Micha クラシック&リュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

好きな序曲Ⅲ:シューマン「マンフレッド」序曲  

今日はシューマンの劇音楽「マンフレッド」の序曲、これは文句なしに好きな序曲です。

まずはフルトヴェングラー&BPOから、1949年、放送用の音源だが良好で明瞭に鑑賞できる、
manf furt
総奏で劇的に開始、序奏部で主部の第一主題が使われる、フルトヴェングラーはゆっくりじりじりと味わいを絞り出すかのように進め、燃えるように主部に突入、第一主題で期待どおりアッチェルランド、重力による加速のように聴き手を逃さない、そして凄味を帯びたダイナミズム、ぐっと忍び寄る第二主題にもぞくぞくする、曲は一旦沈静化し展開部に入る、この入りがじわーっと入る、フルトヴェングラーがアゴーギグを要求するたび、楽員の呼吸の捉え方に違いがあるのか、合奏がバラつく、がこれが何とも言えぬ凄味となる;再現部でもさらに燃焼し、最後はゆっくり無に消えるように終わる。

次はR.クーベルックとBPO、1964年、ベルリン、イエス・キリスト教会でのお馴染みD.Gサウンドが好調。
manf kube bpo
クーベリックはさすがフルトヴェングラーを継承する味わいで聴かせる、序奏はさほど強調はないがBPOの程よく渋みを帯びた清々しい弦楽が良い、主部に入ると極端ではないが、アッチェルランドによって引き付ける、展開部でのチェロ群の奏でる第二主題が厚く深みを帯びじつに味わい深い、ここは絶品。LP、CDと両方あるが、やはり音溝に針を下ろしたほうが、しっとりD.Gサウンドを味わえるようだ、CDはやや乾いた響きに感じる。

もう1枚、SONY盤で1978年、クーベリック&バイエルン放送響とのCDもあるがさすがに録音はナチュラルで鮮明、
manf kube bava
演奏はBPO盤と大きな違いはないようだが、サウンドが穏やかな分、BPO盤ほどの覇気が伝わってこないような。

次はW.サヴァリッシュ&シュターツカペレ・ドレスデンO、1972年録音、録音は音場のよく広がる好録音、SKDの美音もよく味わえる。
mauf sawa
サヴァリッシュらしい堅実な整った管弦楽、ぐっと弱奏に落としてクレッシェンド、わりと快速にキビキビした基調でなかなか引き付ける表現で進める、意外と言っては失礼だが、展開部の入りがエネルギッシュで情熱的、少々驚く、第二主題も深みを聴かせる、ダイナミズムも鋭く、以後再現部から終りまでぐっと引き付けていく、さすがサヴァリッシュ先生。

最後はB.ハイティンク&RCO、1982年、フィリップスらしい好録音でRCOの美しいサウンドは申し分なし、
manf haiti
これぞ堅実な演奏でしょうか、オケ・サウンドのバランスもよく、じつに整った管弦楽、ごく正統的に演奏し、特段強調することもないが、きりっと絞めた感覚で整然と進め、結果として、ぐいぐいと引き込んでいくのがハイティンクの技。

以上聴いた中で重ねて失礼だが、意外にもサヴァリッシュの演奏がフルトヴェングラーを凌ぐと思えるほど熱気に魅了された。

category: シューマン

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フィンランド・バロックO:J.C.グラウプナー  管弦楽組曲集  

過去にも話題にしたバロック後期ドイツの作曲家ヨハン・クリストフ・グラウプナー(1683-1760)はテレマン、ヘンデルに次ぐ人気を誇りながら、膨大な作品は200年もお倉入りしていたそうです(詳細、wikipedia:Johann Christoph Graupner)20世紀の終盤、ピリオド演奏が盛んになった良いタイミングで復活してきたと言える。バッハ、ヴィヴァルディなどと違い、古楽器とその奏法で初めて真価が聴けるタイプでしょう。遅ればせながら管弦楽組曲のCDを購入、

grau suite
組曲 ヘ長調 GWV450
組曲 ト長調 GWV458
組曲 ヘ長調 GWV451
フィンランド・バロック管弦楽団
シルッカ=リーサ・カーキネン=ピルク(指揮&ヴィオラ・ダモーレ)
2013年5月20-22日 シウンティオ教会


今回はフインランド・バロックOによる、ソロ楽器にflトラヴェルソ、シャリュモー(クラリネット系の楽器)、ヴィオラ・ダモーレ、ホルン、ファゴットを含む多彩な組曲、フランス序曲で始まり、舞曲が続くものだが、ソロ楽器達が合奏協奏曲のように扱われる、バッハの管弦楽組曲No.2のような息の長い旋律を聴かせるタイプと異なり、簡潔で器楽的なテーマを各声部が組手で曲を形造って行く、どちらかというとテレマンに近いが、独自の作風というべきと思う。数少ない弟子のJ.F.ファッシュは確かに近い作風に感じる。

組曲 ヘ長調 GWV450
(ソロ楽器、トラヴェルソ、ヴィオラ・ダモーレ、シャリュモー)
序曲のグラーヴェから早くも3つのソロ楽器を聴かせる、どれか1つがメインになることなくソロ群の扱いである、続くフーガの主題は当然簡潔だが、練られた味がある、フーガの間にテレマン風の快活なソロ群の演奏が入り見事に連なる。2曲目は活発なガヴォット、ここでも快活なソロが魅力。4曲目のサラバンドはゆったりと各ソロ楽器の美しさを聴かせる、ヴァイオリンとは明らかに違うヴィオラ・ダモーレの倍音の雅な響き、シャリュモーとトラベルソの柔らかな響き、優しい音の楽器が揃った魅力。5曲目は異色な感覚のポロネーズ、終曲はゆったり感覚のメヌエット、中間部は3つのソロを聴かせる。

組曲 ト長調 GWV458
(ソロ楽器、ヴィオラ・ダモーレ、ファゴット)
これもフランス流の序曲で始まる、ソロが活躍するのはアレグロに入ってから、ヴィオラ・ダモーレをファゴットが助奏する形、ヴィオラ・ダモーレの重音奏法が美しい。2曲目アリアは農民の踊りを思わせる、ドローンの入った活発な音楽。3曲目サラバンドはまたヴィオラ・ダモーレのしなやかな魅力としっとりした曲相、アーチリュートの奏でるリアリゼーションが雰囲気を引き立てる。5曲目ラルゴはファゴットが先導しヴィオラ・ダモーレが続く、バックはピッチカートで伴奏するきわめて繊細な楽章。終曲メヌエットもソロが楽しませるが、全体にヴィオラ・ダモーレが魅了する作品。

組曲 ヘ長調 GWV451
(ソロ楽器、トラヴェルソ、ヴィオラ・ダモーレ、シャリュモー2、ホルン)
この曲が最もソロ楽器が賑やかであるが、おのずとホルンの存在は大きく聴こえる、グラーヴェからホルンが朗々と響く、フーガに入ったあと、バックが止み、ソロ楽器の透明感のある重奏、とくにホルンの美しさに魅了される、これは名演。3曲目のサラバンドでやはりソロの美しさが満喫できる。4曲目メヌエットは快活で心地よい、ロンドのようにソロ演奏が挿入される。終曲にはシャコンヌが置かれる、月並みではない練られた主題で味わいがある、当然、ソロ楽器による変奏も入るが、ホルンの妙技は聴き応えがある。

グラウプナーはバッハ並みの膨大な作品量だそうで、続々と録音物が出てくるでしょうが、聴いていくとなると気が遠くなります;

category: J.C.グラウプナー

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A.フィッシャー:ハイドン交響曲第76、77、78番  

BOXセットはいくつか揃えながら、まだ部分的にしか聴いていません、聴き終える前に次のBOXセットが溜る一方・・;久しぶりにA.フィッシャーのハイドン交響曲全集から第76~78番を聴きます。ホグウッドの全集録音計画が第75番で終わっていて、第76~81番あたりは単独の録音も少ないところなのでフィッシャー盤などは貴重です、幸い演奏も快調な頃です。

fis hay 76 77 78

アダム・フィッシャー指揮、オーストリア・ハンガリー・ハイドンO
1998年録音


これらが書かれた1782年、実現はしなかったが、ハイドンはロンドンに招かれる予定だった、これら3曲はそのために準備され「イギリス交響曲」と呼ばれるそうで、エステルハーザの特定された聴き手の為の作品とは一味違い、一般に親しまれやすいことが考慮された作品。フリーランスで人気の高かったJ.B.ヴァンハルの交響曲をふと連想する趣きもある。しかしハイドンらしい聴かせどころもちゃんと備わっている。各曲、20分程度で長大にしない収め方。パリ交響曲を書く前段階の作品としても興味深い。

第76番 変ホ長調
第一楽章、主題の流麗な旋律や快調に流れる感覚は楽しく、所々切れ味を付けながら聴き手を引き付ける、展開部は調を変え、さほど深い内容にならないが再現部と一体で聴きどころを作っていく、あっさり終結するのでこの楽章は後半も反復が良いと思う。
第二楽章、オペラの幸福な場面のような美しいテーマによる変奏、vlソロがしなやかな変奏を弾いた後、総奏による短調の切迫感に満ちた変奏がバロック風でもあり印象強い、再びvlのソロがリードしてカデンツァを聴かせて終わる。
メヌエット、楽しく華やかな主題、まさに親しみやすい、トリオも同様だが、ハイドンらしい特質を聴きたい向きには普通すぎるかも。
終楽章、典型的なロンド楽章、第一vlとフルートがダブった響きでテーマを開始、対位法的な聴きどころも設けるがさほど大がかりな楽章にはせず、すっきりと最後を閉じる。曲が長くならない設定のようだ。
参考:Joseph Haydn - Symphony No. 76 in E flat major, Hoboken I/76

第77番 変ロ長調
第一楽章、この楽章もすんなりと聴きやすい、第一、第二主題ともやや温和すぎる感じでもあるが、こういう曲もあっていいでしょう。しかし展開部はさすが、転調や対位法的な充実感を聴かせる。再現部もさほど凝らず、すっきりまとめて終わる。
第二楽章、情感豊かな美しい主題で開始、各パートを絡ませた複雑な変奏も聴かせ、短いながら聴き応えのある楽章。
メヌエット、主題は愛らしものだが、リズムの取り方が特長的で面白い、トリオは簡潔で短く終わる。
終楽章、ごく馴染み感のあるロンド主題で始まり、力強い推進力も聴かせる、全体はソナタ形式で展開部はフガートの手法でぐっと引き込む、再現部のあとさらりと終わるので、反復があって良さそう。
参考:Joseph Haydn - Symphony No. 77 in B flat major, Hoboken I/77

第78番 ハ短調
疾風怒涛期の短調作品とも、後期の少ない短調作品とも違った味わいを感じる、第一楽章の開始は52番にちょっと似るが、短調で始まるメロディックな主題はヴァンハルを連想する。しかし第一楽章は流麗さと切れ味、ダイナミズムが心地よく申し分ない魅力、展開部は期待に十分答え、凄味さえあって素晴らしい。
第二楽章、ソナタ形式のようで、第一楽章の熱気を冷ますような穏やかさで始まる、しかしすぐに総奏による小刻みな音形でシンフォニックな楽しみも聴かせる。
メヌエット、ハ長調でこれもごく親しみやすい主題、トリオはobとvlがダブり清涼な音色を聴かせる。
終楽章、ハ短調に戻り、弦がロンド主題を始めるが間奏ではobやflが明るいテーマを奏で、展開部でひとしきり聴きどころを置き、簡潔に終わる。
4つの楽章合わせた充実度ではやや物足りないかもしれないが、この曲の演奏される機会が少ないとしたらもったいないことだ。
参考:Joseph Haydn - Symphony No. 78 in C minor, Hoboken I/78

category: F.J.ハイドン

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エアコンの清掃  

今日は日中、業者さんにエアコンの室内機の清掃を全室やってもらいました。

エアコン

さすが、じつにきれいになるもんですv
自分ではせいぜい網状のエアフィルターを掃除するくらいですが、奥のラジエターみたいな部分を掃除するとなると大変です。
いつもの風が一段とひんやり、効率も上がったようです。

category: 時事・雑記

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B.ヴァイル:ハイドン交響曲第90、46番  

B.ヴァイル指揮、ターフェルムジーク・バロックOのハイドン交響曲BOXセットもまだ全曲じっくり聴いていません;今日は最後のCD7から、90番、CD3から46番を聴いてみました。いつもながら拘り過ぎた表現なく快活で切れ味よい演奏。

haydn 90 46
ブルーノ・ヴァイル指揮、ターフェルムジーク・バロックO

90番ハ長調、主和音の総奏を轟かせ、主部のテーマが序奏として演奏される、主部は速いテンポで弱奏と強奏の対比をつけ、まさに快活、フルート、オーボエのソロ、tpが会場に拡がって響き美しいサウンド、展開部も力強く切迫感をだす。
第二楽章、アンダンテ、温和な長調と鋭い短調が対の主題となった変奏曲、中間でのflトラベルソのソロが味わい深く響く。
メヌエット、快活なテンポで、トリオはobのソロ、この録音では木管が美しく響くのが良い。
終楽章、快速にきりきり進める、様式感はかちっとまとまり、乱れるところはない、展開部はかなり彫の深い味わいを快速ななかで決める、例によって、偽の終結があり、続きをエネルギッシュに聴かせて終わる。

46番ロ長調、遡って疾風怒涛期の作品、44番の動機をヒントにしたような長調の動機で始まり明るいが、第二主題が短調でぱっと趣きを変える、展開部は第一主題で始まるが緊迫した第二主題が中心、再現部にはいっても緊迫感が続く。結果、短調楽章の要素が強い。
第二楽章、シチリアーノのリズムで気品のある旋律だが、哀愁も漂う楽章、後半は一段と夢想的で美しい。
メヌエット、主題はハイドンらしい明るさ、短いトリオに入るとまた短調に転じる。
終楽章、まさにプレスト・アッサイで畳み込むような快演、しかしなぜか第三楽章メヌエットが挿入され、ふたたび快活に、いつ終わるかはっきりせず、聴き手を惑わせる、ようやく終結音をズバっと聴かせる。この演奏に限ってヴァイルは後半も反復する、これによりきっぱり終わったはずが、続きがあるという、90番終楽章のような効果が生れて面白い。

category: F.J.ハイドン

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好きな序曲Ⅱ「エグモント」  

昔は管弦楽名曲集なるレコードがどのレーベルからも出ていました。「玩具の交響曲」、ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲、ラヴェルのボレロ、ボロディンの「中央アジアの草原にて」、等々、いろいろ思い出します。当然好き嫌いがでてきます、
E・ヴォルフ=フェラーリの「マドンナの宝石」間奏曲などは旋律が回りくどくて、一度聴けば十分な感じ;そんなレコードに入っていた「エグモント」序曲はさすがベートーヴェン、と初めて聴いたときから気に入りました。その後いろんな演奏を聴きましたが。

まずは極めつけと言えるF.フリッチャイ&BPO、「運命」のLPに追加で入っていたもので、名曲集盤で聴いたのとはまるで格が違い、ゾクゾクきました。
フリッチャイ エグモント
フェレンツ・フリッチャイ指揮、ベルリン・フィルハーモニーO
開始のブラスを伴う豪奏はたっぷり長く、木管に始まる瞑想的な部分はためらうような弱音でゆっくり、やがてテンポが上がる、運命の動機と同形のリズムでアッチェルランド、クレシェンドをじりじりかけ、ダイナミズムに至る、しかし乱暴な響きにせず、弦の味わいをよく聴かせるところがまたいい。じっくり間奏を置いて長調のエンディングに入る、ここは始めから快速だがさらにテンポアップして痛快に決める。これを凌ぐ演奏は未だにない。

もう1枚は堅実なところで、K.ベーム&VPO、近年の録音だけにサウンドは滑らか、
ベーム エグモント
カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルハーモニーO
ウィンナobやクラリネットが鮮やかに響く。テンポは一定で落ち着きまさに骨太、じりじりくるクレシェンドもさほどない、が、その武骨さが強烈に迫ってくるのは確か、エンディングもあまり急がず、ブラスの輝き、timpの強打が効く。

最後にスウィトナー&SKB
スウィトナー エグモント
オットマール・スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリン
開始のブラスは輝かしいが、弦はさすがに滑らかな耳触り、ホールトーンのよく入った立体感のある録音で木管の響きの広がりが心地よい、総奏の響きも透明感がある、弦が清潔で厚く響かない分、ブラス&timpによる強奏がビシっとくるインパクトとなって引き締める、力を抜いた中に張りつめた空気を感じさせる。エンディグはぐっと快速、涼やかな響きで終わる。

category: ベートーヴェン

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西崎崇子:J.M.クラウス ヴァイオリン協奏曲ほか  

今日がリュートのレッスン日でした、注意点を意識しながら、運指を変更したところとかおぼつかず、まだ流して弾けません、こういうときはスローテンポでじっくり頭に焼き付ける練習が必要です、時間を惜しんじゃいけない・・;

さて今日は随分前に購入して保留してあった、NAXOS盤です。NAXOSによるJ.M.クラウスを紹介するプロジェクトの一環でしょう、NAXOSの創業者クラウス・ハイマンの夫人、西崎 崇子がソロを務めたヴァイオリン協奏曲 ハ長調 VB151と劇音楽「オリンピエ」を収録した1枚。NAXOS盤の演奏には当りはずれがありますが、これは良いほうに入るでしょう。

kraus vl con
ヨゼフ・マルティン・クラウス
1. ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 VB151 
(カデンツァ…バーティル・ヴァン・ボエール)
2. 付随音楽「オリンピエ」
3. バレエ音楽「アジーレ」
西崎崇子:vl
ウーヴェ・グロット:指揮、ニュージーランド交響楽団


まずはvl協奏曲、演奏時間約30分とやや長大、第一楽章アレグロ・モデラートの前奏はイタリア風の標準的なコンチェルトの印象だが、vlのテクニックで痛快に聴かせるというより、ベートーヴェンに近い、じっくり聴かせる音楽言語豊かな内容、あまりクラウスらしい特長は感じないが、時折クラウスらしい節回しが聴かれる。西崎はヴィヴラート控え目の透明な美音に徹し、クラウスの演奏にふさわしく、丹念に聴かせていく。落ち着いた雰囲気の曲だが、展開部ではひしひしと深みへ誘う。第二楽章、アダージョはあまり甘美に陥らず素朴な美しさが良い、ソロvlと合奏群の区別がつかないほど弱奏の部分など引き付けられる。終楽章、ロンドもわりと落ち着いた感覚でさほどテクニカルではないがvlの軽妙な切れ味も聴かせる。
参考:J. M. Kraus - VB 151 - Violin Concerto in C major
次はU.グロット:指揮ニュージーランド響による劇付随音楽「オリンピエ」 、やや大編成で聴くとまた一味違う、録音はぐっとオケに近づいたような実体感、おなじみの序曲は序奏を重厚に、しかし、しつこさのない響きで始める、主部は快活、節目を付けながらきりっと絞めた表現は心地よい。続く劇中の付随音楽が組曲のように収録されているが、何やらドラマティックな効果を聴くと劇の内容が知りたくなってしまう;
参考:J.M.Kraus-VB 33-Incidental Music for Olympie

category: J.M.クラウス

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S.L.ヴァイスのファンタジー  

次のレッスンは急遽、この曲になっちゃいました。

fantasie weiss

音の並びから推察いただけるようにS.L.ヴァイスのお馴染みファンタジー c-mollです。思えばギター時代、初めて暗譜して弾いた曲もこれでした。前半は小節線なしのプレリュード、後半はフーガ風、コンパクトな美しい曲で何年経っても飽きません。自由な前半から厳格な後半への入りが何ともいいんですね。動画サイトで聴ける最も美しいのはやはりN.ノースかな。
Fantasia in c minor by S. L. Weiss, performed by Nigel North

前半からテンポを変えて、後半アレグロで行くのが良いと思うんですが、セゴビアは後半ゆっくり、一部音も変更されています。この影響か同じように弾く人が多かったです。
Andres Segovia - Weiss - Fantasie

新しいところではこんな演奏も聴けます、あまり好きじゃないですが;
Silvius Leopold Weiss - " Fantasie", guitar Asya Selyutina
前半で抜けている箇所が・・(上のタブの赤囲いのところ)、ほかにも同様な演奏があります、転記ミスか削ったのか?こういう楽譜が出ているんでしょうね。

category: 演奏について

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好きな序曲Ⅰ  

序曲は本来、オペラの開始に演奏されるものですが、良い曲なら単独に演奏されるものが多く、ロマン派頃にはまさに単独に聴くための充実した作品が書かれています。よく聴いているお気に入りの曲を取り上げてみます。
まずは古いところでC.W.グルックの歌劇「アウリスのイフィゲニア」序曲、対位法で書かれた悲劇的な序奏がまず印象的、J.M.クラウスの交響曲の序奏にも同じものが感じられる。主部は快活だが、雅びな旋律にアルペッジョ音形の伴奏が多く伴う、グルックらしい管弦楽の魅力。

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クリストフ・ウィリバルト・グルック 歌劇「アウリスのイフィゲニア」抜粋
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
リヨン歌劇場O ほか


ワーグナーが演奏会用に編曲したものが演奏されることが多いですが、フルトヴェングラー以来、何だが大袈裟で重々しい演奏ばかりだった、手元のCDはJ.E.ガーディナーの歌劇抜粋盤ですが、ガーディナーはさすがすっきりと快調、古典派らしい演奏で楽しませてくれる。
参考:R.ムーティの演奏
Gluck Iphigenie en Aulide Ouverture
ヴァイオリンとギターのための編曲も残されている。
Gluck - Overture for guitar and violin

次はお馴染み、J.M.クラウスの「オリンピア」序曲、これは演劇のために序曲と劇中音楽が作曲されたもの、NAXOSレーベルのP.スンドクヴィスト盤は私が初めて耳にしたクラウスの作品、

kraus olympie
ヨゼフ・マルティン・クラウス 交響曲第1集
ペーター・スンドクヴィスト指揮、スウェーデン室内O


このオリンピアの緊迫した序奏には引き付けられ、主部にも魅了された、主部は簡潔なソナタ形式でさらりと書かれた感じで手は込んでいないが、クラウスらしいインスピレーションを一気に聴かせる。続く交響曲とともに、こんな良い作曲家がまだいたのか、という出会いの喜びがあった。古びた"過去の作曲家"じゃなく、ベートーヴェンやモーツァルト同様、今の我々にも共鳴する斬新な力がある。
参考:序曲ほか劇中音楽の録音
J.M.Kraus-VB 33-Incidental Music for Olympie

category: 古典派

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スメタナSQ+J.スーク:モーツァルトの弦楽五重奏曲No.3 & 4  

DENONのPCM盤を見つけると、つい欲しくなってしまいます。録音は当然のように素晴らしく、またスクラッチノイズもほとんどない品質の高さ、買って損はない^^音源が良いだけにカートリッジを替えてみても、それぞれの特性で味わえる、CDにはない楽しみです。
スメタナSQ+J.スークによるモーツァルトの弦楽五重奏曲No.3とNo.4、これもふと見つけて即買いでした。ヨセフ・スークは元々のメンバーであるかのようにスメタナSQの美音の一員となり、作品の様式美を申し分なく聴かせる。

moz quin 3
スメタナ弦楽四重奏団、ヨセフ・スーク(第一ヴィオラ)
1976年録音


四重奏が五重奏になることで、1つ又は2つの弦がソロを弾き、コンチェルト風にしたり、vlの二重奏とvaの二重奏の掛け合い、全楽器のポリフォニーなど多様な表現に広がるという。ディベルティメントのような外面的華やかさより、音楽通がじっくり味わう内容となり、簡潔な主題による緻密な内容で休符の効果も多様したハイドン風の室内楽の趣きも感じる。

五重奏曲No.3ハ長調
第一楽章はvcの上行旋律に1st.vlが呼応する主題に内声が和音をきざむ、すっきり簡潔な始まり、やがて各楽器の絡むポリフォニクな書法を聴かせては再び冒頭のすっきりした主題に戻る、この繰り返しで展開部も程よい深みを出すがあまり大袈裟な盛り上げにはしない。第二楽章は穏やかな美しさ、1st.vlと1st.vaによる対話を聴かせる。メヌエット、落ちついた主題は典雅なタイプとは異なり、プライベートな感覚で味わいがある。終楽章は軽快なロンド主題、繰り返されるこの主題が出るたびに心地よいのは構成の妙というか流石。
五重奏曲No.4ト短調
短調作品とはいえ、あまり悲哀的な感覚はない、vcを使わない軽快な伴奏リズムの上にvlによる半音進行を含む第一主題の動機が印象的で支配的、同じ伴奏の上に第二主題も弾かれる。展開部は第一主題で始まり次の第二主題の展開がぐっと深みを聴かせる。第二楽章にト短調のメヌエットを置き、第三楽章が変ホ長調のアダージョ、弱音器をつけたvlが夢見心地の楽章とする。終楽章、珍しく短調の序奏を置き、ト長調に転じたアレグロのロンドとなる、短調作品としながら実質、長調作品のような曲はハイドンによく見られる。

category: モーツァルト

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O.スウィトナー:ベートーヴェン交響曲第6番「田園」  

いつもはボリュームを遠慮ぎみに聴いていますが、あまり絞ると左右のスピーカー周りに分離したように聴こえます、理想のボリュームに上げると、左右の広がりはもちろん奥行きも出てきて、スピーカーから音が出ている、という感覚がなくなります。

ボリューム

深夜でなければ少しくらいいいだろうと、時々ボリュームを上げます。それでも弱奏の音っていうのは小さいんですが、演奏の技がくっきり聴こえてきます。今日はDENONのPCMのLP、スウィトナーのベートーヴェン「田園」を楽しみました。合奏群の弦一つ一つのボーイングが聴こえてくるような鮮明度です。この爽やかな「田園」はスウィトナーならではでしょう。

スイトナー 田園
オットマール・スウィトナー指揮
シュターツカペレ・ベルリン


情景を描写した音楽はこれ以前にもありましたが、「田園」は充実した交響詩的作品の走りかもしれません。中庸なテンポの第一楽章、弦は優しくきめ細かく、各木管がくっきりピンポイントで浮かぶ、展開部のクレシェンド部分の強奏も深く気品のある響き、コントラバスが底深く支え量感が押し寄せる。第二楽章、あまり遅くせず、第一vlをぐっと控え目に、小川のせせらぎを表す内声弦をリズミカルに聴かせる、代わる代わる奏でる各木管が味わい深い。第三楽章、農民の踊りはわりとゆったり、長閑なテンポ、続く第四楽章、嵐の場面も程々な強奏で騒音にはしない、様式感を保った節度ある、ある意味おっとりした表現だが嵐の緊迫感は十分。終楽章の入り、vl群の極めつけとも言えるぐっと弱音の優しい美音で始まる、これが鮮明な録音と相まって素晴らしい、終結近くの祈りの描写のようなところでもしなやかにポルタメントをかけ、息づかいに近いような弦のボーイングが魅了する。磨き抜かれたような終楽章で閉じる。

category: ベートーヴェン

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R.クーベリック:シューマン交響曲第3番「ライン」  

我が家は夜になれば、ほぼ静寂に恵まれていますが、夏は冷房をかけないわけにいかず、旧型のエアコンは室外機がマルチタイプであまり効きがよくないうえに風がうるさくて、ひとしきり冷房したら止めて音楽を聴いていました。5年前に取り替えたエアコンはPanasonicの一番安い型だと思いますが効きがよく送風音が静かになったので、どうにかかけながらでも音楽は聴けます。これが7台あります^^;マルチタイプは無くなったそうで;

エアコン

とはいえクラシックの最弱音を聴く際には送風音はないほうがいい、聴こえなくはないが音場の見渡し感が落ち、聴くほうも集中度が落ちます。
今日はラファエル・クーベリック指揮BPOのシューマン交響曲第3番「ライン」、お馴染みG.ヘルマンス:技師、ベルリン・イエス・キリスト教会での録音。MCカートリッジを使い、エアコンを止めました。MCは音を緻密に拾うので、いつもよりボリュームを上げても荒っぽくならず、スケールの広がったサウンドが満喫でき、最弱音もくっきり味わえる。図太く、かっちりしたD.Gサウンドも一味違って繊細に聴こえる。

kub sch sym 4
ラファエル・クーベリック指揮、ベルリン・フィルハーモニーO
1964年、ベルリン・イエス・キリスト教会


交響曲第3番 変ホ長調「ライン」
シューマンが1850年、デュッセルドルフの管弦楽団の音楽監督に就任したあとの作曲で、ライン川を下る様々な情景を5つの楽章にした、交響詩的でもある作品。
第一楽章は「ライン下り」の始まり、ローレライ付近、渓谷の急流のような躍動感の第一主題、哀愁を帯びた第二主題を聴かせたあと、また毅然と立ち上がる、様々な要素が交錯する充実した楽章、クーベリックは切り立った変化をつけ、各声部を明確に聴かせる。第二楽章はスケルツォだが、民謡風で「ライン」の流れは穏やかになる、コブレンツからボンの情景。第三楽章はさらに穏やか、ボンからケルンの情景。第四楽章はケルンの大聖堂、この壮麗な大聖堂に感銘をうけ、この交響曲を思い立ったとのこと、変ホ短調となり、荘厳な主題がカノンで連なっていく深い曲相で楽章全体の雰囲気を変えずに終わる。第五楽章はデュッセルドルフの祭り、第四楽章と対照的に祝祭気分で華々しく終わる。

「マンフレッド」序曲
もう一曲追加で入っている、マンフレッドが圧巻、シューマンらしい魅力が凝縮されたような作品だが、クーベリックは巧みにアッチェルランドを操り、何かの重力に引かれて加速していくような緊迫感に包みこむ。

category: シューマン

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スメタナSQ:ベートーヴェン弦楽四重奏曲No.13(原典 大フーガ付)  

私は気分を癒すために音楽を聴く、ということはしないし、楽器も手にしない。気分が落ち着き、音楽に接する体勢が整ってからにする。余計な考え事がなく、頭は白紙でないと音楽の色彩が濁され、味わいもわからない。楽しみな演奏会がある日は朝から一日を贅沢に過ごすのが本来だ、仕事や雑用で振り回され、時間ぎりぎりに会場へ駆け込むくらいなら行かない。ただCDを廻すだけでも、気分が整った後である。

be sq 13
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第13番変ロ長調(原典版)&新終楽章
スメタナ弦楽四重奏団
1965年録音


今日はスメタナ弦楽四重奏団によるベートーヴェン弦楽四重奏曲No.13「原典、大フーガ付き」、これを全曲味わうにはまさに鑑賞体勢が整っていないといけない。6楽章で長大、親しみやすい旋律などほとんど出てこない緻密な音の構造物だ、テーマには楽章間共通のDNAがあり、集中力と記憶力をもって聴かないと味わいきれない。初演時に難解だと評された終楽章の大フーガはややハイドン風のロンド形式に置きかえられたが、スメタナSQは原典大フーガ付きを録音、さらに新終楽章も入れている。いつもながらスメタナSQは透明感のある美音で心地よい、大フーガのテーマは第一楽章と関連のあるもの、複数の部分に分かれ変化を持たせながら同一テーマのフーガが続く、その入れ込み具合は複雑で、軽快に楽しませる部分などないが、一度聴いたら虜になってしまう重力のようなものを持っている。差し替えのロンド楽章も軽快な始まりだが結構長大で深い内容を持ち、7楽章として聴いてもよい。

category: ベートーヴェン

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S.チェリビダッケ:ハイドン交響曲第92番「オックスフォード」  

チェリビダッケを取り上げるのは初めてです。ブラームス、シューマンなど揃えていたが、どうも私のタイプじゃなく、手放してしまった。ハイドンの103、104番も持っていたが、どうも聴きどころがなく・・
と言いつつ最近中古で買ったハイドンの「オックスフォード」、モーツァルト40番とのカップリング、どんな演奏かと・・ライヴ録音ながら意外と良好な収録。

celi hay 92
モーツァルト交響曲第40番&ハイドン交響曲第92番「オックスフォード」
セルジュ・チェリビダッケ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニーO
1994、1993年


オックスフォード、全般にやはりテンポはゆっくり、特に第二楽章は。しかしミュンヘン・フィルの弦のサウンドが厚いながらもしっとりした美音で耳にもたれる響きではない、木管など各パートもバランス良く見渡しのよい録音。
第一楽章序奏からハイドンの旋律をじっくり時間をかけて味あわせる、主部は遅いというほどではなく、中庸だろう、ボリューム感たっぷりのサウンドだが、様式を明確に展開部では肉迫してくる、第一楽章の風格はちょっと気に入った。
第二楽章、ひじょうにゆっくりだが、それなりに弦の美音で味あわせる、中間部の短調に入ると、ちょっとこの遅さが重く引きずるようで苦手だ。
メヌエットもゆっくり、ずっしり、しかし荒さのない響きできちんとまとめる。
終楽章、ベームと同じくらいのテンポか、第一楽章と同様に風格をもった味わいはわるくない。
カップリングのモーツァルト交響曲40番も第一楽章は普通、終楽章はアレグロ・アッサイらしいテンポで駆け抜け、様式感もかっちりまとめている、第二楽章とメヌエットはゆっくりだが、しっとりしたサウンドでそれなりに聴ける、特にクラリネットの美音が耳を引く。

category: F.J.ハイドン

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F.ライナー:ハイドン交響曲第101番「時計」  

高校の時分、著者は忘れたが図書室で借りたクラシック名盤案内なる本でハイドンのページが少しばかりあった、第101番「時計」の名盤のトップとされていたのが、T.ビーチャム盤とF.ライナー盤、次いでK.リヒター盤が挙げられていた。リヒター盤はすでに持っていて現在も手元にあるが、ライナー盤もやがてビクターの千円盤で復刻、さっそく購入して聴いたみたものだ。すぐ手放したが最近中古ショップで再会、ジャケットも中身も新品のようだった、内容はわかっていたが再度聴いてみようと思ったしだい。

ライナー 時計
1963年 フリッツ・ライナー指揮:交響楽団
ハイドン 交響曲第101番「時計」、95番


ライナー最後の録音でもあるが、昨日の96番で取り上げた指揮者達の演奏を聴いてしまった今となってはやはり骨董品と言わざるをえない。第一楽章は宗教曲の始まりのような遅く物々しい序奏、主部は活気を帯びるが特筆する表現はない、弦楽が全面に出て木管は響きの彩り程度にしか聴こえない、timpも強奏音に紛れ込んでいる、見渡しのよいサウンドではない、これは当時の一般的録音バランス方針の問題もある。第二楽章はかなりゆっくりな振子で、長丁場に耐えなければならない、しなやかに旋律を奏でるが引き付けるような彫の深さはさほどない。メヌエットもこのテンポなら長大な楽章と言われることになるだろう、大味な響きを長々と聴くことになる。終楽章、まずまずだが、リヒター盤のようなきりっと絞める感覚はいまいち。
近年になって、ハイドン(古典派)の本質的魅力が聴ける演奏が続々とでてきて、ハイドン人気も高まってきたが、当時は聴く術がなかった。60年代後半のB.ハイティンクによる96番、99番の演奏とフィリップスの録音は奇跡の名盤でしょう。

category: F.J.ハイドン

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ハイドン交響曲第96番「奇跡」の名演  

ちょっとご無沙汰だったハイドンのレビュー、
S.クイケン指揮、ラ・プティット・バンドのロンドン・セット、96~98番あたり、まだしっかり聴いた記憶がなかったので、今日は96番「奇跡」です、なんとこのセット中、一番のお気に入りとなりそうな演奏でした。102番もひじょうに良かったけど。
まずこのDHMの録音はいつ聴いてもすばらしい、ラ・プティット・バンドの弦の限界まで磨き上げたような美音、深く厚みをもった低音、じつに奥行きの深いサウンド。

kuijken hay 96

第一楽章、粘らずにさらりと聴かせる序奏、主部は弦の美しい弱奏で始まるが、続くトゥッティの力感が大きな対比でじつに雄大、96番をがっちりした風格を持って聴かせる、しかも総奏音は分厚い塊にならず、見通しのよい響きが好ましい。
第二楽章も同様に彫の深い風格をもって聴かせる、何の小細工もなく充実感を湛える。
メヌエット、心地良い力感は同じ、木管、tp、timpが交錯するように切り込んでくる、トリオのバロックobのツーンと響く音も味わいがある。
終楽章、あまり急がず、きちっと折り目正しい、弱奏、強奏の対比は第一楽章同様、終楽章もがっちり風格をもたせる。

さて、これまでの96番「奇跡」の名演を振りかえってみたい、
S.クイケンの当演奏と並ぶ素晴らしいのは最近聴いた、
アイヴァー・ボルトン指揮、ザルツブルク・モーツァルトO
ボルトンの古典派演奏は何を聴いても理想と言えるほど素晴らしい、ハイドンは続編を次々だしてほしい。

そして希少なLP盤の
ベルナルト・.ハイティンク指揮、RCO
ツボを得た見事な演奏を刻銘に捉えたフィリップスの名録音。

おなじく外せないのが
クラウディオ・アバド指揮、ヨーロッパ室内O
これもアバドがピリオド指向に向ってきた、ハイドンの理想の演奏を録音したもの。

そして、期待通り、安定的に名演を聴かせる
コリン・ディヴィス指揮、RCO

ほかにもあるが、96番は以上挙げたあたりが繰り返し聴きたい演奏です。

category: F.J.ハイドン

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スティル・ブリゼ  

今日は蒸し暑いとはいかなかったけど、夏日で暑かったです。繰り延べになっていたレッスンにやっと出かけました。
左手のしびれもさほどではなく、今日のような状態が続けば手術も急ぐ必要はなさそうなんですが・・MRIを見る限り良くはないんですね^^;
負担の少ない曲を選んでいますが、今はF.デュフォーのト短調の作品を弾いています。

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譜例のジーグはM.シェーファーの録音にも入っているお馴染みの曲です。簡潔に見えますが音が重なると結構豊かに聴こえるんですね、しかもギター曲より押弦はかなり楽です^^v鍵盤曲なら、整然と声部の繋がった書き方をされますが、当時のフレンチ・バロックlute曲というのはスティル・ブリゼ(ブロークン・スタイル)という崩された書き方で、声部が飛んだり、解決音がオクターヴ上に行ったり・・見た目は簡潔な譜面でも謎解きの要素が多いです;和声を捉えて、この音はどこまで伸ばして、止めるか、など把握して弾かないと、うやむやに音が鳴るだけになってしまう;
鍵盤奏者の人は声部の流れを聴く習慣がありますから、スティル・ブリゼの曲は良く解らないと言います。バロックリュートの調弦法、響きを活かした崩してあるけど美しい、と言える独特の書法なんですね。

category: 演奏について

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手持ちの楽器Ⅵ  

久しぶりの楽器紹介です。2003年 松尾淳 作アーチ・リュート
アーチリュートと言ってもこれはイタリアン・テオルボをそのまま小さくしたような形をしています。ソロ演奏用にはセラス・モデルのような弦長の短い(60cm程度)オール・ダブル弦のものが向いていると思いますが、これは1~7コースの弦長63cmで指板内のみダブルに張れるタイプ、番外弦は100cmでシングルです。

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オール・シングルのアーチリュート調弦にしてもよいし、弦を替えてテオルボ調弦でも使える、ただしサイズが小さいので普通のテオルボ調弦は低すぎで、4度高い、ソロ・テオルボ調弦が良い感じです。
音量はさすがに通奏低音仕様といえるような鳴りっぷりで、以前はリコーダーの仲間とアンサンブルを楽しみました。が、今はすっかりご無沙汰、テオルボ調弦にして、ド・ヴィゼの曲など楽しめるだろうと保留しています。

category: リュート

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アカデミア・ビザンチナ:ヴィヴァルディ「四季」  

バロックの演奏に絶対的な模範演奏というのはないと思います、演奏者にとっても多様な可能性の中の一つのサンプルに過ぎないと思って聴いています。ちょっと踏み込んだ演奏も結構昔からありました。バロックのレーベルでお馴染みだったエラート盤でクルト・レーデル指揮のミュンヘン・プロ・アルテ室内Oの「四季」ですが、vlソロのオットー・ビシュナーが緩抒楽章で装飾演奏を行っていたのを思い出します、この時期ほかには聴けなかった試みでしょう。録音はエラートらしいサウンドで今一度聴いてみたい味のある一枚でした。
時は経ち、最新録音とはいきませんが、今日はO.ダントーネ率いるアカデミア・ビザンチナとS.モンタナリ:vlによる「四季」。

vivaldi 四季 ビザンチナ
オッタヴィオ・ダントーネ:指揮、アカデミア・ビザンチナ
ステファーノ・モンタナリ:vl
1999年9月録音


これはまた強弱の幅を大きく取った演奏、全般に弱音を基調とした細やかな美音で聴かせるが、描写の必要に応じて驚く音響を繰り出してくる、ときにコントラバスは地鳴りのように轟く。古楽器の美しさも聴かせると同時に鋭いアタックで迫ってくる。
春の第一楽章、始まりは快調だが鳥のさえずりに入るとぴたりとテンポを止め、ソロvlが自由な描写を始める、複数のvlが見事に息を合わせる、これ以後でもソロの描写場面は同様で、通奏低音もレシタティーボに息を合わせるように、絶妙な間を取る。
夏の始まりは暑さにうなだれるというより、涼やかにさえ感じる、強い北風の場面、強奏であるが自然の風力のゆらぎのような変化をつける。緩抒楽章での装飾は洗練された味わい。終楽章の嵐も遠雷から始まり、寄せては引く嵐の猛威を描く。コントラバスの強打、アーチluteのラスゲアートが効果的。
秋は第一楽章が切れ味鋭く痛快、印象的なのは第二楽章、極めて弱音で弾く和声、その中でソロvlが気づかないほどの装飾を弾いている、そしてチェンバロのリアライゼーションが幻想的で良い。第三楽章、狩りの場面をソロvlや低音がまさに擬音として弾いているようだ。
冬の始まりが意外なほど強奏で派手、夏のような熱気を感じてしまうのは面白い、トゥッティに対してソロが控え目である。第二楽章、ソロvlは暖炉の前のくつろぎを奏でているはずだが、合奏群の雨音のほうが勝っているのがまた意外、第三楽章、カーリングを思い浮かべてしまう、氷上の思うに任せない微妙な力加減をリアルに表現、痛快に北風が吹きぬけて終了。
音で描いた多彩な田園風景のような演奏。ダントーネはバッハでは意外に端然と演奏するが「四季」では大いに意表を突く、楽しめる一枚。

category: ヴィヴァルディ

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G.レオンハルト:J.S. & C.P.E.バッハ チェンバロ協奏曲  

今日は朝から体調がわるく、血圧が57-82でフラフラ、やむなく休みをとりました。涼しかったのはいいけど午後から激しい雷雨、誘導雷を避けるため、PCやTVのコンセントとアンテナ線を外しておいたら、楽しみにしていた番組を録画しそこない、まったく雷というのは忌々しい;
こんなときは気を取り直して耳馴れた名作をのんびり聴くのが一番。G.レオンハルトによる、父子バッハのチェンバロ協奏曲、これがあったか、とふと取り出した。

js cpe bach cem con
グスタフ・レオンハルト:指揮、チェンバロ &合奏団

父のニ短調BWV1052はお馴染みですが、レオンハルトの演奏は堂々たる風格、T.ピノックの闊達に貫いた演奏に対し、幾分落ち着いたテンポで、弦楽は柔軟な味わいをもたせ、整然と進む、カデンツァのソロも溜めを入れすぎず、さらりとセンスよく収める。第二楽章はレガートな弦でテーマを演奏、O.ダントーネの演奏同様、チェンバロは同音の2拍目を弾きません、バス部はこのテーマを整然繰り返し、チェンバロのソロが鮮やかに乗る。終楽章も速すぎないテンポでじっくりとした切迫感で引き付ける。
エマヌエルのニ短調Wq23、これはレオンハルトは過去にもコレギウム・アウレウム合奏団と組んで録音しており、よってこの曲は古楽器以外の演奏は聴いたことがありません、それより前にエマヌエルの交響曲集を聴いていて、その魅力に取りつかれ、さらに当協奏曲に圧倒される。まさに多感様式、跳躍の多い動き、多様な転調、鋭いパッセージ、引き付けてやみません。穏やかながら、やはり平穏には済まない第二楽章、そして疾風怒涛の終楽章は第一楽章に勝るスリリングな切迫感。エマヌエルの兄弟達も同様式の曲を書いていますが、ずば抜けた霊感は後にも先にもエマヌエルが最高でしょう。

category: C.P.E.バッハ

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フライブルク・バロック0:ヴィヴァルディ「四季」  

ヴィヴァルディ「四季」の続きです。
バロック時代の人々と現代では、強奏音とか急速なテンポとかには刺激の受け方が随分違うだろうと思います、クラヴィコードとかリュートなんて微弱な音の楽器が使われていたのが何よりの証拠かと。描写音楽でもある「四季」もそんな当時、新作の現代音楽として聴かれていたわけでもあるし、どれほどの刺激性をもって演奏していたことか?現代の我々がまったく同じ追体験をするというのは無理で、現代人に通じる演奏が必要、そういう意味で古楽奏法の美質を掬いあげ、現代感覚と融合させた演奏が生れざるを得ないでしょう。新たな録音が出るたびに演奏者は新鮮な何かを盛り込まないといけない、名曲ゆえの苦心があるものと思います。曲そのものは耳タコだが、様々な新録音がどんなアプローチで繰り出してくるかが面白いです。

フライブルクbo
ヴィヴァルディ:協奏曲集『四季』、『海の嵐』、『喜び』
 ゴットフリート・フォン・デル・ゴルツ(指揮&Vl)、
 フライブルク・バロック・オーケストラ
 ザ・ハープ・コンソート
1996年12月 DHM


今日は1996年録音、最新ではないがゴットフリート・フォン・デル・ゴルツ:指揮とvl、フライブルク・バロック・オーケストラの四季です。ここでは通奏低音にハープとリュート属の集まった撥弦群団ザ・ハープ・コンソートが加わるという編成、まるでモンテヴェルディのオペラの合奏群のようです、そして撥弦群はトゥッティでの描写でパーカッションの効果も含めたダイナミズムを出す。ややオフマイクの録音で多くの楽器が響きわたる雰囲気を捉えている。
「春」の開始は嫌がうえにも第一印象となる、溌剌としながらも弦楽はしなやかな奏法も聴かせる、ゴルツのソロvlの俊敏でしなやかな演奏が全体を統率しているようだ。装飾演奏も鮮やかで洗練された味わいで良い。
「夏」の始まりは非常にゆっくり、気だるく憂鬱そうな感じが際立つ、そこに通奏低音のテオルボが和音を入れるが、テオルボってこの雰囲気にぴったりなんですね;ぐっと弱奏にしたあと、急速部分を激しくエッジを立てて演奏、終楽章も同様に凄みを聴かせる。
「秋」はリズムをくっきり闊達に開始、第二楽章が一際いい、無から立ち上がる弦の和声、極めて弱奏のまま"静の緊迫"に引き込む、ここではハープが遠鳴りのように控え目にアルペッジョを入れ、効果的で良いセンス。
「冬」の開始は弦がブリッジ近くを弱音で擦り、凍りつくような描写も見事、全体にゴルツの弾く美音で統率された合奏が良いまとまりで最後まで心地よく聴かせる。

category: ヴィヴァルディ

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