Micha クラシックとリュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

ガリー・クーパー:ハイドン交響曲 第41、49、44番  

以前から気になっていたCDだが、運よく中古ショップでみつけた。ガリー・クーパー指揮、アリオン・バロックOのハイドン交響曲41、49、44番。音響豊かな会場で録られたもので、じつに詳細な録音だが、当盤は通常のボリュームで聴くとロックコンサート並みの過大な音場になってしまい驚く(笑)、適度に下げると自然な古楽オケらしい音場に変わるが、各パートが近くに寄って聴くような明快さ。
若手、腕利き奏者達による抜群のアンサンブルだが、決して過激な部類ではない、冴え渡った技で各曲の美質を詳細に聴かせている。

ari hay sym 44 etc
ヨーゼフ・ハイドン
1. 交響曲 第41番 ハ長調 Hob.I-41
2. 交響曲 第49番 ヘ短調 Hob.I-49「受難」
3. 交響曲 第44番 ホ短調 Hob.I-44「哀悼」
ガリー・クーパー:指揮、アリオン・バロック・オーケストラ
2008年 ケベック(カナダ)サントーギュスタン・ド・ミラベル教会


41番、tpとtimpの入らない版で演奏、活気を帯びた適正なテンポで始まる、録音のおかげで管楽器もぐっと近寄ったように聴こえ響きの色彩が鮮やかでいい、第二主題が爽快、ホルンが突き抜けて高らかに鳴る。展開部は弱奏の短調で入るが第一主題動機で一旦区切り、そのあとが本番、ホルンの高域が決める。再現部のひと捻りもいい。
第二楽章、お馴染み、弦が弱音器を付けた緩抒楽章、アンダンテでややリズミカル、この楽章だけflのソロが入るが殆どアルペッジョを吹く、しかし静謐な味わいの楽章。
メヌエット、ここでも2つのホルンの聴かせどころ、高域を見事柔らかに吹く。
終楽章、小刻みな主題を速めのテンポできっちりと決める、ここもホルンの上手さが際立つ。
49番「受難」、アダージョの第一楽章、滑らかな弱音の弦が常に美音で強弱の深いフレージングは申し分なし。後半はぐっと引き込む。
第二楽章、急速に演奏するがコントロールしきった完璧な合奏で、本当に急速の価値を聴かせる。弱音もくっきり粒立ち、37小節からのカノンがじつに軽妙で心地よい(譜例)。
hay sym 49a
メヌエット、短調の撫でやかなテーマの旋律にバスが対位的に動くのが味わい。休まず終楽章に入るが確かにそれが相応しい感じだ。
終楽章、急速だが極端ではない、ぴしっと決めた合奏、深い強弱でエネルギー感を痛快に表現。
44番「哀悼」、第一楽章、テンポは標準的、何度も出る動機はわりと柔らかく表現し、聴き疲れしない、その後の切れのある表現と対比させる、28小節からの2本のobによるハーモニーは2小節単位でツーンと cresc.<  >dim. のパターン、ピリオド奏法の常套で、これもじっくり聴かせる。再現部117小節からのobハーモニーも神秘的でいいところ。
第二楽章、カノンで貫いたメヌエット、軽やかにリズムを取り、強弱で奥行きを出す。
第三楽章、アダージョ、遅くし過ぎず、さらりとした感覚でしつこくないのが良い、この名楽章も申し分ない。
終楽章、まさにプレスト、急速に演奏、これも「受難」の第二楽章と同じく見事。後半の展開部、スコアは79小節からフォルテとなっているが、気分としては96小節のクライマックスに向けて幾分かcresc.していきたいところ、クーパーは4小節進んで少し弱奏にして再度cresc.するやり方で聴き手をじりじりと引き付け、これは上手い。

category: F.J.ハイドン

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アンサンブル・コルディア:P.ヴラニツキー 弦楽三重奏曲集  

古楽研究から模索が始まって、近年は作品の真価が聴ける演奏法が常識化してきた。おそらくバッハやモーツァルトには時代や奏法が変っても味わえる強い要素があって親しまれてきたと思うが、'50~'60年代の奏法でコレッリやテレマンを演奏されても今となっては聴けない、ハイドンでさえ真価は聴き辛い。
一時代前、知られていなかった作曲家はたまにマイナーレーベルから出たが、とりあえず普通に演奏してみた程度のもの、結果、いまいち冴えない作品としか聴けなかった。近年は優れた演奏家が本腰入れて録音したものが出るようになり、NAXOSやcpo、BRILLANT CLASSICSからも次々手に入ってありがたい。
今日はP.ヴラニツキーの続きで室内楽。弦楽三重奏を集めたアルバムでピリオド楽器のアンサンブル・コルディアのメンバーによる演奏、作品の美質を目いっぱい聴かせてくれる。因みに固定メンバーの三重奏団というのは殆どないそうで、ソリストあるいはオケのメンバーが臨時に組む場合が多いとのこと。
当盤は残響を多く取り入れた録音で距離を置いた響き、ボリュームはそれなりに絞らないと、音像が異様に肥大してしまう。

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パウル・ヴラニツキー
弦楽三重奏曲
変ホ長調Op.17-2
ヘ長調Op.3-1
ト長調Op.3-3
アンサンブル・コルディア


さてヴラニツキーの当作品は、先日の交響曲と同様、ひじょうに良い。今回室内楽ではっと気づいたのが、J.M.クラウスの旋律趣味と共通したものが聴かれる、師弟関係というより友人同士の共通語のような気がする。
変ホ長調Op.17-2は典型的な4つの楽章、第一楽章は流麗な感覚でクラウス風の旋律廻しが実にいい、ぐっと立体的に繰り出す室内楽の醍醐味も聴かせる、3つのソロの掛け合いのようで各楽器のテクニックも聴き応えあり、展開部も胴にいったもの。
第二楽章、とても優美だが、それだけじゃない、聴衆が眠りそうな頃に突如強奏が入る。
メヌエット、このテーマもまた気品があり、嫌味のないセンス。トリオは(まさしくトリオだが)優美な中に切り立った感覚を持たせ引き締める。
終楽章、ロンド形式、ロンドとか変奏曲とかには退屈だったり、クドさを感じる曲がよくあるがヴラニツキーはそういう事態に陥らない、最後まで冴えた感覚で終わる。
ヘ長調Op.3-1は3つの楽章で初めは作曲家のセンスが現れる変奏曲、3つの楽器が交替でソロを取り、各変奏はバロックの装飾を思わせる細やかなお洒落感覚がいい。
第二楽章がメヌエットで、ポリフォニックな聴きどころを置く、トリオは短調で静謐な感覚。
終楽章、ロンド風ソナタ、vlやvcが最高音を聴かせ、爽快さと切れ味がある、展開部の技も巧みで聴きどころ。
ト長調Op.3-3は4楽章、快調な第一楽章はまさにクラウス風、これはもうお気に入りの音楽だ。展開部の踏み込んだ内容はこの曲が一番、気の効いた終結部があって終わる、いつの間にか3つの楽器だけというのを忘れる。
第二楽章、vcがメインにソロを取り、残りが伴奏、一流コンチェルトの緩抒楽章を見事にやってのける。
メヌエット、主題に際立った印象はないが優美、トリオでまたコンチェルト風に聴かせる。
終楽章、ロンド、元気のよいテーマ、短調の間奏になると、ポリフォニックでバロック風になる、気の効いた導入を置いてロンド主題に戻る。
弦楽三重奏なんて軽そうだ・・とあまり期待しなかったがこの充実感には恐れ入る。

category: その他・古典派

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H.グリフィス:P.ヴラニツキー 交響曲 ニ長調op.52  

未知の古典派作曲家を久しぶりに聴きます。チェコ出身、ウィーンで活躍したパウル・ヴラニツキー(1756-1808)はモーツァルトと同年生まれ、ハイドンより1年早く没した52年の生涯。出身地で音楽を学び、ウィーンを訪れていた同年生まれのJ.M.クラウスにも師事したそうで、ハイドンにも師事したと言われるが不明、しかしハイドンの作品から多くを学んでいることは聴いて疑いない、詳細はWikipedia 
ハイドン、ベートーヴェン、モーツァルト等、当時の著名な人々と深く関わりを持った楽壇の中心人物ながら、何故か今日では聴く機会がほとんどない。今日忘れられた作曲家は作曲技法や曲のセンスがイマイチで確かに無名でもしかたないという人もいるが、ヴラニツキーは「もっと評価されてよい」という意見もあり、それ以上だと思う、音楽センス、管弦楽の扱いたるや一流、忘れられる存在ではない。今日はcpoレーベルから出ている1枚、ハワード・グリフィス指揮、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーOの演奏で交響曲2曲のアルバム。録音は伸び伸びと空間に拡がる響き。

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パウル・ヴラニツキー
交響曲 ハ短調 「フランス共和国との和平に」op.31
交響曲 ニ長調op52
ハワード・グリフィス指揮、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団


1曲目の交響曲 ハ短調 「フランス共和国との和平に」は素晴らしいが機会音楽のようで特殊な内容なので今日は割愛し、純粋な交響曲 ニ長調op.52についてのみ。
第一楽章、付点リズムを含む荘重な序奏で気分を引き締める、主部は軽妙な第一主題が弦で始まる、これは後の展開が期待できる、
譜例
すぐに総奏に入るがtimpを効かせたダイナミズムが心地よい活気を出す、ハイドンの交響曲50番若しくは90番のような活気が実に楽しい、展開部は緻密で変化に富み、並みの技量ではない巧みさで引き込む、流麗な魅力もあり。
第二楽章、優美な主題の緩抒楽章として始まるが、tp、timpも動員したシンフォニックな要素が多い楽章、ハイドンで言えば92番の第二楽章の様相で充実感十分。
メヌエット、これはハイドンの53番のメヌエットと同様、簡潔できっぱりとした主題が素晴らしく、飽きが来ない、トリオは気品を帯び、tpの信号が入るのが一味違う。
終楽章、ハイドンの終楽章風に始まるが、ここでもtimpを結構派手に使う、しかしダイナミズムのツボを効かせるもので気品を損なうものではない、ハイドンで言えば103番の終楽章をさらに楽しく痛快にしたような楽章で終わる。
全楽章聴いてみて、センスに欠けるとか、不足に感じるところはない、非常に良い曲ですっかりハマってしまった。テレマンやハイドンのように愉悦のツボを心得ていて、独自の風合いや気品も漂わせる、これほどの作品が今日演奏されないというのは惜しい。H.グリフィス指揮、ハノーファー北ドイツ放送フィルの演奏も現代の古典派演奏らしく優れていて、未知の作品を紹介するには絶好である。ヴラニツキーは交響曲や室内楽が多数あるのでさらに聴いてみたい。

category: その他・古典派

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C.アバド、モーツァルトO:ハイドン 協奏交響曲ほか  

連休の最後、このCDが届いて気分良く締めくくりです。
アバドが1986年頃に若手の優秀な奏者によるヨーロッパ室内OとD.Gに録音したハイドン・シンフォニー・シリーズも抜きん出た優れたものでしたが、アバド晩年にモーツァルトOを指揮したものも願わくば聴きたかった、ようやくclavesレーベルから出た協奏交響曲が1曲聴ける運びとなった。モーツァルトOもやはりアバドが見出した、若手の優れた奏者達でしょう、アバドは病気と高齢を乗り越え、晩年まで老境に入ったという様子を見せず、理想の音楽美学を求め続けた人ですね、あらためて敬服します。

abbado hay 105
1.モーツァルト:オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314
2.ハイドン:協奏交響曲 変ロ長調 Hob.I-105

ルーカス・マシアス・ナバロ:オーボエ
グリゴリー・アース:ヴァイオリン
コンスタンチン・プフィッツ:チェロ
ギョーム・サンタナ:ファゴット
クラウディオ・アバド:指揮、モーツァルト管弦楽団
録音:claves
2013年3月20-25日/オーディトリオ・デ・サラゴサ、
オーディトリオ・ナショナル・デ・ムジカ(マドリード)
 


モーツァルト、オーボエ協奏曲 ハ長調
ピアノ協奏曲などモーツァルトには芸術性を深めた協奏曲が特に後期、多数あるが、このオーボエ(フルート)協奏曲は純粋な古典派の美しさを備え、一番好きな曲だ。モーツァルトらしい冴えた第一楽章、アバドの清々しい前奏、一音一音の表情を大切に、力みなく、ガサついた響きは一切ない。そこにナバロのobがさらりと入る、高域の透明に鳴る良いobの調べ、弱音の柔らかな表現も格別、これは第二楽章で一段と活きる、古典様式だけで深く幸福感で満たす第二楽章は傑作だ。さすが心得た演奏で期待に応える。

ハイドン、協奏交響曲 変ロ長調
第一楽章の提示部、絶妙のバランスと力感で始まる、フレーズの治め方も心地よい、4人のソリストは若手で上手さの極み、ヴィヴラートはぐっと控え目に透明感の美しさで掛け合う、間奏のオケもまたダイナミズムの力加減が絶妙で心地よい。
第二楽章、ここはハイドンらしい温もりで心満たされる、テンポは引き伸ばさず、気取らず、素朴な語り口が最高だ。
終楽章、活気のある良いテンポ、vlのレチタティヴォがしなやかに響く、とにかく当演奏ではアースのvlとプフィッツのvcが質の揃った美音で対話部分が味わい深い。展開部では4つのソロが交錯して聴き応えがある。これ以上望めないほどハイドン・サウンドを心得た演奏が終わる。

余計なもの、クドさ、というものが一切なく、エリート奏者の腕を見せつける感もない、アバドもソリストもひたすら作品に必要な美質を求めている、録音の素晴らしさも含め、これら2曲の最高クラスの演奏、もう1曲詰め込むスペースはあるが、この2曲だけでいい、とっておきの名盤としてお薦め。

category: F.J.ハイドン

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ツィンマーマン、サヴァリッシュ&BPO:ブラームスvl協奏曲ほか  

今回の連休は良い天気、こんな時にかぎって雑用ばかりでどこにも行けません;
夜のひと時は音楽で。
先日中古で見つけた一枚、フランク・ペーター・ツィンマーマン:vlとヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮:ベルリン・フィルハーモニーOによる、ブラームスとモーツァルトのvl協奏曲。ちょっと意外だったのが、サヴァリッシュ&BPOという顔合わせです。サヴァリッシュは若いころ、カラヤンと不仲な状況になり、カラヤン在任中は一度もBPOの指揮台には呼ばれなかったと聞きます。当盤はカラヤン亡きあと、1995年の録音、世界一上手いオケと指揮者の顔合わせが叶ったということか?期待が膨らむ。ドイツの正統派vl奏者ツィンマーマンとの相性もよく、ソロとオケは人馬一体と言える演奏に聴こえる。

zimm vl con
フランク・ペーター・ツィンマーマン:vl
ヴォルフガング・サヴァリッシュ:指揮
ベルリン・フィルハーモニーO
1995年1月、ベルリン・フィルハーモニー


1曲目、モーツァルトのvl協奏曲No.3ト長調はツィンマーマンが10歳でデビューのとき弾いたそうです。始まりの前奏、サヴァリッシュはまさに楷書的な演奏を印象づける、モーツァルトのvl協奏曲ってさほど好きな曲はないのですが、これは聴く価値がある。ツィンマーマンはあくまで美音で、心地よい気合いで引き締める、特異な表現は一切なく全ては堅実で、爽快なテンポ、K.ベームを聴くときのような重たさもない。バックのBPOの完璧さも含め、これほど真面目にきちっと整った演奏はほかに記憶がない。

2曲目、ブラームスvl協奏曲ニ長調、一糸乱れぬ演奏、前奏の畳みかけるところでサヴァリッシュらしさが聴けるようで、じつに気分が引き締まる、vlとオケとの間でデリケートな呼吸合わせの必要なところが多々あるが、これもサヴァリッシュが完璧に融合させる。vlはかなり弱音まで奏で、ダイナミズムの立ち上がりが心地よく鋭く、それにオケが同質感で続くところもじつに良い。民族音楽風の終楽章も遅いテンポを避け、切り立った心地よさで引き付ける。少々、渋い曲で気軽には聴けないと思っていたが、この引き締まった演奏で何度も味わってみたくなった。
何の変哲もない堅実な演奏の中にこれほど引き付ける力を感じるサヴァリッシュの手腕は真の実力者と言えようか。

category: ブラームス

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聴きたいパート:ハイドン交響曲No.45  

ハイドンの交響曲No.45「告別」はあまりにもお馴染みですが、短調交響曲の中でも一味違う冴えた魅力を聴かせ、飽きることはないです。
第一楽章の始まりから、2nd vlがシンコペーションの和声を弾いています、バスとvaで切迫感のあるリズムを刻む上で半拍ずれて刻む2nd vlのリズムが只ならぬ雰囲気を出す。演奏でもしっかり聴きたいパートです。
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いろいろ聴いたところ、まず、C.ホグウッドが程よい快速でここを丁寧に聴かせます、B.ヴァイルも快速な中によく聴かせる、T.ファイはシンコペーションにエッジを立て、より明快に聴かせるのはさすが。R.グッドマンはあまりに急速なテンポで、シンコペーションどころじゃない感じ;もちろん急速なインパクトはあるが、どこに表現の重点を置くかで難しいところ。N.マリナーは快速でバスのリズムのほうを強調している、これなりに良いですが。
また第一楽章の50小節から、1st vlと2nd vlが短2度の不協和音を弾く、ここはノンヴィヴラート奏法がやはり強烈鮮やかに響きます。
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第一楽章は事実上単一主題による緊迫感を持ち、展開部の終りに第二主題とされる部分で一旦落ち着き、この後の再現部に転調による、より深い聴きどころがあるのも特徴。

終楽章プレストの116小節から弦楽が畳みかけるところに管の和声が入ります、普通なら121小節から入ってもよいところ、先行して鳴りだすところが、崇高な感覚でじつに良い。まあここは聴こえにくいことはあり得ませんが、朗々と美しく聴かせてほしいところです。
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総じて良い演奏をしているのがT.ファイです。
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category: F.J.ハイドン

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聴きたいパート:ハイドン交響曲No.103  

オーケストラ全体のシンフォニックな轟き、各パートの詳細な動き、両方を満足に聴かせるのは難しい要素のようだ。
譜例、ハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」第一楽章より、この提示部の54小節あたりは力感の入れどころ、赤枠は1st vlのみが細かい動きをとり、他パートは同形のsf総奏音を響かせる、

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大抵はこの1st vlは掻き消えてしまう、しかし、わざわざスタッカートやスラー記号が付いて表情を指示している、重要な音に違いない。ハイドンはこれを埋もれてしまうのを承知で書いたのか、くっきり聴こえるよう、演奏バランスを求めたのか?
この1st vlが明確に聴こえる録音はN.マリナー盤のみである(マリナー盤で気づいたとも言える部分)、vlパートばかり強く拾われた録音ではなく、バランスは良い、各パートがマルチ録音で合成されたものだろう。たった2小節だが;ここが聴こえることで、ハイドンらしい緻密な躍動感が聴けて、充足感は大きく違う、願わくばどんな演奏(録音)でも聴きたい音だ。

hay sym 103

手持ちの盤を何枚か聴いたが明確に聴こえるのはやはりマリナー盤のみ、1st vlがこれらしく奏でている存在すら気づかない録音が殆どだ。作曲家の頭には理想の響きがあるけど、現実のオケでは聴かせ辛い音、ベートーヴェンになるといっぱいあるようだ。コンサートホールのどこに座るかでも聴こえ方が変わる、オーケストラ音楽を最良に聴く条件というのは非常にデリケートで難しい。

category: F.J.ハイドン

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M.ジークハルト:J.M.クラウス 葬送交響曲ほか  

これも購入後あまり聴かずにしまってあったCDです。1990年録音で、クラウスの録音としては早い時期です。お馴染み交響曲ハ短調VB142とヴァイオリン協奏曲、葬送交響曲ハ短調VB148のカップリング。vl協奏曲はNAXOSの西崎崇子が世界初録音との振れ込みでしたが当盤が先です。
あらためて聴くとけっこう好演です。M.ジークハルト指揮シュトゥットガルト室内Oはピリオド系ではないが、すっきりとしたサウンドで現代的です。作品の魅力を伝えているとともに、ピリオド系に親しみがない人にも聴きやすいものでしょう。

kraus vl con
ヨーゼフ・マルティン・クラウス
交響曲ハ短調
ヴァイオリン協奏曲
葬送交響曲
マルティン・ジークハルト指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団
エディト・パイネマン(vn)  1990年 ORFEO


交響曲ハ短調VB142、
序奏は弱音でゆっくり始め、それなりに奥行きのある演奏、主部は程よいテンポ、切れ味で聴かせるより、流麗なタッチ、音節一つずつに丹念なデュナーミクを込め端正な演奏、強弱を深くとって味わいをつける。第二楽章も自然体で心地よい。終楽章、速すぎず快調、しなやかな弦、木管やホルンがバランスよく浮かび、楽章全体を丹念に聴かされる感覚が心地よい。

ヴァイオリン協奏曲ニ長調
演奏に際だった特徴はないが、とても自然に、オケの前奏が美しい、オケのフルートが上品に浮かぶ。エディト・パイネマンのvlも一流の手腕で安心して聴ける。古楽器と違ったふくよかなモダンvlで聴くのもなかなか良い。あまり力まず透明感のある美音はクラウスにふさわしい。クラウスは旋律の弁舌は素朴というか控え目なほうだが、展開部における重音奏法の情熱を帯びた楽相はモーツァルトを凌ぐ味わいと言えよう。
第二楽章、アダージョ、パイネマンは一際美音を放つ、ベートーヴェンの作品にも迫る神聖さと感情の深さで引き込む。
終楽章、ロンド、アレグレット、前奏がじつに爽やか、この楽章ではvlのテクニカルな面も聴かせるが、バックと室内楽的結びつきもあり、聴きどころ。

葬送交響曲ハ短調VB148
全楽章が暗いムードの緩抒楽章であまり聴こうとしなかった曲だが、ジークハルトの当演奏を聴いて好きになってきた。和声の使い方がクラウスらしい深みを聴かせる。
第一楽章は葬送行進の太鼓(timp)が弱音から驚く強打まで迫る、弦楽もぐっと深く強弱を表現、クラリネットはこういうほの暗いムードに合う、深く心を抉る楽章はまさにレクイエム。
第二楽章、ラルゲット、ゾクっとくるような悲痛な楽章。
第三楽章、コラール、弦楽で奏でる合唱曲で短い。
終楽章、前半はアダージョ、暗く悲痛であるがこれもある意味怖いもの見たさ?の心理を引き付ける、クラウスらしい手腕、ホルンのソロが見事、教会旋法メロディーも入る。後半アンダンテ・メストに入ると初めて明るいフーガとなる、最後は第一楽章の始めを再現、葬送行進の太鼓を聴かせて終わる。最後の葬送交響曲はジークハルトの懐深い演奏が効いている。

category: J.M.クラウス

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今年の紅葉は?  

昨日撮ってきた写真です、寒暖の差が大きいので期待していたんですが、かなり落ち葉も多くなったのに山肌はあまり色づいていません。モミジだけは場所により、かなり差がありますが真っ赤に色づいているのもあります。

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サクラなど樹によっては完全に散ってしまっているのもあるし、イチョウは平均的にはまだ黄緑色、もう一週間くらいですかね?

category: 写真・散策

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スンドクヴィスト:J.M.クラウス 序曲ニ短調 VB147  

一言にフーガといっても様々な手法があり、2声、3声4声と声部の数、複数の主題を同時に扱う多重フーガ、1つの声部が終わらないうちに別の声部が重なってくるストレッタ、等々。
フーガといえばまず大バッハが浮かびますが、その後の大作曲家達も時にフーガを用いて作品を充実したものにしています。昨日のハイドンの弦楽四重奏曲第32番op.20-2、終楽章もその一つで多重フーガの傑作、シュパンツィヒSQが拾い上げてくれたおかげで知りました。
昔、ハイドンの頭骨が墓から盗まれた話はよく知られ、犯人は脳の容積を調べようとして、結果は普通だったらしいが、大作曲家の知能は常人以上だと思われても不思議はないかもしれません。大バッハの頭骨はデカいそうです。
さて、フーガで思い出したのが、J.M.クラウスの序曲ニ短調VB147、スンドクヴィスト指揮による当盤は過去にレビュー済みですが、当序曲について再掲です。

kraus sym vol3
ヨーゼフ・マルティン・クラウス
交響曲嬰ハ短調 VB140
同、ハ短調 VB148
序曲ニ短調 VB147
交響曲ホ短調VBV141
ペーター・スンドクヴィスト指揮
スウェーデン室内O
1999年 NAXOS


この序曲VB147は「グスタフ3世のための葬送カンタータ」VB42の序曲にフーガの追加部分を作曲したものです。曲は3部構成で、始めは短調の沈痛な面持のテーマがユニゾンで繰り返される、定まった形式ではなさそうで、カプリチォの一種かともとれる、冥界をさまように進み、やがて天の光が差すような安らぎの描写に入る、再び始めのテーマに戻り深淵の中をさまよう。
第2部に入り、始めのテーマによるゆっくりとしたフーガを聴かせるが短く終わり一旦終結、ここまでは原曲と同じ。
追加の第3部はテンポが速まり、始めのテーマをトリルで開始する軽快な形に変え(多声の中でテーマの入りが聴きやすい)、これはバロック風でもある、フーガの開始は普通だが進むにつれ、ストレッタで重ねる所も置き、これが曲をより複雑に畳み込む、オルガンの足鍵盤的なジグザグ音形も多用され、見事な起伏で進行、いかにもバロック風、大バッハさながらの音楽が展開される。終結部のみ古典派風に締めくくる。
聴き応え満点の内容、こういう曲って理論的知能の高さも要求されるのでは?
参考動画:J.M.クラウス 序曲ニ短調VB147

ところで、当盤はクラウスに目覚めさせてくれた名盤、あらためて聴くと全作品すばらしい、交響曲嬰ハ短調VB140やホ短調VB141の覇気たるや今もトップクラス。序曲VB147を録音しているのも今のところ、スンドクヴィスト盤だけのようです。

category: J.M.クラウス

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シュパンツィヒSQ:ハイドン 弦楽四重奏曲集 vol.3  

シュパンツィヒ・クヮルテットによる第3集、わずか3枚で完結とのことだが、80曲以上の中から彼らが選んだ9曲は傑作中の傑作、という聴き応えは十分感じる。1枚の中に作曲時期を隔てた作品をまとめるのも効果的で、普通、売れそうな有名曲だけをカップリングするケースが多いところ、シュパンツィヒSQの選曲には好感が湧く。また古楽器の微弱音まで透明に響く繊細さ、彼らの適正な表現法で作品本来の魅力が純度高く聴こえてくる。なお当盤からメンバーが替りvcはWerner Matzkeです。

Schppanzigh Quartet
Anton Stezk :vl
Franc Polman :vl
Christian Goosses :va
Werner Matzke :vc
2011年録音 ACCENT

sch hay sq 54etc

第58番ト長調op.54-1 (1778)
第一楽章、アレグロ・コン・ブリオ、1st vlのテーマに伴奏が異様なほど活発にリズムを付けて始まる、しかし流麗な味わいも十分もつ、各パートが細やかなパッセージを掛け合う、提示部の終わり、1st vlと2nd vlが逆進行してクロスするのはちょっと不思議な響き、展開部は、さすが、といえば済む、再現部~終結も展開部の続きのようだ。
第二楽章、アレグレット、特に特長的ではないがリズミカルでハイドンらしい優美な楽章。
メヌエット、鋭角的にリズムを刻むのが印象的、付点やスタッカート奏法で一段と強調される、そんな中に流麗なパッセージが織り込まれる。トリオはvcパートがバス旋律を休まず弾く上でテーマが弾かれる。ありふれていない魅力のメヌエットだ。
終楽章、プレスト、ロンド風の楽章だが、ロンド主題に斬新な変化をつけて進める、カプリチォ的内容の楽章ともされる。シュパンツィヒSQのリズムに適切に伸縮をつけて進める表現はぴたりはまる。最後はコーダらしく収めるが、弱音で途切れるように終わる。やはり全体に一味抜きん出た曲だ。

第32番ハ長調op.20-2 (1772)
第一楽章、モデラート、柔和な感覚の主題で始まる、1st vlと2nd vlがコレッリの作品でも聴くかのような美しい和声を聴かせる、提示部から非常に緻密な内容をじっくりと織り込む、弱奏部分でシュパンツィヒSQは一段と引き付ける、次はいかにも展開部らしい入り、1st vlとvcの掛け合いに始まり、各部によるポリフォニーも聴かせるが瞑想的で味わい深い展開部。
第二楽章、アダージョ、カプリチォの楽章とされる、ユニゾンによる短調でインパクトの強いテーマで始まる、レガートのピアニッシモから切り立った強奏、リズムの伸縮、独奏曲的な気合いの入った変化を目いっぱい聴かせ、息の合ったSQの腕のみせどころ、後半は優美で穏やかな安堵感に転じる、再び短調に戻り緊迫、休みを置かず次のメヌエットに入る。
メヌエット、第二楽章の続きかと錯覚する、このメヌエットにも奇想曲的な雰囲気を持たせている、特にトリオは第二楽章が戻ってきたようだ。そして終楽章にも間を置かず入る。
終楽章、4つの主題をもつフーガ、ジーグ風のリズムで複雑なフーガをさらりと始める、耳で聴いただけでは解析できないような緻密な書法でぜひスコアも見てみたい、無限に続けられそうなフーガがメゾピアノくらいで続く、コーダもフーガ風に締めくくる、これはちょっと過呼吸ぎみに魅了される、こんな曲はバッハかハイドンか・・クラウスか、知能の高い人にしか書けないのではないだろうか。

第74番ト短調op.74-3 (1793)
これは「騎士」というニックネームのついた有名曲、作品の充実度はあらためて書くまでもないでしょう、シュパンツィヒSQの演奏で1.5倍、魅力アップ。
すばらしい完結盤です。

category: F.J.ハイドン

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S.ラトル:ハイドン交響曲第86番(2005年 VPO ライヴ)  

ハイドン通の間ではハイドン交響曲86番は傑作というのが共通意見のようですが、私も手元にあったCDで目覚めたのがサイモン・ラトル指揮、バーミンガム市響のものでした。この演奏が良かったのも幸いしています、今も5本の指に入る愛聴盤ですが、2005年、ラトルが振ったVPOのライヴ録音を見つけ取り寄せました。とにかく86番は新盤を探しまくっているわけで、これは2枚組でワーグナーとマーラーのおまけが付いています(笑)

rattle hay 86

基本的な演奏スタイルは1994年録音のバーミンガム市響と大きくかわらないが、鮮明で良好な録音で、VPOのサウンドの味わい、ライブらしい熱の入った演奏が聴きどころ。やはり、強弱の階層を深くとった演奏が引き付ける。各楽章、速すぎず遅すぎず、快適なテンポ、
第一楽章、序奏も遅くし過ぎない、VPOはさすが磨いたような美音の開始、ぐっと弱奏にしたあとのダイナミズムが効く。低音がどっしり響き、清涼で充実感のあるサウンド、チェロやコントラバスも切れ味よく繰り出す。起伏のある強弱で一つのフレーズに問いと答えがあるような修辞的表現が常に味わいがある、展開部から再現部、も緻密さも豪快さもある。
第二楽章、カプリチォ、遅くせず程よい、密やかな弱音と切っ立ったような強奏の対比、神秘的な響き、と気の抜けない運び。
メヌエット、速めで快活、tpやtimpも結構力強く入れる。トリオはルバートしながらしなやかな対比にする、最後のフレーズをぐっと遅めて再び快活なメヌエットを再現。
終楽章、ライブならではだろうか、バーミンガム市響の録音より、キレている、テンポは同じくらいのはずが、速く感じる。開始はぐっと弱音だが、その後の力感、鋭さは痛快、内声部の動きも躍動的によく聴こえ、嬉しくなってくる、ここはもうあれこれ書かなくてよいだろう。
こういう演奏あればこそ、魅力が味わえる。

category: F.J.ハイドン

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シュパンツィヒSQ:ハイドン 弦楽四重奏曲集 vol.2  

第一集と同様、疾風怒涛期から最後期の間で選んだ3曲はシュパンツィヒSQの選定した意図が伝わってくるようです。切れ味は聴かせるものの、極端にはならず、流麗な中に緻密な技を込めた演奏、透明な響きで作品の魅力を従来の演奏より1.5倍にもして聴かせてくれるようです。

Schppanzigh Quartet
Anton Stezk :vl
Franc Polman :vl
Christian Goosses :va
Antje Geusen :vc

2008年録音 ACCENT
sch hay sq 2

第81番ト長調op.77-1(1799)
まず1曲目は最後の傑作Op.77よりNo.1、あらためて凄い曲だと思う、これはハイドンが衰えた体で書いたとは思えない、No.1と2を書いた時点ではまだ元気で、そこにオラトリオ「四季」の作曲が入ったため、これがハイドンを疲れさせ、SQは3曲目の一部で力尽きたのではないか?
第一楽章アレグロ・モデラート、弾むような4拍子は馬術の歩法の一つを思わせる、このリズムを明確に通すのが斬新で心地よく健康的、第二主題では3連符のパッセージを散らし気品も帯びた楽章。展開部は単に技法に凝る云々を通り越した味わいを聴かせる。再現部も同様。
第二楽章、アダージョ、ユニゾンでテーマが開始、非常にデリケートに和声的深みを聴かせる、中間部は最弱音で再びテーマ、ここからが魅力の極み、1sl vlの滑らかなパッセージが飾りながら、全パートによる神秘的和声の妙を深める傑作楽章、シュパンツィヒSQがこの曲を選んだのもわかる気がする。
メヌエット・プレスト、典雅なメヌエットとは程遠い活気を聴かせる、交響曲では聴けなかった新感覚、トリオはさらに機敏なスケルツォ、激しいトレモロでけしかける。
終楽章、プレスト、6分以内の時間に恐らくこれ以上の密度は盛り込めないだろうという域、主題の活気で引き付け、提示部ですでに展開部の一部を示す、提示部の反復に入るアウフタクト音に一瞬の溜めを入れ、次へ突入する演奏センスが快速感を引き立てる、そして展開部の緊密極まるエネルギーは比類ないもの、再現部から最後まで勢力を保ったまま駆け抜ける。

第63番ニ長調op.64-5(1790)
"The lark"(雲雀)というニックネームが付けられてきた有名曲だが、当盤ライナーノーツには記されていない、雲雀とはいつ誰が付けたか不明で大した意味はないらしいが、ニックネームが下手にあると弊害もあるかもしれない。"雲雀"などと言われると誰もが旋律のきれいな長閑な曲くらいに上っ面だけ聴き流してしまうかもしれない。ここではあらためてシュパンツィヒSQが選んだ価値が聴こえてくる。
第一楽章は何の外連味もないスッキリした演奏で始まる、安定感と和声が良い、展開部に入るとすぐに雲行きが変り、緊迫感を帯びる、シュパンツィヒSQは後半も反復し、この充実感を二度聴かせる、これも狙いか。
第二楽章、アダージョ・カンタービレ、ロンドの要素をもつ三部形式、1st vlの主導する美しいテーマ、いくらか変奏しつつ、和声の深みも聴かせる。
メヌエット、重音奏法による不協和音を入れたテーマ、ヘミオラのリズムで一味違う楽しさ、トリオはポリフォニックに聴かせる。
終楽章、ヴィヴァーチェ、ソナタ形式だが、いかにもハイドンお馴染みのロンド風テーマ、圧巻が展開部のフーガ、隙なく幾重にも重なるような密度の高さが引き付けてやまない。さすが選曲されただけのことはある。

第22番ニ短調op.9-4(1770)
作品9は一部を除いて第一楽章はモデラートのテンポとされ、同時期の鋭い主題の短調交響曲とは趣きが異なるようだ。当曲の第一楽章も鋭い主題ではなく、感傷的でメロディック、流麗なパッセージを1st vlが弾くと、ボッケリーニの旋律パターンを思い出してしまう。
メヌエットも感傷的で第一楽章と釣り合った雰囲気を持つ。
第三楽章、アダージョ・カンタービレ、この楽章のみ、疾風怒涛期の交響曲の緩抒楽章と同系のスタイルをとる。清楚な中に瞑想的魅力を聴かせる。シュパンツィヒSQはセンスよく装飾を加える。
終楽章、ジーグ風のリズムで、バロック組曲の終曲風でもある、各パートの絡みと切れ味のよさを聴かせる。

ハイドンとしてはやや異風の曲で閉じるのもシュパンツィヒSQの作戦であろうか。

category: F.J.ハイドン

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M.デストリュベ:ハイドン ヴァイオリン協奏曲集  

灯台もと暗しというか、今まであまり注視してこなかったハイドンのヴァイオリン協奏曲がこんなに良い曲だったとは・・それというのも、せいぜい有名曲と第1番などが1曲カップリングされる程度の扱いしかされてこなかったのがいけないのです;先日のE.ウィルフィッシュによる2曲の演奏でも十分魅力を味わいました。今日はハイドン音盤倉庫、Daisyさんも絶賛のマルク・デストリュベ:vl&パシフィック・バロックOによる3曲のアルバム。vl協奏曲はモーツァルトも傑作を書いていますが、何ら引けをとりません、それにこの前古典派スタイルの雅やかなコンチェルトは一世代早く生れたハイドンじゃないと聴けないでしょう。後のハイドンの民謡風など多様な要素を入れた作風と異なり、当時の純粋な音楽要素だけなのもこの時期ならでは。いずれも疾風怒涛期にさしかかる頃の作品のようです。

m de hay vl con
マルク・デストリュベ:vl
パシフィック・バロック管弦楽団(ピリオド楽器)
2001年録音 TOWER.jp


vlソロパートはエステルハージ・オケの奏者、トマジーニの腕前を活かすべく、技巧に凝るというより、vlの美音を存分に聴かせようという方向に思える、最高音域もしばしば聴かせる。ハイドンの真作じゃない曲も伝わっているが、デストリュベが取り上げているのはもちろん真作。録音は近接マイクと思われる鮮明なもの、vlの胴の豊かな鳴りも聴こえてくる。

第4番ト長調、HobⅦa:4(1769以前)
第一楽章、アレグロ・モデラート、前奏の主題から爽快で飽きさせない魅力、デストリュベのソロは一瞬の乱れもない美音で、ひたすら曲の美しさを自然に表現、カデンツァも控え目だがセンスが良い。
第二楽章、アダージョ、緩抒楽章のしなやかさをオケが見事に前奏、続くソロは透明感を帯びた美しさ、バックのvl群と響きが溶け合うところがいい。ソロパートの練られた旋律はさすが一流どころ。
終楽章、急速な爽快感にダイナミックな響きも交え、ソロvlとバックの間に室内楽的な緊密な受け継ぎがあるのも大いに引き付けられる。

第1番ハ長調、HobⅦa:1(1761-65頃)
比較的お馴染みの第1番、ソロ始まりの重音奏法もvl本体の発する芳醇な響きで魅了する、弱音で弾く最高音がまた美しくパッセージが滑らか。
第二楽章、ソロを含めた前奏を置き、ピチカート伴奏でソロが続く、ここは"現代のトマジーニ"、デストリュベの聴かせどころ、最高音も澄み切った音で耳を清める。
終楽章、プレスト、快活な3拍子、vlの急速な切れ味は申し分なし。

第3番イ長調、HobⅦa:3(1770/71頃)
この曲が最も規模が大きく、じっくりとした内容をもつ、第一楽章、vlソロにvcの助奏が付く所も味わいを深める、展開部はけっこう長く深い内容を聴かせる、ハイドンのコンチェルトの中でも高く位置づけられてよさそう。
第二楽章、アダージョ、前奏が豊かで美しい、バックのややリズミカルな間奏を挟み、ここもソロは一流の優美さを聴かせる。
終楽章、アレグロ、C.P.E.バッハ譲りの切れをもつ楽章で充実している、ソロvlの快調さをバックが緊密に支えていく。第3番こそ最も演奏されるべき傑作ではないだろうか。
これら3曲はC.P.E.バッハにならって鍵盤協奏曲に編曲してもきっと素晴らしいのではないかと思う。これはお薦めの1枚!

category: F.J.ハイドン

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タイトル改名  

2014.11.9より、ブログ内容に合わせ、タイトルを
「Micha クラシックとLuteの楽しみ」
と改名しました。よろしくお願いします。

category: 未分類

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シュパンツィヒSQ:ハイドン 弦楽四重奏曲集 vol.1  

シュパンツィヒ・クヮルテットは以前レビューしたJ.M.クラウスの室内楽で非常に優れた演奏を聴かせていて、ハイドンの弦楽四重奏曲もぜひ聴きたいと期待していた。3枚のアルバムを出して一応完結しているがハイドン疾風怒涛期から後期までの選りすぐりの作品を取り上げている。古楽のクヮルテットといえば兎角、表現が鋭いと言われるが、シュパンツィヒSQはあくまで流線美のフレーズの中に音楽的切れ味を入れ子に収めている。コダーイSQの全集をオーソドックスな基準とすると速めのテンポだが、少しも速いと思わせず、ハイドンにふさわしい活気と清涼さを備えている。

hay sq no 1 schp
Schppanzigh Quartet
Anton Stezk :vl
Franc Polman :vl
Christian Goosses :va
Antje Geusen :vc
2007年録音 ACCENT


第24番ニ長調op.9-6
交響曲でいえば40番代、疾風怒涛期の作品、第三楽章以外は短く小じんまりとしているが、凝縮された魅力。
第一楽章は弾むような主題で4つのパートが小気味よく絡み、1st vlのパッセージが煌めくようだ。展開部、再現部とも定型どおり、小ざっぱりと閉じる。
メヌエット、小味の効いた洒落た主題、トリオは短調でリズムを強調せず、ゆるやか。
第三楽章、アダージョ、これがメインの楽章か、疾風怒涛期の交響曲の緩抒楽章に聴かれる静寂の世界と同系だろう、1st vlが最高域を聴かせる、シュパンツィヒSQはさすが美しくまとめる。
終楽章、スピード感あるパッセージの主題で各パートが切れ味を聴かせ痛快であるが、あまりに短いのが惜しい。

第72番ハ長調op.74-1
交響曲でいえばロンドン・セット時代、充実しきった堂々たる作品。
第一楽章、アレグロ、動機はフーガ主題に向いたもので、部分的にそのような扱いもある、4つのパートが深く緊密に織りなす書法はじつに見事で快速なテンポの中に充実感が圧縮される。シュパンツィヒSQの押しては引く対比の付け方も深い。
第二楽章、アンダンティーノ、三部形式、穏やかながら、各パートが音を順に重ねていくところが美しい、1st vlが装飾を聴かせる。
メヌエット、変化豊かで味わい深いメヌエットはこの時期らしい、トリオもあまり雰囲気を変えず落ち着いている。
終楽章、ヴィヴァーチェ、アウフタクトで始まるロンド主題はいつものハイドンらしいもの、しかし繰り返しをスタッカートにする工夫あり、急速な中に全パートがポリフォニックにパッセージを重ねるのが圧巻、低音がドローンを奏でる部分も変化を与えて面白い、展開部も一瞬の休みなく充実感渦巻く、シュパンツィヒSQの達演で曲の魅力は1.5倍は高まっていそうだ。

第49番ニ長調op.50-6「蛙」
交響曲でいえばパリ・セットを書き終えたあたり。
第一楽章、アレグロ、第一主題はボッケリーニにありそうなシンコペーションを含む流麗な感覚、パート間の快活なやり取りもじつにいい、展開部での1st vlと2nd vlの二度音程のぶつかりが印象的、シンコペーションを伴奏にvcがパッセージを弾くのも聴きどころ、展開部も非常に引き付ける魅力、流麗快活の楽章。
第二楽章、ポコ・アダージョ、簡潔なソナタ形式のようだ、テーマの上にパッセージが飾る、vcの低音のパッセージが彫の深さを与える。
メヌエット、アレグレット、付点リズムの簡潔できりっとした主題が良い、トリオは弱音で清涼に聴かせる。
終楽章、同音異弦の動機の響きが蛙を連想させるが「蛙」云々は重要でなく、やはり楽章の密度の高さが魅力、同音異弦が展開部ではぐっと効いてきて、ユーモアをシリアスに変えるハイドンの技。終結はvcのヒキガエルか?さらりとユーモアで閉じる。

category: F.J.ハイドン

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N.マリナー:ハイドン交響曲「驚愕」&「奇跡」  

ハイドン・シンフォニーに関しては同じ老舗のD.グラモフォンに好録音が少ないのに対し、フィリップスは宝庫、聴き手の要望を満たしてくれる。メジャー盤はつい後回しになって、N.マリナーも今になってやっと中古盤で聴く有様;今のところ集めたのは「オックスフォード」&「ロンドン」、「軍隊」&「太鼓連打」、「驚愕」&「奇跡」、「告別」&「時計」の4枚。
今日聴く「驚愕」と「奇跡」は放送でも聴いた記憶がなかったが、これは予想通りの名盤。

ma hay sym94 96
ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内O

第94番「驚愕」
序奏は飾らずさらりと行き、主部はやや快速なテンポで溌剌、総奏に入るとくっきり集約したような力感で表現、1st&2nd vlは左右配置ではないが、音を粒立て、それぞれのパートがはっきり区分けして聴こえ、強弱の懐も深く、第一楽章の武骨なまでの構築性を明確に聴かせていく、これは今まで聴いたトップに上がる。第二楽章は普通のテンポだが、びっくりffの響きはほどほど、荒っぽい響きは作らずきちんと制御する。過度なレガートは避け節目をつけて端正な変奏を繋いでいく。メヌエットもリズムをくっきり取り、程よい軽やかさで心地よい。終楽章、いつもどおり速すぎるテンポを避け、第一楽章同様、構築を丹念に表現し、じりじり引き付けて終結まで運んでいく。

第96番「奇跡」
当盤のジャケットにはこの曲の逸話に基づく笑ってしまう絵が載っているが、演奏内容はいたって真面目な格調の高さ。
第一楽章は「驚愕」が上手ければこちらも良いというのは容易に予想がつく、まさにツボを押さえている。第二楽章、アンダンテはレガートに引きずらず、リズミカル、劇的な短調に入っても節目をつけて冷静にまとめるところがいい。メヌエット、やはりリズム心地よく、トリオのオーボエがツーンと輝く美音で上手い。終楽章の落ち着いたテンポのまとめ方は「驚愕」同様。総じてtpがきれいに響いているのも良い。

この演奏を聴くと、大編成のまぜこぜの轟音でパート同士が潰しあっているような演奏(録音)は聴けない;現代的演奏の先駆けでもある。

category: F.J.ハイドン

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ポジション・マーク  

私はギターの頃からずっとポジション・マークの無い楽器に馴染んできました、リュートも大抵は無いのが多いようで、手持ちの楽器も今までのものには付いていませんでした。しかしM.オッティガーの11コースluteだけ、5、7ポジションにマークがあります(付けてもらったんだったかな?)、このポジションはこのあたり・・と感覚で掴んでいたのが、マークがあるとかえって戸惑ってしまうんです;

ポジションマーク

せっかくのポジションマークですが、黒マーカーで隠しました、これでいつもどおり、すんなり行く・・かな?
アコギなど指板上にあるのは無視できそうですが、ネックの淵にあるとどうもダメなんです。

category: リュート

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E.ウィルフィッシュ:ハイドン 協奏交響曲ほか  

ふと見つけたお気に入り盤、じつは2枚組でCD1はS.クイケン&ラ・プティット・バンドによる交響曲26、52、53番でこれは持っていた、お目当てはCD2で、エリザベス・ウォルフィッシュが指揮とソロvlを務め、バックはエイジ・オブ・エンライトメントOによるコンチェルト。
Virgin Classicsの録音が非常に良い、HiFiバランスでボリュームを絞ると薄い響きになるが、適正に上げるとぐっと低音が効き、実在感が出る。小編成らしい響きでそれだけ、コントラバスやtimpが空間いっぱいに響き、vlなど高音楽器は小さくピンポイントに聴こえる。

hay sym con
エリザベス・ウォルフィッシュ:指揮&vl
エイジ・オブ・エンライトメントO
1990年、ロンドン、アビー ロード スタジオ No.1


協奏交響曲 Hob.Ⅰ:105
各楽章、長くなりすぎず、4つのソロを活躍させ、まさに完成した純度の高い古典派音楽として仕上がっている。第一楽章が適切なテンポで始まる、奥行きのある響きの中に4つのソロ楽器が繊細に浮かぶ、vlとvcはコシは強くないがきめ細かい美音、obとfagは構造が簡素なだけに手作りな音の味わい、vlとvc、obとfagの同族がペアになって掛け合ったり、ランダムな組み合わせになったり、楽しませる、vlやvcは微かな弱音まで使って表現するが、一段と深く音楽を聴いた気分。ウォルフィッシュはvlのソロ部分で適宜装飾を入れる。第二楽章、古楽らしいすっきりした表現でvcが人の声のようで暖かい。終楽章、前奏のあと、vlによるレチタティーヴォが具体的な言葉を語る感覚、ここも良い装飾を加える。やや速めのテンポ、各ソロ、切れ味よく、特にfagのパッセージが聴き応えがある。vlとvcが順に最高音を聴かせるパッセージがあり、緩めに聴こえるガット弦のvcには出し辛そうな音だが息をのむ聴かせどころ、ザロモンの楽団もこのように妙技を聴かせただろうと想像する。

次は初期のハイドンに遡ってヴァイオリン協奏曲第4番と第1番。不覚にも第4番は聴いた記憶がなく?こんな良い曲だったとは・・この時代らしい前古典派的な作風はさらりとして雅び、C.P.E.バッハのスタイルを継承しているのがわかる。エステルハージ家の楽団、コンマスのA.L.トマジーニ、チェロのA.クラフトのような名手達、そして耳の肥えた殿様の存在が次々ハイドンにレベルの高い作品を書かせた背景だろう。今、その恩恵にあやかっているわけで。

ヴァイオリン協奏曲第4番、Hob.Ⅶa:4
第一楽章、アレグロ・モデラート、あまり急速ではなく雅びな中にきりっと締まる感覚、第一主題で始まるvlのソロパートもトマジーニのためだけあって技法も練られていて充実している。第二楽章、アダージョ、旋律美の味わい申し分なく、ウォルフィッシュのソロとバックのvl群が同化したように響くところがいい。終楽章、アレグロ、音の跳躍による切れ味と躍動感はC.P.E.バッハの急速楽章を思わせる、同時にハイドンのこの時期よくある作風でもある。vlソロのアルペッジョ音形を含むパッセージと、バックのオケが巧みに受け支えるアンサンブルの妙が快調、これならもう少し長い楽章にして内容を盛り込んでほしいところ。

ヴァイオリン協奏曲第1番、Hob.Ⅶa:1
これはよく演奏される曲、第一楽章の第一主題も印象深い、ソロはこの主題を重音奏法で始め、ソロパートも名曲的親しみを覚える作品になっている。第二楽章はピッチカート伴奏のみで、ソロをじっくり聴かせる。終楽章は3拍子系のプレスト、vlは一段とテクニカルでアルペッジョやトレモロのパターンが心地よい。

category: F.J.ハイドン

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N.マリナー:ハイドン交響曲「軍隊」&「太鼓連打」  

知らないレーベルのLPを買ってきたりすると、あまりにバランスの悪いお粗末な音にがっかりすることがありますが、PHILIPSはさすが、安心のブランドと言えます。特にハイドン・シンフォニーには名録音が多い。今日はじつに聴き甲斐のある1枚。
ハイドン・シンフォニーの本当の美味さを最初に聴かせてくれたのがN.マリナー&アカデミー室内Oでした。それまでは大編成のゴツゴツした演奏しか聴けなかった。CD化されなかったせいか随分ご無沙汰で聴きます。しかし下手にCD化されるより、こうしてLPで聴くのが良いです、色彩感のある音質、各パートが明瞭に聴こえる情報量、終楽章までクリアに聴くにはラインコンタクト針が望ましいですね。

n m hay sym100 103

100番「軍隊」
序奏、主部ともにごく標準的なテンポ、特に変った感覚はないが、聴き手を集中させる中身は見事、全ての音符に責任をもって表現しているような緻密さで主部は活き活きとする、甘美に飾ることなく引き締まる、引きずらず瞬発的に力感を込める、1st,vlと2nd,vlの掛け合い、高域と低域の対峙が対等で明確、ごく当たり前と言える要素がきちんと聴ける。第二楽章も飾らず端正、信号ラッパも丁寧、シンバルや太鼓が鳴っても粗野な表現をしない。メヌエットが実に心地よい、このような演奏は今でもそう多くは聴けない。終楽章、あまり速くせず、小刻みな主題を丁寧に、一音ずつに適度な量感を持たせるのが効果的であるのがわかる、この粒立ちが鳴りものが入る終結に向けてじりじり引き付けて行く。全楽章tpの響きが明るいのも良い。

103番「太鼓連打」
timp連打に強弱を付けず、間を置かず序奏に入る、このすんなりさは他に例を見ない、低音が主題を奏でたあと、vl群の弾く主題がじつに清涼。主部は「軍隊」同様、心地よい活気、舞曲風の第一主題のリズム、第二主題も同じリズムに乗る、余分な重量感が抜け、ツボで力感を入れる、聴きどころのパート音をくっきり前に出す、こういう短時間内での緻密な技は他に聴けなかったように思う。第二楽章、短調で始まるテーマはいかにも変奏の素材のような簡潔さで、長調の第二のテーマを挟んで見事な変奏楽章となる。マリナーはゆっくりめで壮大に聴かせる。メヌエットも期待通り快調、短調部分もあまり大袈裟にしないのが良い。終楽章はやはり急ぎ過ぎず、様式感を大事にする、アカデミー室内Oは名手揃いだが、弦、木管、金管が均質に整って初めて聴ける美質で固める。

category: F.J.ハイドン

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11/3 今日の収穫  

連休最後だけでも晴れてよかったです、また電車に乗ってブラブラと、ちょっと暑かったくらいでした。
いつものショップで、C.クライバーのDVDセットや聴かないCDを買い取ってもらい、同額分の買い物をしました。以前から、あったらほしいと思っていたLPが2枚、N.マリナー&アカデミー室内Oのハイドン交響曲100&103番、それに45&101番、これは収穫!

11-3 買い物

また古楽器によるハイドンの協奏交響曲がほしかったが、エリザベス・ウィルフィッシュ(vl&指揮)エイジ・オブ・エンライトメントのCDを発見、これは知らなかった。もう一つ、O.ヨッフム指揮、ロンドンSOのベートーヴェン第7を見つけ、あとは物色せず、さっさと帰ってきました。レビューはあらためて。

category: オーディオ

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S.フランシスほか:ヴァンハル obと弦楽三重奏のための6つの協奏的四重奏曲  

久しぶりのヨハン・バプティスト・ヴァンハルの作品、ボヘミア出身のウィーン古典派、母国語ではヤン・クシュチテル・ヴァニュハルと読むそうです。フリーの作曲家として活躍した最初の人とも言われます。何を聴いても典型的なウィーン古典派の美質で整い、聴き辛いような曲がありません、逆に言えばもうちょっと灰汁の効いた踏み込んだ曲もほしいと思えてくるが、まあそれはハイドンとかクラウスが聴かせてくれるので。

vanhal ob q
ヨハン・バプティスト・ヴァンハル (1739-1813)
オーボエ四重奏曲(協奏的四重奏曲)
No.1ヘ長調、No.2変ロ長調、No.3ト長調、No.4変ホ長調、
No.5イ長調、No.6ハ長調
サラ・フランシス(オーボエ)、タゴア・ストリング・トリオ
録音:1999年1月18日-20日 helios (hayperion原盤)


6つの協奏的四重奏曲とあるように、これはハイドンの弦楽四重奏曲のような緊密な室内楽ではなく、コンチェルト風室内楽として楽しむもの。いずれも短い4楽章で12分~14分程度、こうした作品の規模も演奏の場や依頼主の意向が反映しているでしょう。さすがヴァンハルは旋律美の閃きが尽きないが、1曲ずつ個性が強いというわけでないので、まあ気に入ったのを抜粋して聴けばよいでしょう。
演奏はすっきりとした美音で奏でられ、作品の魅力はよく聴かせる。当演奏はob、vl、va、vcの編成だがobはflに置き換え可とのこと、obにとっては高域を吹くところが多く、そこは聴かせどころ。全般にobとvlの二重協奏曲の要素が多い。しかし快調で卒なくきれいな曲を次々とよく書けるもんです。
第1番ヘ長調は特に終楽章のロンドがob,vlの切れ味よい掛け合いと快速感が見事。
第5番イ長調の第一楽章は流麗でじつに快活、展開部も程よく聴かせるが深入りしない。第二楽章は短調とし、気分を変える、obとvlが美しい掛け合い、終楽章では少々ポリフォニックな部分も置き室内楽的。
第6番ハ長調も快活な楽しさで始まる、obのパッセージや高域の演奏は聞きどころ、展開部も短い中に魅力を収める、第二楽章、旋律美は洗練されている。終楽章、これも快調な推移、obがわりとテクニカルで協奏曲風、チェロも入り込んだ室内楽的な技あり。ただメヌエット楽章がいずれも温和で普通、わるくないけど。
しかし聴き始めたら最後まで聴いてしまう、モーツァルトのob四重奏曲にこっそり挟んでBGMで流しておいても、だれも不自然に思わないかも^^

category: J.B.ヴァンハル

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