Micha クラシック&リュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

K.ベーム:モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」BPO盤  

モーツァルトの「ジュピター」って、誰それの演奏が良い、とかあまり気にしないのですが、ベームがBPOを指揮した旧盤はとても良いと記憶していました。中古ショップで見つけたLP、ほんとは右のジャケットが良かったんだけど、盤質で左の再版盤にしました。'61~'62年の録音だが、それにしても音質は古びた感じで、やや鮮明度に欠けるが、D.G.らしいサウンドでバランス的には申し分ない。

be moz sym41
カール・ベーム指揮
ベルリン・フィルハーモニーO
1961~1962年 D.グラモフォン


A面の40番はともかく、ジュピターがいい、
第一楽章から速めのテンポで覇気が漲る、BPOはびしっと一体化して総奏音が整い、鍛え抜いたような合奏力、壮年期のベームの厳格さが伝わってくる。強弱法もさほど深くとらず、か細い表現はない、各パートの掛け合いが立体的でtimpも強く押し出し、"鋼"のモーツァルトだ。
第二楽章、弦は弱音器を付けているが、それでも骨太に聴こえる、ヤワな表情は一切ない。
メヌエット、ジュピターにふさわしい、雄大さも持つメヌエット、ゆっくりめのテンポで格調高く聴かせる。
終楽章は対位法を見事に組み込んだソナタ形式、
moz ju
①ジュピターの動機を含め各テーマが多重で複雑な対位法で構成される、ジュピターの動機は音形を裏返しにした形でもよく現れる、展開部と次の再現部でも、一段と充実度を増し、コーダにおいても全てのテーマを総動員した多重フーガを聴かせて終わる。終楽章の充実、これはハイドンのパリセット82番「熊」に触発された作品とも考えられる、これに匹敵する作品は他に存在しなかっただろうし。
*ちなみにハイドンは曲の最後に反復記号があるが、モーツァルトはコーダを区切って反復の後に置いている、よって後半を反復してもコーダは一度演奏されるのみ。
ベームの演奏は第一楽章同様、快速なテンポと覇気、引き締まった合奏、これで十分。

category: モーツァルト

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W.サヴァリッシュ:ハイドン交響曲第94、100、101番  

ベートーヴェン、シューマン、ブラームスなどに目が行き、サヴァリッシュのハイドンは見送ってきたが、不覚にも今頃になってその素晴らしさに気付いたしだい;ざっと外観的に聴けば標準的だが、その標準的演奏を究極に磨きあげている。これはちゃんとしたシステムで腰をすえて聴かないと気づかない。
ハイドン交響曲でLP時代の都合か、短い提示部の反復まで省略した演奏が多々あったがライヴでも省略している指揮者がいる、この神経はいただけない。
カラヤンのやたら分厚い響き、バーンスタインのようなやや鼻に付く表情付け、巨匠的味わい、なんてものも要らない、余計な要素を全て切り取ったのがサヴァリッシュだ、研ぎ澄まされた感覚で曲の細部まで聴かせていく。そしてPHILIPS原盤の録音は理想的、耳に馴染む良いサウンドで各パートが詳細に聴ける。'61~'62年録音という古さは気にしなくてよい。
↓PHILIPS時代の表紙はマトモで良かったんだけど・・今はDECCA、サヴァリッシュ生誕90周年盤
sawa hay sym 94 100 101
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ウィーン交響楽団
1961~1962年録音


標準的、と書いたが、
94番「驚愕」の第一楽章だけは例外で演奏時間は7:56、もちろん提示部の反復ありで、他に例がない速さだが、これが普通と思えてくる、VSOのアンサンブルは緻密でこの楽章の器楽的なキビキビとした切れ味が非常に冴えてくる。2nd vlが対等に聴こえるのも効いている。
第二楽章、以下の楽章のテンポはまさに普通だろう、VSOの弦はいつもどおりしなやかな美音だが、あまり前面に出さず、びっくりffの所も極端でないのがいい、緩抒楽章も楷書的に整った感覚で最後まで丁寧に聴きたくなる。
メヌエットは程良く快活で重すぎない心地よさ。
終楽章、厳選されたような良いテンポ、音楽語法が明確で細部まで端正に聴かせる。
以前、LPも聴いたがこの「驚愕」は特筆もの。

100番「軍隊」、序奏はわりとゆったり、旋律美を聴かせるが極短ではなくダイナミズムが清涼で美しい、主部の動機にはスラーが付かないので、ランドン版ではないようだ、ここはメリハリがあったほうが好みだ、チャーミングな主題と堂々たるダイナミズム、この魅力を申し分なく聴かせる、木管の色彩が分離してよく聴こえる。
第二楽章、すっきりとした感覚、ホルン、木管が一際美しい、パーカッションは派手すぎず、良いバランス、信号ラッパは軍隊のラッパ手風ではなく、"上手いトランペット"として聴かせるがこの演奏にふさわしい。
メヌエットは典雅な味わいに引き締まった感覚。
終楽章、小刻みでキビキビした心地よさ、これも見事に決める。

101番「時計」、この序奏もVSOの清々しい美音で始める、主部もこのテンポしかない、というもの、音階的でキビキビした主題だけの楽章、ゴツくさく響く演奏がよくあるが、サヴァリッシュは絶品、強奏部でも木管が明確に浮かびオケ・バランスの取れた味わいを聴かせる。
第二楽章、はじまりはVSOの弦の味わいが良い、短調の強奏に入ってもバランスのよい響きで乱暴さがない、管パートが美しく浮かぶ。
長大なメヌエット、特徴的なところはないが、演奏も録音も端正なので申し分ない、金管やtimpが締める感覚が効いている。
終楽章、本当に適切なテンポ、サヴァリッシュらしい緻密な終楽章と言えば十分だろう。

全曲、模範演奏で模範録音だ、あとは「オックスフォード」を聴きたい。

category: F.J.ハイドン

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準惑星・小惑星  

ESAのロゼッタ、日本のはやぶさ、NASAのドーンなど、このところ次々と太陽系小天体の探査報告が続いています。今年の目玉は何と言ってもニューホライズンズが行く冥王星でしょう。

遠方に微かに見えるのと、現場へ行って見るのとは随分違います。この準惑星ケレスもハッブル宇宙望遠鏡が遠方から捉えた画像からは想像もつかない姿ですね、
ケレス
準惑星ケレス
左:ハッブル宇宙望遠鏡、右:探査機ドーン

ケレスは岩石の核を持ち、周りを氷が覆って、表面には土がかぶった状態と考えられています、特徴はクレーターが浅いこと、これは隕石が衝突した熱で氷が溶け、深く抉られたクレーターを埋めたから、と考えられるそうです。そういえば土星の衛星の一つレアも殆どが氷だそうですが、クレーターが浅い。
もう一つ面白いのは探査機ドーンが立ち寄った小惑星ベスタです、こちらは岩石が主成分だそうですが、自転の赤道とほぼ一致した所に複数の溝が取り巻いている、
ベスタ
小惑星ベスタ
想像するに、数十億年前、微惑星同士の合体で、ベスタが形作られた時、衝突の熱でベスタは溶岩状態、そのうえ高速自転していて、赤道部分が遠心力で膨らんだ、やがて冷え固まってきて、収縮した皺がこの溝になったのでは・・とか考えてますが(笑)どうなんでしょう?
ベスタ動画

ボイジャー1、2号以来、想像するのと、現実の差にも驚きました、太陽のような"恒星"は一部の例外を除いて似たようなものでしょうが、その周りを巡る惑星や小天体は非常に個性豊かであることがわかってきましたエンケラドスミランダトリトン、等々じつに個性的。
ニューホライズンズが送ってくる冥王星やカロンなどの衛星はどんな姿か、"思いも寄らなかった姿"のほうに賭けたいです(笑)カロンとの潮汐力で活動があるかも?
冥王星最接近は今年7月14日の予定、データが画像化されるまで日にちがかかるでしょう。

category: 科学・自然・雑学

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O.スウィトナー:ブラームス 交響曲第3番  

ブラームスsym No.3を続けます。
昨日のフルトヴェングラーとは打って変わって、といえる、オットマール・スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリンによる1985年の録音。
この第3番は勇壮な印象を与えながら、じつは非常に複雑ナイーブな曲ですね。スウィトナーはブラームスも清涼、透明なサウンドで各パートの見渡しが良い、それをD.シャルプラッテンの詳細な録音が捉えている。

sui bra sym3
オットマール・スウィトナー指揮
シュターツカペレ・ベルリン 
1985年

第一楽章は始まりからvaが行うように、シンコペーションが奏でられる部分が多く、
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全体が単純に拍子感が掴めない複雑な噛み合いをしている、1つのラインがあちこちのパートに飛び移ったり、こんな細かな仕掛けが隠れていたのか、と、漠然としていては気づかない内声の動きがある、まさに複雑な分子構造が有機的に繋がり合っている、これを指揮者は暗譜しているんだから並みの仕事ではない;スウィトナーは落ち着いたテンポで、無用なレガートを避け、節目を付けながら端正に進む。
第二楽章、弱音基調で弦は気体が漂うような響き、そこに木管の色彩感が浮かぶ、強奏部分でも"濃い"響きにしないが、内面的に熱い思いを掻き立てる。
第三楽章、これはもう涼やかそのもの、テンポもさらりとした感覚、中間部の最後、ppに入っていくところではぐっと集中させられる。
終楽章、普通のテンポだろう、急速に聴かせる意図はないようだ、弱奏の弦とファゴットの導入のあと29小節アウフタクトからの<fは金管、timpを含む強奏が相対的に強烈である、このスウィトナーらしい強音楽器にダイナミズムを委ねる響かせ方が良い、これは167小節のクライマックスでも見事。コントラバスのピチカートが深々と鳴るバランスも良い。各パートの仕組みがしっかり聴こえることによる緊迫感がある。第一楽章と同様、華々しく終わることなく、静かに終わるところがこの曲の特徴だが、スウィトナーはまさに繊細に引き付けて終わる。

category: ブラームス

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W.フルトヴェングラー:ブラームス 交響曲第3番(1949年 ライヴ)  

サヴァリッシュの正攻法なブラームス3番を聴いたあと、型破りな演奏も聴きたくなる、フルトヴェングラーのブラームス交響曲といえば、1番や4番は録音も多くいくつか聴いたが、3番はあまり記憶がない、長くしまい込んでいた第3番、1949年、BPOとのライヴ録音を聴く。しかし、このライヴ盤は聴衆の咳がうるさすぎる;復興途上の折り、人々の健康度が落ちていたのか?ちなみに咳が出やすい時に演奏会へ行く際はタオル地のハンカチを持っていくとよい、しっかり口に当てて咳をすればかなり吸音されて迷惑をかけない、もちろん感涙にも役立つ。

furt bra sym 3
ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリン・フィルハーモニーO
1949年12月18日、ティタニア・パラスト、ライヴ録音


フルトヴェングラーの3番、久しぶりに聴いて驚く、音楽にも速度制限があるなら、完全に違反だ(笑)クレシェンドとともにテンポを加速するのを正式にはアッチェレランドと言うが、私達はテンポを"巻く"とよく言う、強烈に加速する場合は"巻きまくる"となろうか。
第一楽章、早くも開始から12小節までにこの飛び道具を仕掛けてくる、が、序の口、15小節からは一旦緩め、穏やかな推移、大袈裟なほどの深いヴィヴラート、しかしフルトヴェングラーには必然である、室内楽的な味わいを聴かせる、提示部の終りのクライマックスに向けて再び巻く、この提示部が反復され、展開部へなだれ込む、キレそうなほど巻いて、やがてぐっと沈静化する、再現部も同様であるが、終結部の凄まじい巻きまくり、ここまでやるとは。
第二楽章、緩抒楽章の深く抉るような表現もフルトヴェングラーらしい、休符には長い溜めを置く。後半では弦楽の燃え上がるような響きとうねりが圧倒する。
第三楽章、ゆったりと始まるが、フルトヴェングラーはこの楽章でも早々と"巻き"を使う、緩急のコントロールはあくまで音楽の起伏に対し重力の法則に従うような自然なデフォルメである、後半はまた弦楽が驚くほど燃焼する。
終楽章、異様なほどゆっくりと始める、このあとどうなるかはご推察どおり、指揮者と楽員は一蓮托生、無類の爆演を決行する。この時代の息吹を聴くようだ。

category: ブラームス

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W.サヴァリッシュ:ブラームス交響曲第3番(VSO盤&LPO盤)  

先般、ウォルフガング・サヴァリッシュの古い録音、ブラームスsym第1番(VSO)のLPが思いのほか良かったので、他の曲も新、旧と聴きたくなりました。そこで今日は第3番、VSOとの旧盤とLPOとの新盤の聴き比べです。

交響曲第3番ヘ長調
まずは1961年、ウィーン交響楽団との演奏
bra sym 3a
time 9:05/8:56/5:55/8:21
全般に演奏時間からして、サヴァリッシュはやや速めのテンポを取る、
第一楽章は豪快に始まり、きりっと直線的に描く基調だ、ブラームスらしく、内声部がデリケートに絡んだ室内楽的な要素が多分にあり、大抵細やかな味わいの演奏になるところ、サヴァリッシュはそこもキッパリと折り目をつけ各声部を明確にする、いかにも"外科医"のイメージが湧いてくる。録音もそうしたところを詳細に捉えている。展開部も終結部もルバートは控え目で爽快に進む。
第二楽章、わりと速めで切れ目をつけ、表情は"淡々"と言うに近いが、この楽章の構成を丹念に聴かせるようだ。
第三楽章、第二楽章と同様、VSOの美音を聴かせながら表情付けは最小限に控え、それがブラームスの名旋律にふさわしい。
終楽章、速めのテンポでキビキビした感覚で通す、わずかにアッチェルランドも使い、<ff、あるいはいきなりffとなる箇所を切り立てる、ファンファーレ的にエネルギーを放つ167小節からのffはまさに思い切りよく炸裂、
bra sym 3 sc01
また167小節に至るまでの目まぐるしい"蓄積"がこたえられない。鋭角的に畳み込む痛快な終楽章として終わる。

続いて1991年録音、ロンドン・フィルハーモニーOとの演奏、
bra sym 3b
time 13:45/9:18/6:31/9:05 (第一楽章提示部は反復あり)
全楽章、VSO盤よりゆっくり(標準的くらい)となっている、VSO盤になかった熟年の練られた味わいの中に情熱が籠る。
第一楽章の冒頭2小節はあまり豪奏にせず、3小節からぐっと力感を入れる、この最初の懐深い手法が全体に活かされる、まさに奥行きの深い楽章だ。36小節からの穏やかな主題、clがpで入り、さらにppとなるところは微かなほどに押さえられる、
bra sym 3 sc03
また気づかないほどのアッチェルランドで展開部へ入り、内向的な気分と発散の対比を存分に聴かせる。
第二楽章、VSOとの演奏よりずっと柔和になり、息づかい、間の深さと微かな弱奏でぐっと引き込む。
第三楽章、思いのほか弱奏でじわっと開始する、ここも柔和だがしつこい粘りはなく、そういう意味で淡々とした味もあるが、思い切った弱奏で一際夢想感に引き込む。
終楽章、弦楽とfgによる開始はぐっと弱奏、そして28小節目、金管が<fで鋭く立ち上がり、強奏へ導入する、サヴァリッシュのエネルギッシュな演奏を予感させる、そして期待どおり、起伏の深い演奏で進む、167小節からのファンファーレは極めつけの炸裂、終結部は穏やかになり、最後には第一楽章の主題が静かに再現され、眠りにつくように長くritして終わる、
この終結でのtimpの弱奏も大切な音として聴かせる、
bra sym 3 sc02
このtimpは何を意味するのか、第一楽章の主題の入りでも連打されるが、静かな回想か・・

ちょうど30年の時を経た、サヴァリッシュ2つの演奏、いずれも外面的には強い個性は出さない究極の模範演奏かと思っていたが、VSO盤の気迫、LPO盤の熟練味、それぞれに究極の魅力を持っている。

category: ブラームス

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R.ドゥアット:ヴィヴァルディ「四季」  

その昔、コロムビアのダイヤモンド1000シリーズはおそらくクラシックに目覚めた若い世代によく売れたものと思いますが、中古ショップであまり見かけないのは、聴きまくられて盤状態が良いものが残っていないせいかもしれません?またダイヤモンド1000一覧を見てみると、今でも聴いてみたいような演奏者の顔ぶれもあるし、これはべつにいいか、というのも(笑)見られます、また結構マニアックな曲目もあります。その後CD化されたものは少ないようで、先日のB.パウムガルトナーのハイドン交響曲など珍しい。
今日はダイヤモンド1000の実物です。ローラン・ドゥアット指揮、スイス・イタリア放送合奏団のヴィヴァルディ「四季」、vlはルイ・デ・コム、

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ローラン・ドゥアット指揮、スイス・イタリア放送合奏団
ルイ・デ・コム:ヴァイオリン
ルチアーノ・スグリッツィ:クラヴサン
MUSIDISC-FRANCE原盤
ジャケット:リヒテンシュタイン、ファドー城


じつはこれと同じジャケットで中身だけリニューアルされていて、先代の盤はヘルマン・クレバース:vl、マリヌス・フォーベルベルク指揮、アムステルダム室内Oによるものでした、私にとっては次代のドゥアット盤が擦り込み盤なわけで「ヴィヴァルディの四季ってどんな曲?」なんて頃に聴いたものです。
このジャケットの風景写真が良かった、残雪の山々をバックにひっそりと古城があり、手前のフォーカスから外れた花の色彩が心地よく春らしい、これが中身の音楽と良く合う。
録音年は不明だが、少なくとも半世紀近くは過去のもの、40年前、兼価盤で出ていたんだから;しかし思ったほど古くない、昔使っていた簡易ステレオ装置では聴けなかった音が拡がる、高域が強めの録音だが爽快なサウンドで嫌味がない。
演奏は昨日のレーデル盤とは対照的で、レガート基調、ルイ・デ・コムのvlは「四季」のソネットに沿った描写を聴かせ、遊び心がある、バックの合奏は強弱の対比を深くし、弦楽シンフォニーといったところ、確かにヴィヴァルディは交響曲の祖かもしれない。またチェンバロのルチアーノ・スグリッツィが今日の通奏低音とは言えない、この時代らしい演奏だが聴かせどころを作っている。当時のベストセラーだったイ・ムジチ盤よりずっと楽しめると思う。

category: ヴィヴァルディ

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K.レーデル:ヴィヴァルディ「四季」  

新しい録音とおもいきり古い録音、この対極を聴くのも面白いです。
昔の千円盤シリーズで、エラート1000、バロック音楽の宝庫だったこのレーベルはアルヒーフのような学識張ったところはなく、旧録音が次々と兼価で出て、白地の中央に名画をあしらったジャケットに親しんだ人も多いでしょう。とは言え、エラート1000シリーズ一覧を見ると、ハルモニア・ムンディも顔負けのようなマニアックなラインナップでもある;
クルト・レーデル指揮のヴィヴァルディ「四季」もかつて集めた1枚で懐かしい。私が2番目に手にした「四季」です。(1番目はラテン系団体の演奏でしたが、これは後日;)

レーデル 四季
クルト・レーデル:指揮
ミュンヘン・プロ・アルテ室内O
オットー・ビュヒナー:vl


今の古楽演奏から見れば、真っ向から聴けるものではないが、これも演奏史のひとつ、録音はステレオだが歪み感もややあり、かなり古いようだ、'50年代かも?特徴はまさにドイツ的な語り口のヴィヴァルディでミュンヒンガーとはまた一味違う。テンポは急楽章で速すぎず、ほぼインテンポ、音符の1つ1つを明確に聴かせる、緩抒楽章では遅すぎず、ソロvlが装飾らしきことを行う、といっても今日のような古楽研究に基づいたものとはだいぶ違う、即興性を帯びたものでなく、かっちり作り込まれた感覚、ときにロマン派のvl曲にも聴こえる;奇妙にも感じるが何も芸がないよりはマシか?これも一興。特に興味深いのは「秋」で第一楽章のくっきりリズムを切り立てた感覚、第二楽章にはソロ・パートもないところなので創作したソロが際立つ、終楽章もテンポは速くせずに切り立ったリズムで演奏。
全曲、オットー・ビュヒナーの堅実なvlソロで整然として、スリリングなルバートとか、戯れる要素は一切ない、「冬」の開始など武骨なくらいだ。

category: ヴィヴァルディ

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B.パウムガルトナー:ハイドン交響曲第103&100番  

ハイドン「太鼓連打」開始のtimpの即興演奏もそろそろ飽きてきた頃、あのT.ファイも特に変わったことはしていない、これも演奏史の流れでしょうか。
今日は古い録音で、かつてコロムビア、ダイヤモンド1000でLPが出ていた、ベルンハルト・パウムガルトナー指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカの演奏で「太鼓連打」と「軍隊」です。私がこれらの曲を初めて聴いた擦り込み盤でもあります。残念ながらLP盤は見つからないのでCDで聴きます。B.パウムガルトナーはB.ワルターに学び、またカラヤンの師匠だった人です。

ところでこの「太鼓連打」の始まりはpp<>が正しいのか、ff>が正しいのか?じつはハイドンの草稿には表情指定は何も書かれていないそうで、どちらとも言えない。pp<>となっているのは18世紀の出版譜に書かれていて、それが引き継がれてきただけであり、ロビンス・ランドンは時代考証からff>が正しいと主張したとのこと。解説によれば録音当時は知れ渡っていた情報でB.パウムガルトナーも知っていただろうが、pp<>のほうが音楽的であることから、あえて旧版の楽譜を選んだらしい。
パウムガルトナー hay
ベルンハルト・パウムガルトナー指揮
ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ
1960年録音 ザルツブルク、モーツァルテウム

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交響曲第103番「太鼓連打」
先述のとおりtimpはpp<>、序奏はゆっくりじっくり、主部もかなりゆっくり、チェリビダッケと同じくらいか、オケはあまり上手い感じではない、リズムを切り立てた重厚な演奏は武骨、しかしそれが何とも言えぬ良い味なのだ、また以前レビューした聴きたいパート:ハイドン交響曲No.103で、N.マリナー盤でしか聴けなかった1st vlの動きがこの演奏でもはっきり聴きとれた、これは良い!
メヌエットも擦弦が鋭くゴツくさいが、これが不思議に良い、トリオは旧版では弦が主体でクラリネットがソロで使われない。
終楽章もかなりゆっくりホルンが始まる、しかし何とも長閑というか、このテンポにはまってくる、パート間が凌ぎ合うような明快さと強奏の力感、スマートにまとめるカラヤンより、親方のほうがいい^^

交響曲第100番「軍隊」
序奏はそんなに溜めを入れない普通の感じ、しかし主部に入るとこれまたゆっくりめで、良い意味で武骨だ。ランドン版では第一主題の始まりにスラーが付いていて、レガートを指示しているが、
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交響曲第100番、第一楽章 主部
それも取っ払い、たどたどしいほどの表現にはまってくる、再現部から終結までは大いに盛り上がり、楽しませる。
第二楽章は意外にさらりとした表情、ただし鳴りものは盛大。
メヌエット及び終楽章は「太鼓連打」と同様の味わいだ。
これほど武骨で灰汁のある演奏で魅力に感じるのは現代では皆無と思われる。このあと聴いたのがO.スウィトナーの100番だったが、こちらはスウィトナーらしい爽快な演奏で対極的、こんなに違いが出るものかと驚いた;

category: F.J.ハイドン

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C.ホグウッド:ヘンデル 水上の音楽  

水上の音楽って過去に取り上げたのはA.ヴェンツィンガー盤(ARCHIV)と昨日のターフェルムジークO盤(SONY)のみで意外と少なかったです。今日は1978年録音のLP、ホグウッド盤(L'OISEAU-LYRE)です。

hog han water
クリストファー・ホグウッド指揮
エンシェント室内O


この録音では通常演奏されるホルン組曲f-dur、トランペット組曲d-dur、フルート組曲g-durに加え、初稿で書かれた曲でじつはトランペット組曲の1、2曲目となるアレグロとアラ・ホーンパイプの原曲も収録されている、これらはtrpが入らずホルンのみなのでf-durで書かれている、弦の活躍する部分が多かったが、より屋外向きにtrpが入る明快な曲に編曲されたそうで、原曲のほうは室内的で繊細な要素が多く捨てがたい魅力を持つ。ここはさすがホグウッドらしいアカデミックな楽しませ方。針を下ろせばしっくりと耳に馴染むサウンドで味わい深い。
昨日のターフェルムジークO盤の大らかさに対し、こちらは程良く引き締まった感覚、ホルン組曲序曲の活き活きと始まりから心地よい、フルート組曲ではN.ノースとJ.リンドベルィがテオルボで弾く通奏低音が聴きどころ。トランペット組曲でのM.レアードのバロックtrpが上手い。

category: G.F.ヘンデル

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J.ラモン:ヘンデル 水上の音楽  

ヘンデルの水上の音楽は明快で概ね主旋律とバス旋律で構成され、あまり手の込んだ書法はなく、速筆で書かれたような音楽に思える、しかしそれで十分、速筆的でこそヘンデルらしいウィットがあふれ、魅力である。王の舟遊びに随行する音楽だとすれば、あまり集中しなくて楽しませる音楽がふさわしい。
古楽団体のCDはいつの間にか増え、演奏内容に特に抜きん出たものはなく、似たり寄ったりだが、ジーン・ラモン率いるターフェルムジーク・バロックOの演奏はあまり練りすぎた感がなく、各奏者の手腕をもってさらりとまとめたような即興感が良い、普通に活き活きと演奏するのが一番だ、そういう意味でターフェルムジーク盤は一番。そして録音の鮮明度がプラスα、ファゴットのキーのカチカチいう音まで明確な方位で聴こえる、クリアかつ爽快な録音。

handel water

他にはパーカッションを加えたり、リピートで楽器を替えたり、いろんな工夫を加えた演奏もあるが、特段、新鮮な聴き応えにはなっていない。
1枚のCDに水上の音楽全曲と王宮の花火の音楽が入ったものが多いが、いっそ"花火"は別にして、水上の音楽の別バージョンとか、装飾パターンを変えた演奏、あるいは奏者を多人数にした屋外的な録音を追加したり・・そんな音盤が出れば興味湧くかもしれない。

category: G.F.ヘンデル

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J.コーエン:ハイドン 協奏交響曲、モーツァルト ob協奏曲 ほか  

Hyperionの新譜を買うのは久しぶり、期待の新盤が出ました、ジョナサン・コーエン指揮する、英国の新鋭ピリオド・オケ、アルカンジェロです。曲はハイドンの協奏交響曲、モーツァルトのオーボエ及びファゴットの為の協奏曲、と楽しみな選曲。
時計の歯車らしい表紙のデザインが意表を突く、4つの歯車にソリスト4人の名が印字されていて、何だか意図は伝わってくる。確かに演奏は精密な腕前だが、機械的というわけじゃない、むしろ、人の手が入っていない健康な自然界を連想させる。

hay moz con02
hay moz con

ハイドン 協奏交響曲変ロ長調 Hob.I:105
過剰な力を抜き、澄んだ水に活きのよい魚が飛び跳ねるような、音楽的生命感が込められる。古い演奏のような、ただ拍子に乗って時計的に時間を流す感覚はなく、最小単位の躍動を掴みながら繋がっている、細かく聴けばそれに応える。
第一楽章、前奏の力感、引きしめが絶妙、vlソロは美音といい装飾演奏といい申し分なし、vcもヴィオラ・ガ・ガンバを思わせる雅びな音色、obとfagのデリケートな表現も耳を引く。
第二楽章、4つのソロをじっくり味わうが、vlがリードしながら、声の代わりに楽器で対話するようだ、終楽章へ移る前、および入ってから、vlのレチタティーヴォがある、本当に何らかの台詞が込められているような、ちょっと謎があって好奇心そそられる演奏だ。

モーツァルト オーボエ協奏曲ハ長調 K.314/271K
この曲のバロックobによる名演を聴いた憶えがないので貴重である。滑舌なモダンobに対し、バロックobはかなり素朴だが、その特徴(癖)をこの楽器の音楽語法に有効に変えて味わい深い。ソロobは古式にのっとり、前奏から演奏される。
第一楽章の前奏が始まった2小節目で2nd vlに、続いて4小節目でvaに入るちょっとした音節、
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これがあるとないとじゃ大違いで、ぐっと楽しさを増す・・誰でもこれくらいするだろう、1st vlと平行だけじゃ芸が無さ過ぎ;
またコンチェルトはソロの入りも肝心で引き付けどころ、この曲はパッセージで始まりすぐに長い音を引いて聴かせる、この斬新さも他に例がないもの。この演奏では入りが心憎いような捌き方、流麗な装飾も魅力。
第二楽章は満たされないものを満たすような素晴らしい音楽、フルートの場合、響きがぴったりだが、バロックobは素朴な語り口で、このキャラクターの違いが、また別な角度から感動させられるようだ、とにかく曲がいい。
終楽章はバロックobにとっては難しそうなパッセージがあるが、滑らかに聴かせ、さらに装飾で魅了する。

モーツァルト ファゴット協奏曲変ロ長調 K.191/186e
古典派の純粋なアイテムで構成された感じで、ハイドンの作品と血統の違いを大きく感じない親しみ易さもあり、好きな曲だ。
第一楽章の前奏と終結で出てくる第二主題はモーツァルトらしく洒落ていて華を添える。ハイドンの協奏交響曲で大いに期待させたバロックfagのソロ、朗々と演説、じゃなく、人の声に近い音域でまさに話しかけるようだ。モダンfagじゃこの味は出ないかも?
第二楽章はバックのオケが充実した支えをしているのが良い。
終楽章、ロンド、テンポ・ディ・メヌエットはよくありそうなテーマだが、間奏部分はソロも含め凝っていて引き付ける、最後はロンド・テーマを変奏する部分も聴かせる。

category: モーツァルト

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T.ピノック:ハイドン交響曲第45番「告別」  

古典派の短調交響曲と言えばモーツァルトの40番が代名詞のような存在だったが、旋律の親しみ易さからポピュラー音楽にも編曲されるほど気軽に扱われ過ぎ、演奏史の垢がマイナスに働いているかもしれない。ハイドンの「告別」は昔初めて聴いたとき、そんな弊害もなく、とても鮮烈に魅力を感じた、数十年経った今もまったく変わらない。曲の始まりが、主和音を下降するだけという単純な動機が快速な伴奏に乗っただけのものだが、これに不変の力がある。
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ピノックの演奏は以前レビューした、"聴きたいパート:ハイドン交響曲No.45"の最も良く聴ける演奏でもある。

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トレヴァー・ピノック指揮
イングリッシュ・コンサート
ハイドン 疾風怒涛期の交響曲


交響曲 第45番嬰ヘ短調 Hob.I:45「告別」
第一楽章、アレグロ・アッサイ、近年は急速で切れ味たっぷりの演奏が増えている中、ピノックは過度に急速にせず、緻密に内容を聴かせるのが良い。展開部の最後に出る第二主題は再現部への間奏のようで、再現部がさらにハイドンの非凡な閃きを見せる、事実上、疑似再現と第二の展開部?のようだ。
第二楽章は疾風怒涛期らしい安らぎと瞑想へ誘い込む、イングリッシュ・コンサートの美音の聴かせどころ。
メヌエットは一息付かせるような、平穏な気分で始まるが、やや第二楽章を引きずった趣きもある、終止音にならず終楽章へ続く、
終楽章プレストは十分快速、同時にくっきり整える、この展開部も短いながら魅力だ。続くアダージョはあまり遅くしすぎず、この部分の狙いに沿ったような、淡々とした面持で美音を奏でる、楽器が減っていくが、それがかえって引き付けていく。

category: F.J.ハイドン

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T.ピノック:ハイドン 交響曲第51番  

古楽オケによるハイドン交響曲の音盤は随分聴きましたが、T.ピノックのアルヒーフ盤ほどきっちりと仕上がった感覚の録音物は他に思い当たりません。微塵も綻びがない、一流テーラーが仕立てたスーツみたいな?さすが老舗アルヒーフ。

6枚のセットは新譜当時と同じカップリングで必ず1曲は副題付きで人気の取れそうな曲になっています。もし1枚に38番、51番、65番、なんて集めたら、よほどの通でないと買わないでしょう;今日はCD4に入った51番です、これも傑作ながら副題がないため損をしているかもしれない、ホルンの名人芸も聴けるのに。

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トレヴァー・ピノック指揮
イングリッシュ・コンサート
1989年


交響曲第51番変ロ長調 Hob.I:51
第一楽章Vivace、活気のある動機で始まり、消え入るように提示部を終わる、展開部は第二主題で始まり、斬新に引き付けておきながら煮え切らず、冒頭の第一主題に戻ってしまう(108小節)が、こんな簡単に終わるはずがない、偽の再現だ、
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さすがハイドン、仕掛け方は上手い、このあとが展開部本番で大いに魅了する、再現部も凝っていて期待に十分応える。
第二楽章はきわめて穏やかな曲相の中でホルンの記録的最高音から最低音まで、超名人技が要求される、当演奏のナチュラル・ホルンの上手さはこれ以上ないほどと言える。
メヌエットはトリオが二つ置かれているのが珍しい、第二トリオは再びホルン・ソロ、今度はパッセージの切れ味が聴かせどころとなる。
終楽章、いかにもロンド主題らしいが結構メロディックな主題で味がある、ユニークな間奏を挟み、ホルンも大いに活躍して終わる。

category: F.J.ハイドン

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W.サヴァリッシュ:ブラームス交響曲第1番(1961、VSO)  

エアコン要らずの5月らしい一日、リュート・レッスンに桑名まで出かけました、こんな日はドライブも心地よいv

今日もfontana盤です;中古セールで目に付いた1枚、1961年録音、W.サヴァリッシュ指揮、ウィーン響によるブラームス交響曲第1番、何度となく兼価盤で出ていた記憶だが、ずっと見送ってきたもので、今回何となく良さそうな予感がして購入。

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ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ウィーン交響楽団 1961年


針を下ろしてPHILIPS原盤サウンドの充実感に満足、以前レビューしたB.ハイティンク指揮のハイドン交響曲のLPを思わせる秀逸なもので、バランス・エンジニアは楽譜を見ながら全てのパートが詳細に聴こえるように仕上げたのではないか、と思える名録音。総奏の中で弱音で奏でる楽器も浮び上ってくる、デジタル期の新盤を凌ぐ内容だ。甲高くもなくデッドでもない、潤いと厚みをもったPHILIPSらしいサウンド。(名演とされる、K.ザンデルリンクやK.ベーム&VPOの録音は響きがやや薄くて不満だった。)
中堅時代のサヴァリッシュは堅実そのもので全楽章何の違和感もなくスッキリと聴かせる、そしてウィーン響の演奏が味わい深い、第二楽章のコンマスのvlソロでその特質がピックアップされるが、優しさを帯びたヴィヴラート、これが合奏ではじつにしっとりしなやかなサウンドになり今も昔も変わりない。フルート等も同質で好ましい。ただしツーンと響くウィンナ・オーボエはクラリネットと同様、ノン・ヴィヴラート奏法だ。
第一楽章主部の78小節2拍目のように、短くずっしりとリズムを強調する箇所が多々あるが、引き締めると同時に心地よい余韻のような響きも聴かせる一瞬の上手さが魅了する。第二楽章はまさに弦の魅力を存分に聴ける。続く楽章もまったく隙のない完成度で聴かせる。サヴァリッシュのブラ1はN響、LPOもあるが、当VSO盤が一番気に入ってしまった;

ヴィヴラートは何のために入れるか、古くはバロック期、当時はピュア・トーンが基調でヴィヴラートは装飾音の一つ、特に印象づけたい音にトリルほど目立たず穏やかに装飾する、揺らし方は適宜変化する、といったものでしょう、近代のヴィヴラートは人間的情感を込める意味であるのでしょうが、気合いや力感を込める効果もあるでしょう、あまり強調されたヴィヴラートは痙攣にも近く音程を曖昧にして、あまり好きでないが、VSOやVPOの伝統的奏法は常に優しく音を揺らし、嫌味がなく好ましい。

category: ブラームス

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フルトヴェングラー:ベートーヴェン交響曲「英雄」1944  

フルトヴェングラーの取り上げるベートーヴェン交響曲といえば圧倒的に奇数番が多いです、当然これらが可燃性の高い曲だからでしょう^^晩年近い録音ほど状態は良くなってくるものの、フルトヴェングラーらしい熱気が醒め気味なのが残念。先日の中古セールで見つけたfontanaレーベルのLPは1944年、フルトヴェングラー壮年期でVPOと放送のために録音した音源だそうで、その後1952年にVPOとセッション録音されたEMI盤よりも期待できそうです。

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ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーン・フィルハーモニーO
1944年


完成度としてはEMI盤が上なんでしょうが、fontana盤のフルトヴェングラーは古いながら聴き応えのあるものが出ていました。今回の「英雄」は思いのほか録音も悪くなく、VPOの美質もよく伝わってくるし、景気良く火をつけます。

ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」
第一楽章、長くて起伏の多いこの楽章はフルトヴェングラーのためにあるような曲だ、芸風が炸裂、キレたようなスロットルの踏み込み、減速が曲の進行によく同調し自然である、EMI盤の全てがセーヴされた模範演奏的な内容とは大違い、展開部や終結部でのアッチェルランドに伴う爆撃的ダイナミズムに圧倒される。
第二楽章はきわめてゆっくり、コントラバス群の地の底から唸るような響き、フーガ部分では壮絶感の極み。楽章は中ごろで切れ、B面に続きが入っている、演奏時間からしてカッティング配分はいたしかたない。
スケルツォは予想どおり、切迫感とダイナミズムで攻めてくる。
終楽章、変奏曲だけに、その場ごとにフルトヴェングラー極めつけの技を存分に聴かせる。
これは何気なく買って良かった名盤。

もちろんEMI盤にも違った意味での価値がある。
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1952年録音、EMI盤

ところで当盤のジャケットにはリハーサル風景らしい写真が載っている、フルトヴェングラーといえば厳めしい顔しか憶えがないが、こんな写真は珍しい^^
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category: ベートーヴェン

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T.ピノック:ハイドン 交響曲第49番 "ラ・パッシォーネ"  

昨日、今日とよく晴れ暑すぎず五月らしい陽気でした、さすが大陸側の高気圧、連休最後は心地よくて何より。

今日はトレヴァー・ピノックのハイドン疾風怒涛期の交響曲集から49番。
さすがピノック、特異な表現はなく常識的、音楽的に求めたいことはしっかり聴かせ、純粋にハイドンの魅力が伝わってくる。端正にまとめるだけじゃなく結構情熱的。弦楽の上手さ、味わいも際立つ。交響曲全集を作ってほしかった指揮者の一人だが、難しいだろう、大変な企画だし、ホグウッドも中断した。ピノックはこれらCD6枚の疾風怒涛期の演奏に集中した名演で完結している。良い内容を持ちながら人気のなさそうな作品も拾っているところがいい。

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トレヴァー・ピノック指揮
イングリッシュ・コンサート
ハイドン、疾風怒涛期の交響曲集


49番ヘ短調Hob.I:49 "ラ・パッシォーネ"
第一楽章はハイドンの最も悲痛な面持ちの楽章だろう、イングリッシュ・コンサートの弦のこの上なく滑らかでスッキリとした響き、しかし淡々とした表現じゃなく、弱奏の弓の半摩擦な音までしっかり聴かせ、運弓の奥行きの深さを感じる。そして総奏に入ると管が加わった感極まるような響き。
第二楽章、極端ではないが快速で闊達、バスとオーボエが重なった力強い始まり、ピノックは1st vlの主旋律に対し、小刻みな内声とバスも強めに響かせ、切迫感を出す。まさに内声とバスが強弱法を主導して、快速な中で緻密にコントロールする、一例で提示部の終り、pで来て46小節からfとなるが、その前の小節からぐっとcresc.する、
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これが予兆的でツボを突いたような強弱推移で迫る。速い楽章は一瞬が勝負だ。この楽章でも弦の運弓の味わいが十分聴き取れ、魅了する。
メヌエットは39番と近似した悲哀的な主題で対位法的な要素も入り厳格な雰囲気も持つ、トリオは穏やか。
終楽章、ここでもピノックは端正さを崩さず、パッションを極める、強奏での弦のトレモロ奏法がキビキビと切れ味よく前に出て肉迫する、各パートを立体的に聴かせる録音も助けになっているだろうが、活き活きとしたこれは最高の49番だ。

category: F.J.ハイドン

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縫もの2  

リュートのストラップを作って以来、近くの手芸用品店はけっこう覗くようになりました。意外と男性客が少なくないんですね。品々を見ていると、アレに使えるんじゃないか、とか思ってこまごま買うんですが使わずじまいが多いです;

先日、お古のGパンをちょん切ってハーフパンツにしましたが、どうも切っただけという感じだし、縫い線もきれいじゃない、ということで、

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上から淵飾りを縫い付けてごまかすことにしました、一石二鳥・・かな?;

category: 趣味のハンドメイド

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ポール・モーリア:グレィティスト・ヒッツ30  

昨日、GW恒例の中古ショップ合同セールに行ってきました。栄も込み合ってましたが、息子と出かけ、通り道のきしめん屋で食事して帰るのがいつものパターンです。昨日は聴かない盤を下取りしてもらうのがメインでLP約25枚、重たいのを持って行きましたが全部引き取ってくれたので帰りは楽でした。目ぼしいのがあったら、と合同セールを覗きました。割高の外盤コーナーには目もくれず、180円~350円の格安盤コーナーのみ物色、とても懐かしいジャケットを見つける、R.クーベリック指揮、ロイヤル・フィルハーモニーO、ベートーヴェンの「田園」(セラフィム盤)、私が初めて買ったクラシック・レコードです・・が;;
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記念盤を見つけただけでいいや、と帰宅して中身を出してみると、PHLIPSの青レーベル!?
何とポール・モーリアのグレィティスト・ヒッツ30が入っていた!;
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取扱店のミスでしょうが・・ま、これでもいいか、という気分;;これもある意味懐かしい、「エーゲ海の真珠」など初めて聴いたときはいい曲だと思ったし、「オリーブの首飾り」、「シバの女王」等々、いつも様々な場面でBGM的に聴き流してきたが、あらためてLP盤の肉厚な響きで聴いてみると、ちょっと感動的でもある。さすがムード・ミュージックの帝王、これはちょっとした拾い物で、得体の知れない取違え盤じゃなくて幸運だった。
本当はこんなジャケットのはず、 
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ポール・モーリア指揮、グランドO

ここに「アルビノーニのアダージョ」をカップリングしても違和感ないでしょうね、T.ジャゾットが書いた曲でアルビノーニはまったく関係ないそうですが、明らかに現代ムード・ミュージックであり、昔のバロック・ブームも似たような感覚でした。

category: 歌謡・ポップス・etc

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T.ピノック:ハイドン 交響曲第46、50番  

80年代後半、CDがすっかり普及した頃、ピノックがアルヒーフに録音するハイドンの疾風怒涛期交響曲の新譜が出るのを楽しみに待ったものです。古楽器オケによる疾風怒涛期というのがまず楽しみで、ピノックは期待外れの奇妙な演奏を聴かせることは一切なかった、誰にでも親しまれやすい客観性が一貫してあるようです。極力、手を加え過ぎるのを避け、作品の純粋な魅力を活き活きと放ち、2015年の今でも色褪せることがない。いろいろ聴いてピノックやホグウッドに回帰してくるんですね。
アルヒーフの当シリーズの録音は雑味感のないクリア・サウンドで、オーディオ的にも一際味わえるのが嬉しい。一部持っていたが、結局全集を取り寄せ;今日は46番と50番です。

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トレヴァー・ピノック指揮
イングリッシュ・コンサート
ハイドン、疾風怒涛期の交響曲集


46番 ロ長調 Hob.I:46
第一楽章、動機は44番の動機を裏返しにした形で明るく始まる、しかしただのスピンオフ的な曲ではない、44番に負けないほどの内容で、短調に向かう第二主題が印象深く、疑似再現を聴かせたあとの展開が見事、ベートーヴェンのコリオラン序曲を思いだす部分もある、ピノックのくっきりとした演奏は申し分なく、左右に配置した1st、2nd vlがより立体的に聴かせる。
第二楽章は静謐な魅力の緩抒楽章だが、これをシチリアーノのリズムに乗せるのが一味違う。
メヌエット、ごく馴染みやすいメヌエットに緩抒楽章的なトリオが雰囲気を変える。
終楽章、躍動的な主題で疾走して引き付け、ホルンの活躍も聴きどころ、展開部も魅了してやまない、何故か突然メヌエットが戻ってきて意表を突く、終結も意外な手法で驚かす。

50番 ハ長調 Hob.I:50
これはピノックの演奏で最初に親しんだ曲。
第一楽章、序奏は付点リズムでフランス趣味、主部の主題はいずれも簡潔で小気味よい、trp、timpが入るにふさわしい活気をもつ。また低音が休みで1st vlが軽やかな主題を奏で、内声も軽やかにリズムを入れるところが心地良い、
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構成に凝り過ぎず、シンプルな味わいに徹するのがこの楽章の魅力。
第二楽章、常に1st vlとvcがオクターヴユニゾンでじわりと響くのが独特でいつもと一味変える、イングリッシュ・コンサートの磨かれたような弦が味わい深い。
メヌエット、装飾的な切れ味を含む活気の良さ、明晰な録音でtimpの古楽器らしい響きがどっしり味わいよく聴こえてくる。
終楽章、爽やかな開始、展開部など構成的な聴き応えは第一楽章の上を行く感じだ、ここでもtimpが祝祭的に打ち鳴らされる。

category: F.J.ハイドン

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