Micha クラシック&リュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

房カバー  

休日の朝は早く目が覚めます、いつもは起きづらいんだけど、今日はゆっくり寝れるなと思うと嬉しくて寝ていられないんすね(笑)また今日もちっぽけな話です;

"房"っていうと、和物の飾りによく付いています、帯締や数珠、行司の軍配にもあります。
房

この房がクシャクシャにならないよう、カバーが売られていて、パイプ状だが硬質のビニールを巻いてあって、広げることが出来る、これを房に巻きつけて保護します。
房カバー
房カバー

パっと見、こういうのっていろいろ使えそうに思います、リュートのストラップに調節紐を付けていますが、紐の余った部分が垂れ下がり、左手に触れてどうも気になってた(支障はないんだけど)、こんな所にもさっと巻ける、これで快適v
調節紐
半分でちょうど良い

筆の穂先の保護にもいいし、オーディオの後ろのケーブルがごちゃごちゃしたのをまとめるのにもいいでしょう。

category: リュート

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縫いもの  

音楽鑑賞は休みで夜は縫いものをしていました。
子供の頃、何故かミシン縫いに興味を持ち、今は無いけど当時は足踏み式で面白かった、やたらと余った布を縫って遊んでいました。小学校の家庭科で紙に描かれた線のとおりにミシンで縫っていくテストがありましたが、線どおりに行けたのは私だけでした(笑)、何でも子供の頃ってのは身に付くもんです。
昔の足踏み式ってのが良いのですね、速度を足で微妙に操って、パっと止められる、人馬一体の感覚があります、今はフットコントローラーの付いた電動ミシンがありますが、違うんですね、足の力で廻すのとは。
今はこんな電動ミシンしかありません、スイッチ入れて、一定速でしか動きません、スイッチ切っても瞬時に止まらないし、失敗しやすく、じつにもどかしい;
ミシン
分厚いものをきっちり縫いたいときだけ使います、合革を手で縫うのはきついので。
ストラップ

あとは手縫い、夏に備えズボンをちょん切ってハーフパンツにしてやろうと裾まとめを・・馴れればもうちょっと上手くなるかも;
裾

category: 趣味のハンドメイド

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R.ノリントン:ハイドン パリ交響曲集  

ハイドン・シンフォニー、月に1枚くらいは新盤を聴きたいところですが今日はR.ノリントン指揮、チューリッヒC.O.によるパリ交響曲の新録音です。Daisyさんがレビューしておられるので追体験となります。

hay paris sym
サー・ロジャー・ノリントン指揮
チューリッヒ室内管弦楽団
2013年 SONY CLASSICAL


ノリントンの演奏でまず耳を引くのはピュア・トーンによるレガート奏法、これはアーノンクールやファイの演奏にも聴かれるが、従来の一般に言う"レガート"とは感覚の異なるもので、単に力の抜けた滑らかさではなく、涼やかな空気が漂いピリっと目が覚めるような引き付ける感覚です。これは意外に短く刻まれる音、
第87番第一楽章よりvlパート
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譜例のような音を粒立てず、サラサラと繋ぐのが非常に心地良く、効果を出します。また弦楽に寄り添う木管、特にflのハーモニー演奏がこの録音では一際美しいのが印象的、「雌鶏」の第一楽章など魅了される。
3枚のCDに作曲順と思われる順に入っていて、聴く順番としても良い配置、
CD1は活気に満ちた87番のヴィヴァーチェで始まる、ぐっと強弱の懐を深くした表現、クリスタルに磨かれたチューリッヒC.O.のサウンドはレガートな美音を聴かせながらきりっと冴え渡る。終楽章ではこのレガートがちょっと足を引きずる感じにも聴こえてしまうが、楽章を宝玉のように美しく聴かせることも確か。
次の85番「王妃」は序奏を切れ味よく治め、主部は期待通りの演奏、主題はもともとレガートと切れ味の両面を持っている。第二楽章は最も速めのアレグレットと言える、従来のやんわりとした緩抒楽章らしい演奏では聴けなかった一面が聴こえてくるようだ。
CD2はト短調の83番「雌鶏」から、短調交響曲らしい要素は少なく、始まりの印象を変えるくらいの効果かもしれない、展開部のポリフォニックなところで弦の深く掘り下げるような響きが良い。第二楽章は疾風怒涛時代を思わせる静謐なテーマで始まるがすぐにびっくり効果で方向を変える。メヌエットはわりとゆったり、終楽章もあまり急速にはしない。
次が84番、変ホ長調、一見地味な存在に思える作品だが、ここらで通に聴かせる曲を置く。ハイドンの凝った技法が込められる、第一楽章、第一主題の終わりから第二主題が発生するような書き方は珍しい。この曲は全楽章繰り返し聴いて良さがわかってくる。
CD386番から、序奏の響きから透明感を帯び、今までに聴いた86番の良い演奏を思い出す安心的な印象、主部は快速ながら緻密なコントロールを感じさせる、押しては引くダイナミズムの波も痛快。特筆したいのは第二楽章、ある評論家はこの楽章は評価しないと言うが、演奏しだいだと思う、ノリントンによるチューリッヒC.Oのサウンドと表現が磨けば光る楽章だというのを実証する、今までで最高のカプリチォだ。終楽章も快速だがスピードを見事モノにした演奏、ダイナミズムの楽器バランスも良い。ノリントンもこの曲は大好きに違いないと思える覇気が伝わってくる。
最後は82番「熊」、終楽章の充実からして最後にふさわしい曲だ。第一楽章は力強いが武骨にならず、心地よい力感とともにスマートさを感じさせる。第二楽章、ここもアレグレットらしく演奏、爽快に進める。メヌエットはかなりじっくり、がっちり、風格を持たせる。終楽章、言わずと知れた充実楽章だが、もったいぶらず?快速に流線美も聴かせるのが良い、まさに痛快。2013年、ノリントン会心の演奏だろう。

category: F.J.ハイドン

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W.サヴァリッシュ:ベートーヴェン交響曲 第3番「英雄」(VSO ライヴ)  

先日のサヴァリッシュ指揮、RCOによる「英雄」は優れた指揮官と精鋭部隊による展開で聴き手は有無を言わさず制圧されるような演奏だったが、今日は2000年録音のウィーン響とのライブ。オケの違いをこれほど感じる聴き比べはほかに憶えがない。セッション録音と変らない好録音なのも嬉しい。

sawa vso sch sym4
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ウィーン交響楽団
2000年6月 ライヴ録音


緻密でクリスタルなRCOに対し、VSOは伝統の奏法に徹している。VSOの滑らかな肌触りのような弦楽はどう演奏するのだろう?弓の圧力の入れ方がデリケートで、擦弦位置にも拘りがあるかもしれない、柔らかで嫌味のないヴィヴラートは全員の揺らし方がぴたり一致しているような聴こえ方で価値あるヴィヴラートだ。世の中にはただ古臭いだけで価値のないものもあるが、VSOの弦楽は変えてはならない貴重な伝統技だ。サヴァリッシュのタクトはこのVSOの美質も存分に活かし、いつもどおりがっちりした骨組みで、RCOとは異なる名演を聴かせる。
第一楽章の始まりはtimpの打音が先行して聴こえ、弦や木管は一瞬遅れて立ち上がる、柔らかな立ち上げに徹している結果だろう、全楽章、このような音づくりで魅了していく。第一楽章は15:11でRCOとの演奏より速く普通くらい、やや軽量感覚がVSOのサウンドにふさわしい。
第二楽章、ここはもう弦の美質を聴くだけでも満足、弦を弾いていると言うより直接声で歌っているような感覚。壮大なフーガの部分もレガートに弾かれるがぞくぞくする味わい。バス弦がぐっとfで入るところも柔らかで力ずくの感覚はない。
快活なスケルツォ、一瞬の短い音にさえ血が通った音作りを感じる、美しい弱奏に引き付けられ、総奏のfが痛快に聴こえる。
終楽章、やはりゴツゴツした響きは一切聴かせず、乱奏的な導入の後、ピツィカートで変奏のテーマが始まる、譜例のように、fの後やcresc.のあとにpのフェルマータで弾くところが何度か出てくるが、
sym 3
これは管では表現しきれない、弦ならではのデリケートな涼やかさが味わいどころ、このフェルマータ音に少し膨らみをつけてよく演奏される、VSOの弦はまた格別に良い。
VPOでさえピリオド奏法を聴かせる昨今、このVSOの録音は貴重に思える。

category: ベートーヴェン

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古い木  

このところ、2つの11コースluteを交互に使っています。弦のスペーシングは揃えてあるので持ち替えの違和感はありません。右の楽器はスペーシングを紙に記して製作家モーリスさんに送り、そのとおり作ってもらいました。

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あらためて弾き比べてみると右の楽器は筋は良いけどまだ声が若い感じです、鳴らすにはある程度テンションも与える必要があります。左の楽器は30年以上は経っているはずで、年季の入った浪曲師のように声にゆとりがあり、緩いテンションでもゆったり反応する感じです。ただし、だいぶガタはきています。
バロックluteの真髄は緩いテンションで弦が良く歌うところ(いちいち弾弦せずとも触れるだけで鳴るような)、大会場で張りあげる声ではなく、私的に語る声です。古いボディが珍重されたのもわかる気がします。バロック期の絵画の楽器も古そうなのが多いですね。

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少なくともリュートに関しては修理を重ね、使い倒して朽ち果てる寸前くらいが良いのかも。
クラシック・ギターは"弾きつぶす"と言われるように使い込みに限度があるように聞きましたが?弾きつぶされた楽器というのがどんなものかお目にかかったことがありません、長持ちすると思いますけどね。木造家屋の木は新しいほうが良いですが;家具などは古くなった木を再利用するのも味があって良いです。

category: 楽器について

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W.サヴァリッシュ:ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」  

一昔前、全集ものと言うと古い録音で複数の演奏の寄せ集めが多く、粒揃いじゃなかったりするので触手が伸びなかったが、最近は満足度の高い優れた全集がお値打ちに出てくる。特にBRILLANT CLASSICSは"安かろう悪かろう"にあらず、選りすぐりの中身が目白押し、原盤の本家が出して間もなく出てくる。いつの間にか結構揃えたが、まだ全部聴いていないのが殆ど;サヴァリッシュ、RCOのベートーベン交響曲全集もその一つ、今日は第3番「英雄」、ここらで全集ものの完聴を目指そうかと;

sawa be sym3
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ0
1993年 EMI原盤 BRILLANT CLASSICS


第一楽章、サヴァリッシュは快速なテンポで来るかと予想したが意外にゆったり(反復なしで15:44)、弦、管とパート間で引き継がれるところがしなやかで、流れの心地よさも十分聴かせる演奏だ。しかし全体の歯応えはしっかりしていて切れ味できりっと引き締める、コンセルトヘボウの美しく長い残響も有効利用したかのような演奏、金管群の響きも爽快、timpは十分な音圧で迫り、展開部では雄大さを醸し出す。終結部へ向けてクレシェンドされる始まりのホルンが一際美しい、聴き終わって、なるほどこのエネルギー感はこのテンポだと納得させられる。しかし提示部は本当に提示くらいで展開部と再現部、終結部がハイドン時代とは一転してやたら長くドラマティックになる、これが傑作だから良いものの駄作だったら恐ろしく退屈だろう;作曲は難しい時代に入った。
第二楽章、葬送行進曲はRCOの涼やかに整ったサウンドが相応しく、荘厳にしみじみと聴かせる(16:24)じりじりとダイナミズムへ踏み込む様はじつに雄大、ここはサヴァリッシュ先生、RCOともに模範演奏といった手腕で、これ以上上手い演奏はないだろう。
第三楽章、スケルツォはアレグロ・ヴィヴァーチェらしく快速で素早いスタカートの連続と言えるほどキビキビとして痛快、本当にRCOは達人揃いで、トリオでのホルンが完璧な冴えを聴かせる。
終楽章、乱奏的なはずの開始もぴたっと整い味わいのある総奏、全般に快速なテンポを取る、特に対位法で書かれた部分の折り目正しく整う感覚は格別、終結は思いのほか豪快に決める。
完璧な演奏に加え、EMI原盤の録音も素晴らしく、ベートーヴェンの魅力は"力強い"がまず浮かぶが、ここでは"美しい"を先に感じる。

category: ベートーヴェン

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フェシュテティーチSQ:ハイドン 弦楽四重奏曲「五度」op.76-2  

ちょっと曲の書き込みが止まっていました。

弦楽四重奏というと一時代前は4つの楽器のぶつかり合いみたいなどぎつく耳心地よくない演奏も耳に残っています。近年は洗練された様々な演奏スタンスに分化していてどれを選ぶかは聴き手しだいというところ。ピリオド指向もその一つだが、真っ向から古楽として取り組む演奏もあれば、その表現法を武器にあくまで現代人的に仕立てた演奏もある。ハイドンSQ全集のフェシュテティーチSQは前者だと思う。楽譜に忠実でまさに自然な捉え方。テンポひとつ取っても、やたら急速にはしない、しかし"プレスト"と指定があればしっかり急速に聴かせる。そして聴きどころをきりっと引き立て、4人とも音が非常に美しい、これだけでこの全集は飽きさせない。今日は全集CD17よりop76-2「五度」を聴く。

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ハイドン 弦楽四重奏曲全集
フェシュテティーチ四重奏団


弦楽四重奏曲 ニ短調 op76-2「五度」
第一楽章は短調楽章らしい魅力を湛えた楽章、文字どおり5度音程の動機で始まるが繰り返しの弱奏が透明感を帯びてじつに美しい、ここでもう魅了されるが清涼感を保った強奏で深みに引き込む、展開部以後は素晴らしい作品だが、この全集は一部を除いて殆ど後半も反復ありで演奏している、この楽章はぜひもう一度聴きたい。
第二楽章は優しさを帯びた主題で三部形式、
メヌエットは1st&2nd vl、va&vcのペアがそれぞれオクターヴ・ユニゾンでずるずる引き込まれるようなニ短調の息の長いテーマをカノンしていく、
hay sq 76 03
これはいやがうえにも印象深い、アレグロ・マ・ノン・トロッポらしい急ぎすぎないテンポでじっくり聴かせる。トリオは弦や胴体の余韻をよく聴かせ弾ませる。
終楽章、ここはヴィヴァーチェ・アッサイ、じっくり構えたメヌエットから間を置かず、ぐっと急速に突入、1st vlが味なポルタメントを入れて間を置き、次のポリフォニックな部分もくっきり聴かせる、終結部でのvcは意外なほどドスの効いた響きで締めくくる、単に秀逸で真面目な演奏に終わらず、楽しませる場面も心得ている。

category: F.J.ハイドン

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左手  

昔、ギターをやっていた頃は左手指先の皮が厚くなっていて、1~2週間くらいサボったって厚さは維持していた記憶です。今は小指の先が痛くなりやすく、皮が厚くなってほしいのですが、近年はどの指も厚くならず、右手と大して変わらない、なんにもやってない人の手だ;

左手

原因は何なのか、
①絶対的に練習量が足りない
②庇いながら弾く癖が付いている
③加齢のため、体の対応力が落ちた
④栄養不足ほか複合的原因
たぶん、①の可能性が一番大きいと思うのですが(③かな;)指に張りがなくなって低反発なのも確か、リュートの弦は細いのが難物です。庇いながら弾いているせいか、現状から抜け出せません。こまめに練習して様子をみることにします。

category: 演奏について

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Concerto Köln :J.M.クラウス 交響曲ハ短調  

コンチェルト・ケルン演奏のヨーゼフ・マルティン・クラウス 交響曲のCD、過去にも取り上げたが聴くのは2年ぶりくらいです、何だか新盤のように新鮮に聴こえる。

古楽器のヴァイオリンと言っても奏者の扱いによってだいぶ違いが出るそうで、緩い弦を張ってバロックに相応しい細やかな表現をとる場合から、強めの弦を張ってモダンに近い表現をとったり幅があるようだ。コンチェルト・ケルンはまさに古楽器的というか緩い弦の響きに聴こえる。透明な響きと鋭利に研ぎ出したような演奏でクラウスの作品を一際引き立てている。

j m kraus sym
コンチェルト・ケルン
1991年録音


今日は最もお馴染みの作品、交響曲ハ短調VB142、序奏は極めて透明にクールに聴かせ和声が鮮やか、主部はvlが涼やかに主題を弾き、バス部によるリズムがやや強調ぎみで、強弱法を明確に補助している、厚みを帯びた響きではないが、切り立った表現で躍動感を十分聴かせる。第一楽章は反復表示が無いのかもしれないが楽譜がないので不明、この楽章は反復なしが良い、提示部から展開部以後へと一気に流れる気迫がある。
第二楽章はC.ケルンの弦楽が一段と冴える、かなりの弱奏が基盤となっていて聴くには静寂が必要、深みのある演奏だ。
終楽章もくっきりと粒立てた演奏、弱奏は本当に深い谷間のようにppである、コントラバスやファゴットが強弱法の先導をしているように明確に出て、心地よい快速感も支える。展開部のエネルギーは凄い、vlは適度に引いたり出たりして他のパートを邪魔せずバランスを整え、同時にクレシェンドの効果も出して一石二鳥。
C.ケルンは現在、フルートのM.サンドホフが音楽監督を務めているそうだが、この盤でもVB139やVB143で魅力的なfl.トラヴェルソを聴かせている。

category: J.M.クラウス

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極太フレットガット  

フレット用のガットが不足してきたので、取り寄せました。リュート弾きさんにはお馴染み、ドイツのM.Wagnerさんのショップです、品揃えがよく注文しやすい、今回も10日ほどで届きました。
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フレットガットと言っても、メーカーによって質が異なり、それが事情に合わせた選択となります、だいたい特徴は、
aquila製:しなやかで結びやすいが軟質なため、太いものほど振動を吸収して音がやや鈍る、細いフレットなら問題ないですが。
Pyramid製:ひじょうに硬質、太いフレットは結び目を絞めるのが大変です;
Kürschner製:ちょうど中間くらいの硬さ、結びにくいほどではなく、音も鈍らない。
ということで、今回はKürschnerにしました。
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古い11コースluteのハイポジションには最も太い、1.15mmを巻きました;;
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さすがにこの太さは巻くのは大変、ヴィオラ・ダ・ガンバなら指板がヴァイオリン属と同様に膨らんでいるのでフィットさせやすいですが、リュートは若干膨らんだものもあるが平坦に近く、強く絞めたつもりでも指板角の形状にフィットせず、フレットが浮きあがることがあります、これは確実に音が鈍る、そんな場合、あらかじめ指板角に来る部分にギュっと折り目をつけて絞めます。まあここまで太いフレットを巻くことはめったにないでしょうが^^;

category: 楽器について

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R.グッドマン:ハイドン交響曲第48、49、50番  

R.グッドマン指揮、ハノーヴァー・バンドの録音で手持ちが無かった48~50番が具合よく中古ショップにありました。全集とまではいかなかったが、ハイドン交響曲の初期から後期まで聴きどころを拾ってシリーズ化した録音ですが、それなりに期間はかかったでしょう、一枚ごとに、その時々の演奏の温度感が違って聴こえる。随分落ち着いた演奏もあるが、今日の48~50番は覇気が良い、丹念に仕上げたホグウッド盤とは一味違い、手早い料理で美味しいところを聴かせるような活き活きとした演奏。

good hay 48 49 50
ロイ・グッドマン指揮、ハノーヴァー・バンド
録音1990年、hyperion


48番「マリア・テレジア」はtrp、timpを除いた版だが、並みの演奏より元気良く聴こえる、ホルンの活躍が目立つ祝祭ムードの明るく充実した作品でハイドンを象徴するような曲相。
第一楽章、グッドマンは快速に一際活気づいた演奏で捉える、提示部の64小節で第二主題が変化した形が出てくる、2nd vlは歯切れよいトレモロ、
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これが一段と楽しく提示部を閉じる。展開部は意外な方向も見せ密度感がある、展開部の最後に初めて出てくる旋律、第二主題の断片か?
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これが気品良く、再現部に繋いでいる。
第二楽章は優雅な主題、この時期らしい静謐な緩抒楽章はいくつ聴いても良い。
メヌエットも祝祭ムードで活気がある。
終楽章は主題に勢いがあり、展開部の開始で意外な方向を見せ、すぐ疑似再現を置き(楽しくもじれったい効果)、さらに掘り下げて聴かせるのは見事、グッドマンは切れ味良く決める。

49番「受難」、第一楽章が始まると48番とは一転した雰囲気で良い配置だ。ハイドンがレクイエムを書いたらこんな感じだろうか、悲痛感に深く引き込む演奏は申し分ない。
第二楽章はとても急速、リズムを強く刻み、パッセージを決める、疾風怒涛そのものの凄味、古楽オケながら結構エネルギッシュな響き、展開部から終結部に向けての切迫感が圧倒的、これはハマる演奏だ。
メヌエットは気分を鎮める楽章に聴こえる。終楽章で再び圧倒される。

50番、第一楽章、序奏は付点リズムで切れ味よく、わりと簡潔にまとめられる、主部に入っても簡素な主題で弦楽の忙しく快速な演奏が通される中、金管とtimpの出どころを少なくし、要所のみでどっしり鳴らす大らかさがこの楽章のツボのように思える。
第二楽章は1st vlとvcの一部がオクターヴユニゾンで常にかさなり、独特の厚みを帯びた響きが普通ではつまらないところに聴き応えを与えている。
メヌエットも簡潔な味わいだが切れ味の良さがある、短調部分を上手く入れて対比をつける。
終楽章、さらりと快速感でまとめたような始まりだが、結構彫が深い、後半も反復するとなかなかの聴き応え。

category: F.J.ハイドン

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W.サヴァリッシュ:モーツァルト 交響曲第39番(VPO ライヴ)  

以前、W.サヴァリッシュの追悼番組で、最後にN響を振ったベートーヴェン第七の録画を見たときは、椅子に腰かけ、最小限の身振りの老巨匠的姿に、いつの間にかこんなに時が経ったのかと驚いた。あの矍鑠というか"赫灼"がふさわしい指揮振りが頭に焼き付いていたせいか。もちろんN響の奏でる第七は格別だった。
今日は1983年、サヴァリッシュ60歳、充実しきった巨匠がVPOを振ったモーツァルト交響曲第39番、これは聴かずにいられない。

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ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ウィーン・フィルハーモニーO
1983年 ザルツブルク祝祭大劇場
オーストリア放送協会ライヴ録音


序奏はtimpの強打を足場に堂々たる始まり、一際きりっとした付点リズムで14小節からのfでは背筋が伸びるような感覚、
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ここだけでサヴァリッシュらしさ炸裂、主部はごく適切なテンポで標準的、しかし太い線を用いながら極限まで緻密に捌いた名筆家の筆さばきのように、これ以上求めることはないと感じさせる。VPOの美質も十分に聴かせる、提示部が反復され、歌うシンフォニーというより、モーツァルト版"英雄シンフォニー"という感覚だ。第二楽章も遅すぎず、キビキビした感覚が張り詰める。メヌエットの開始音には凄味すら感じるが、すぐに快調な演奏であることに気づく、ずっしりしたサウンドを切り立て、気高い雰囲気で魅了する、これはちょっとハマる。終楽章は程よく快速、サヴァリッシュらしいキビキビとした魅力と言えば十分でしょう。
ピリオド指向の小編成の響きに馴れた耳にも、すんなりと自然体の演奏として入ってきて、エネルギッシュでもゴツゴツしないスマートさで仕上げる、新時代の影響は受けていないようだが飽きない完成度の高さは流石。

category: モーツァルト

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J.カイルベルト:ベートーヴェン交響曲第7番  

J.カイルベルトといえば、かつてはテレフンケンの兼価LPで親しんだものだが、今も兼価CDシリーズで出てくる、他の指揮者にはない要素が根強い人気なんでしょうね。せっかくだからいくつか取り寄せることにした。まずはベートーヴェンの第七、過去にLPを持っていたのだが・・この録音ではオケはBPOでもちろん優秀だが、弦の運弓の味わいはバンベルク響の録音のほうがよく聴けるようだ。録音は'59~'60年で音質、バランスともに好録音。

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮
ベルリン・フィルハーモニーO


ベートーヴェン第七の魅力は「舞踏の神化」と言われる徹底した躍動感、ただしロック、ポップスのような単調なビートの連続ではない高尚な内容。主部の始まりで木管が最も基本のリズムパターンを示して第一主題を聴かせる、
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その後展開部の例をあげれば、
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1st vl等がタイで次の小節頭に繋げ、ビートの位置が変る感じで力強い、その下で2nd vlが整然と歯切れよくトレモロを弾く、いずれも同じ基本リズムの変形だが、こうした多層の織りなす味わいが神化と言うにふさわしい。

カイルベルトは序奏部を堅実な印象で始めるが意外に速度変化をつけ、強弱の起伏が深くそれが効果的。主部は幾分速めのテンポで縦にも横にも筋金が通ったような整然とした演奏に徹する。
第二楽章、思ったとおり、遅くせず、節目を付けた感覚はカイルベルトらしい。
スケルツォ、わりと落ち着いたテンポ、しかし一音ずつの刻み方がきりっと締まり、集中させられる。
終楽章、わりと速めのテンポ、冒頭からびしっと引き締める、快速でも整然と決め、僅かに加速する表現はあるが、押さえて押さえて、熱狂的な楽章にも理性を感じさせる、単に饗宴的な音楽ではないことがわかる。カイルベルトやサヴァリッシュなどの演奏を聴くと、もはやC.クライバーあたりは茶番に思えてくる。

category: ベートーヴェン

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O.ヨッフム:ブラームス交響曲第1番('81 ライヴ)  

ブラームスの交響曲第1番には不動の名演がいくつもある。古くはフルトヴェングラーの演奏で、'51年に北ドイツ放送響(NDR)を振った録音が最も凄まじいと聞いたが、かつてLPを聴いたときは確かに、と思った。そのNDRを指揮したF.フリッチャイのライヴ録音も過去にレビューしたとおり、それを凌駕しそうな熱演で、CDが届いた日には思わず2度聴いてしまった。
また、引退直前のO.スウィトナーがSKBと来日公演したライヴ録音も、やり残した事を全開に表現したかのような凄さに感動した。

今日のO.ヨッフムのライヴ盤もそんな特別な、壮絶という言葉がふさわしい演奏で、これも2度続けて聴いてしまった。1981年、ヨッフム79歳、ベルリン・ドイツ響(旧ベルリン放送響)との演奏。音源はアナログらしいが、きわめて良好。

joch bra sym1
オイゲン・ヨッフム指揮
ベルリン・ドイツ交響楽団
1981年、ベルリン・フィルハーモニー


第一楽章序奏はゆっくり、timpの只ならぬ強打を土台に風格で圧倒する、「こういう序奏が聴きたかった」と言える一つの理想。主部は普通かやや快速に、がっちり厳然とした演奏に徹する、ここはフルトヴェングラー時代とは違うが、とても納得できる会心の第一楽章だ。
第二楽章、一転してじつにロマンティシズムに溢れる、最近は聴けない演奏だ、弦楽の表情は流体のようにデリケートにつながり、強弱の懐も深く、特筆ものの第二楽章だ。
第三楽章、速いテンポをとり、終楽章の予潮のように急き立てる感覚。
終楽章、導入部から尋常でない力感、緩急、強弱、存分な表現でドラマティックな楽章を見事描き上げる、終結の圧倒感も凄い。

category: ブラームス

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J.カイルベルト:モーツァルト交響曲第39番ほか  

きょうは一日雨で出かけるのも億劫だったが、電車→名古屋地下街ならほとんど傘要らず、ってことでちょっくらいつもの中古レコードショップへ、しかし今日はCDに絞った、収穫6枚。
その1枚、これは前にLP盤でレビューしたJ.カイルベルト指揮のモーツァルト交響曲でCD化されたものを見つけた、

keil moz sym39
モーツァルト
交響曲第39番、1955年録音
40&41番、1959年録音
ヨーゼフ・カイルベルト指揮
バンベルク交響楽団


ライナーノーツに記された録音年を見て少々驚き、1955年のステレオ録音だった。もちろんステレオ方式はもっと前から確立していたが、まだ一般にLP盤がステレオで出回ってはいなかった頃だ。初めはモノラルで出たと思われるがマスター音源はステレオで、のちにステレオ盤が出たのだろう。今回も経年劣化したマスターテープからのCD化だったそうだが、意外なほど良好、'60~'70年代の下手な録音より好ましい。演奏については過去のレビューのとおりで重複は避けるが、本当に各パートの聴きたい音がくっきり、また弦の運弓の味わいも良く聴ける。低音の量感、timpの音圧も効いている。まさにドイツ的な演奏を満喫できる。
最新録音のような鮮明な音質ではないのだが、大事な音はしっかりバランスよく聴ける、古い録音でも音響的に素晴らしい鑑賞対象となりうる。さすがにトスカニーニ時代の録音となると我慢せざるを得ないが;

category: モーツァルト

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アーノンクール:シューマン交響曲第4番(初稿)  

シューマンの交響曲第4番、アーノンクールも初稿版による演奏だった。アーノンクールはベートーヴェンと同じく、ヨーロッパ室内Oで小編成の響きを起用しているが、当然狙いがあってのことだろう。サウンドに物足りなさはなく、今まで聴こえて来なかった新発見をもたらす。この演奏の視点から見れば、多くの巨匠達がフル編成オケを振った演奏は個性は聴かせるものの所詮、似たり寄ったりとなってしまう。

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ニコラウス・アーノンクール指揮
ヨーロッパ室内管弦楽団
1994年 TELDEC


ヴィヴラートを押さえた涼しげな弦楽、厚い響きを使わずきりっとした合奏で序奏から十分なダイナミズムを感じさせる、弦に対し木管が対等、ブラスも豪奏の必要なく透明感を保ち、全体が良いバランスであることがわかる。展開部ではブラスの輝きが効く。楽譜に書かれた内容が詳細に伝わってくる、やたらレガートに引きずらず、程よく切るのが心地よい。
第二楽章も涼やかな表現、スケルツォは速めに、切り立てた演奏、しかし荒っぽくはなく、爽快にまとめている。
終楽章はファンファーレを伴った導入があり、アレグロ・ヴィヴァーチェに入る、緩、急が交互にあらわれ、切迫感に引き込んでいく、室内オケであることを忘れる壮大さで閉じる。
確かに初めて聴いたときは絶対的量感として物足りなさを感じたが今は違う、表現法に聴き手が同調できれば、オケの物量は求めなくてもよい、というのを実証した演奏で価値が高い。
アーノンクールを"鬼才"とか"荒々しい"とかいう声をよく聞いた。旧来の名演が絶対、という視点からはそうかもしれないが、白紙から研究し直したアーノンクールに"粗雑"という意味での荒っぽさはひとつもない。

category: シューマン

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シュメーエ:シューマン交響曲第4番(初稿)ほか  

ピアノのエチュードで有名なヨハン・ブルグミュラーの弟で、シューマンと同年1810年生まれのノイベルト・ブルグミュラーが書いた交響曲が入っているということで興味が湧いたCDです。さらにシューマンの交響曲第4番の初稿版の演奏とカップリング、しかもシューマン当初のアイデアで第二楽章にギターを入れている。何かとマイナーでマニアックなkoch schwannレーベルらしい内容でもう20年近く前に取り寄せたCD;

sch bug sym
① R.シューマン:交響曲第4番ニ短調(初稿版)
② ノイベルト・ブルグミュラー:交響曲第2番ニ長調(未完)
ゲオルク・シュメーエ指揮、ベルリン放送交響楽団
1987年録音 koch schwann


一曲目シューマンの交響曲第4番はゲオルク・シュメーエ指揮の当盤が初稿版の演奏ということで希少だったらしい、全体に引き締まった良い演奏を聴かせている、第二楽章のギター奏者は不明、ロマンツェの楽章を演出する狙いだったのだろうか、初めて聴いた際、ギターらしき和音の存在が聴きとれたが、微かな音で効果をあげているとまではいかない、演奏にもう少しギターとのバランスの歩み寄りが必要だろう。

二曲目、N.ブルグミュラーの交響曲第2番、26歳で夭折した作曲家でこの作品も第三楽章スケルツォで絶筆となっている。各楽章の演奏時間からして、シューマンと同等の規模、まさにシューマンとともに歩もうとした人だったろうが、余りにも死が早すぎたといえる、主題の趣味やオーケストレーションは良い素養を感じるが、まだ散漫で引き付ける要素が少なく、シューマンには遠く及ばない、熟練を重ねる前に他界してしまったのか、シューベルト、モーツァルト、J.M.クラウスは短い生涯ながらまだ傑作を書く時間はあったようだが、N.ブルグミュラーは足りなかったようだ。

category: シューマン

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4/1ネタ見送り  

四月馬鹿ネタ、今年も見送りです。
いつも一年間かけて、さもありそうなネタをねつ造してはメモっているんですが、年度末の慌ただしさですっかり仕上げを忘れるんですね;本当にネンドマツってのは良いことは何もないクソ月間です。こういうときは腹いせに大きな買い物をするんですが、これも見送り(←残念なことに本当です;)

category: 時事・雑記

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W.サヴァリッシュ:シューマン 交響曲第4番(VSO ライヴ)  

シューマン 交響曲第4番、先日、サヴァリッシュ49歳、SKDとの演奏を聴いて、巨匠時代の演奏も聴いてみたいと思い、ライヴ盤を見つけた、2000年、ウィーン響とのライヴ録音でサヴァリッシュ77歳。しかし単純比較とはいかない意外な事態となった。

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ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ウィーン交響楽団、2000年6月


まず使われている楽譜が初稿版で、よく演奏される改訂版とはだいぶ違う、またウィーン響の演奏がドイツのオケとはまったく違う、弦楽はゴツくさくならず、ヴァイオリンの弓は馬の毛じゃなく、絹繊維か?と錯覚させるほど滑らか(実際馬の毛じゃないと弾けないでしょうが;)、そしてふくよかなヴィヴラート、今やウィーン・フィルにも聴けないような驚くほどウィーン伝統と言える古式床しいもので、序奏から耳を引く、また第二楽章のvlソロで一段とそれを聴かせる。
この初稿版はブラームスが優位性を見出し編集した楽譜だそうで、シューマンがいろいろいじくる前の最初に閃いた純粋性はあるかもしれない、ぐっと充実度を増した改訂版は通常版にふさわしい内容だが、初稿版には楽器の用法など何か物欲感のない気品のようなものがあり、捨てがたい要素が多分にある。サヴァリッシュがこのライヴで用いたのも、目先を変えた巨匠年代の遊び心だろうか?ウィーン響の持ち味も加わって、より過去の録音とは雰囲気が違う、過去と共通なのはサヴァリッシュらしいガッチリ整えた隙のない演奏、第三楽章スケルツォは過去と殆ど変りない感覚。第一楽章や終楽章の緊迫感やキレキレの力感は楽譜自体がそうなっている改訂版に求めるしかない。どちらかといえば、大いにサヴァリッシュ先生らしい過去のSKDとの録音が好きだが、当ライヴ盤には比較しがたい魅力がある。
録音はライヴとしては申し分なし、ベートーヴェンの交響曲「英雄」がカップリングされているが、これはあらためて。

category: シューマン

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