Micha クラシックとリュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

N.アーノンクール:ハイドン 交響曲No.87  

N.アーノンクールの演奏で、今日はハイドンのパリセットより第87番を聴く、まず、このDHMの録音が素晴らしい、S.クイケンのロンドン・セットと同様、ピラミッドバランスのHiFi仕上がり、重量感のある低域に細やかな高域が乗り、強奏は音圧十分で耳喧しくない。
87番はパリセットの中で派手な存在ではないと思っていたが、じつに侮れない充実した書法で聴きどころは十分、アーノンクールはこの曲にベートーヴェンさえ凌ぐ力を感じさせる。
イ長調という調性も、どこか吹っ切れた型破りの曲に多い気がするが、これもハイドンが鬼才に思えてくる。

har hay sym 87
ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

このCDのライナーノーツには"ハイドンの「パリ交響曲集」についての作業メモ"と題されるアーノンクールの手記訳文が載っていて、意味が掴めない部分もあるが、型どおりの解説文よりずっと興味深い、まるで演劇の場面推移になぞらえたような?

―引用、87番について―
めずらしい調性、極端な物語、全く異常な形式!
第一楽章、ドラマと硬直、27小節ではエスプレッシーヴォ、37小節には暴力(ホ長調)。47小節では「この暴力に対して私は何をすべきか?」展開部は次第に激しく劇的になる。再現部の前で全く迷ってしまう(107-130小節)。
第二楽章、豊かな和声に支えられた壮大な情感の物語。コーダの前(86-97小節)で木管楽器のコンチェルタント。
第三楽章、何というものをハイドンはメヌエットとして提供したことか!奇妙で表現意欲に満ちた舞曲であり、まさに「ホフマン的」なトリオがつけられている。
第四楽章、終楽章は、小さく執拗な反復を数多く伴い、同時に並み外れた響きの遊戯と転調を伴うロンド。


ということだが、第一楽章などスコアを見ながら聴いていくと、確かにその意図が伝わってくる。メヌエットや終楽章も同様。
アーノンクールはスタッカートの付いた音を事実上殆ど繋がったレガートにしたり、音が毛羽立ったようなスタッカートにしたり、消化し尽くした上での変更であろうが、各主題の表情が舞台俳優が放つセリフのように思えてくる。聴き手は術中にはまり、いつの間にかアーノンクール伯爵の共謀者にさせられる;これは様々な曲で聴き方のヒントになりそうだ。
関連記事

category: F.J.ハイドン

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://micha072.blog.fc2.com/tb.php/1079-1f718b23
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター