。交響曲の初期と後期を比べると、ほんとに同一の作曲家とは思えない進展です。
初期の作品の主旋律とバスのポリフォニックな関係や旋律趣味はバロック的ですが、過渡的な時期を経て、後期には伸びやかな古典派趣味の主旋律、内声やバスは快調にリズムを刻みながら和声の変化を明確に聴かせていく、ホモフォニックな音楽に転換、また管楽器のハーモニックな扱いも古典派管弦楽として完成しています。

当CDはこれら後期作品を集めたものですが、様式はすっかり完成させ、一曲一曲が個性に満ち、弦楽とオーボエ、ホルン各2本の編成をいかに面白く響かせるか工夫を凝らしていった意欲作に思います。いつの間にかハイドンの進展を見るのと同様の楽しみに感じてきます。
特に気に入ったのはCD2の後半3曲、JC17は最後期より少し前の作品ですが、第一楽章は短い展開部をもつソナタ形式の前身的な形、快調な楽しさの中にも表情豊かな味わいを持つ、第二楽章は弦とオーボエによる2部形式の緩叙楽章ですが、優美な旋律で後半の和声進行が魅力。終楽章は軽快ですが、趣味良くまとめている。
JC40はハイドン的な快活な第一楽章がいい、第二楽章では珍しくvlのソロが入り、ちょっとバロック的な印象もあるけど、旋律は古典派趣味で優美、終楽章は急速で快調な楽しさ。J.C.バッハも最初からここまでの傑作は書けていないでしょう。
CD1の3曲目はvlが3つにvaとvcに通奏低音のいわゆる弦楽五重奏ですが、軽妙な楽しさに加え、旋律がいかにもイタリアのヴィルトーゾ的閃きがあり、一味上を行っている魅力的なものです。

Accademia d'Arcadiaの演奏は申し分なく美しく、録音はたっぷりと情報量のあるもので、音厚豊かなサウンド。
参考:G.B Sammartini Symphony D major JC22

category: その他・古典派

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C.P.E.バッハ:チェンバロ協奏曲ト短調 Wq6  

聴き親しむということは大事で、C.P.E.バッハもハイドン同様、昔はピンと来なかった曲もいつの間にか良さがわかるようになります。C.P.E.バッハのコンチェルトはどれを取っても、つまらないものがありません。
多感様式を最も深めた人で、巧みで多彩な転調、インスピレーションは父バッハから授かったものが少なくないかもしれません。
C.P.E.バッハのコンチェルト全曲を録音している、ミクローシュ・シュパーニ:Cem コンチェルト・アルモニコによる第3集からチェンバロ協奏曲ト短調(Wq6)です。

c p e bach wq6

これも圧倒されるような傑作で、俗世の臭気を感じない不思議な異世界に誘われたような感覚です。コンチェルト・アルモニコはスケール感大きく、立体感のある演奏。鍵盤ソロの加わった交響曲といった感じですね。
動画サイト:C.P.E.Bach Harpsichord Concerto G minor, W.6 Miklós Spányi

第一楽章(ト短調)速度表示なし、とのことで、曲相から速すぎないアレグロのテンポを取っています。付点リズムで主和音を下降する鋭く深々した主題で始まります、楽章全体がこの付点リズムが基調で切迫感を出します。弦楽オケはppからffまで幅広く、オケに対して鍵盤は弱音なので、伴奏時はぐっと伴奏モードに切り替えますが、トゥッテイはシンフォニックに聴かせます。ソロは主題の途中から入ります。転調による気分の変化、鍵盤ソロがなだらかに続くと思いきや突然、弦のトゥッテイが割って入る、また思いがけない弦楽からソロへの切り替え、安易に予測させない進行が最後まで引き付けます。
第二楽章(変ホ長調、Largo)無風状態ともいえる動きの緩やかなテーマが弦で始まります。楽章全体が沈静感を帯びていて、鍵盤ソロは長いトリルで入るものの、瞑想的な旋律を奏で不安要素は少ないです。短いカデンツァを置き、弦楽で消え入るように終わります。
第三楽章(ト短調、Allegro di molto)再び凄みを効かせたテーマによる楽章です。ソロが始まる前の弦楽で魅了します。鍵盤ソロはテクニカルな聴かせどころですが、弦楽も力強く割って入り、曲全体のエネルギー感を欠かしません。全曲甘ったるい悲哀感はなく、理知的、ストイックな魅力で締めくくります。
BISの録音はホールトーンを十分入れた鮮明なもので、スケール大きく満喫できます。

カップリングされたイ長調(Wq8)ニ長調(Wq18)も素晴らしいですが、あらためて。

category: C.P.E.バッハ

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B.ヴァイル:ハイドン交響曲64番「時の移ろい」  

作曲年は1773年と、まだシュトルム・ウント・ドランク期にあたりますが、この曲もハイドンの独創性が光る傑作ですね、聴き出すとハマります。B.ヴァイル指揮、ターフェル・ムジークOのBOXセットから聴いてみました。

b v hay 64

第一楽章、快活な楽章ですね、第一主題はvlの弱奏に始まり、フォルテの力強い後半が続きます。展開ではこの後半が使われます。1st:vlと2nd:vlの爽快な二度音程を聴かせ、第二主題は属和音のいささか落ち着かない気分です。展開部は第一主題後半で築かれ、例によって疑似再現があり、再現部も魅力的に変化形態を聴かせます。
第二楽章、「時の移ろい」という副題は誰によるものか不明ですが、この楽章に由来するものでしょう。物語のある場面の描写のような、明らかに何かを語る楽章です。"何か"なのが謎なのが良い、聴き手は自由に想像することになります。
メヌエット、ハイドンはいかにマンネリ化を避けたのでしょうか、農民の音楽などあらゆる所にアンテナを張り、外部から取り入れ消化していくのが得意と言われますが、このスコッチ・スナップのメヌエットもありふれていないテーマの表情が新鮮です。
終楽章、快調なロンド形式、このロンド主題もなぜこういう旋律なのかと、不思議に思う独特の味、常人には思いつかないものですね。緊張感を間に聴かせ、この主題にもどる、の繰り返しのあと、もうちょっと聴きたいくらいでさらりと終結する。
B.ヴァイル、ターフェル・ムジークOのシャキっと活きの良い整った演奏、また"デッドな音"とは正反対の目の覚めるようなSONY VIVARTEシリーズの録音で存分に楽しめます。

category: F.J.ハイドン

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T.コープマン:ハイドン交響曲49番  

つい、聴き飛ばしていたT.コープマン、アムステルダム・バロックOのハイドンsym49を聴いてみました。
カップリングされている44、45番も名演として気に入っていたのですが、49番も良い。急速楽章さえも緻密なデュナーミクによる歌い込みが素晴らしく、上手い弦楽を聴いているだけで味わい深いのですが、

hay 49 t c

49番の第一楽章、あえて淡々とした表現も良かったりするのですが、コープマンはあくまで表情豊か、一音の中にも強弱変化が柔軟になされ、端念で瑞々しい旋律が繋がっていきます、強弱の段階を幾重にも設けたような懐の深さがいい。ハイドンがレクイエムを書いたらこんな感じでしょうか、Kyrie eleisonの楽章を思わせます。
第二楽章、速すぎないテンポですが、荒っぽさのまったくない整った演奏です。バスが打ち出すリズムが切れ味よく切迫感を出し、心地よい。やはり弱音はぐっと下げ、それで引き付け、ダイナミックを聴かせます。
メヌエットは遅すぎない程度でちょうど良い、爽快に聴かせます。トリオは木管とホルンの色彩感が美しい。
終楽章、ここも速めすぎず旋律表現を大切に聴かせますが、弦のトレモロを切れ味よく聴かせ、心地よい急速感を出します。録音がナチュラルで木管の色彩が鮮やか、バランスも良好で聴き心地のよい音源です。

category: F.J.ハイドン

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