Micha クラシック&リュートの楽しみ

クラシック音楽とリュート、自然・科学の話など

ハイドン オラトリオ「天地創造」  

いつの時代でも、この世界はなぜあるのか、いつ出来たのか(永劫の過去からあったのか?)という素朴な疑問は誰にもあるでしょう。また地球という極めて稀な楽園があることに感謝せねば、という思いも共通でしょう。ハイドンのオラトリオ「天地創造」は素晴らしい音楽効果をもってそんな思いを描いていると思います。
公開初演は1799年、また1808年、ハイドン76歳の誕生日を祝う演奏会ではA.サリエリの指揮で行われたそうです。

旧約聖書とミルトンの「失楽園」をもとに芸術の庇護者でも名高いG.van.スヴィーテン男爵が台本を担当、宇宙の誕生、生物の誕生、人間の誕生の3部になっていますが、単に神話的に書いていたわけではないでしょう。古典派時代というとだいぶ昔と錯覚しそうですが、すでにアイザック・ニュートン(1642-1727)はハイドンの生れる前の人であり、同時代人にはウィリアム・ハーシェル(1738-1822)の名があがってきます、そんな頃で宇宙や科学に関してもかなり進んだ知識のあった時代です。「天地創造」のストーリーもよく見れば、概ね現代の宇宙論や生物進化論にも重なるように思います。ちなみにハーシェルは天王星の発見や銀河系の拡がりを観測で掴んだことで有名ですが、本業は音楽家でハイドンとも親交あり!オーボエ奏者や作曲家としても活躍、ハーシェルの交響曲も聴いてみたいですね^^

第1部、さしずめ序曲に当たる「混沌の描写」は宇宙開闢前の"無"の状態、宇宙が生まれそうで生れない真空のゆらぎのようにも感じます。「光あり!」の大合唱はビッグバンを連想せずにいられません^^しかし「混沌の描写」は素晴らしい、長調とも短調とも着かない前衛的な音楽で、未知への神秘感は現代と同じ、それがハイドンらしい古典美の枠に収まっている。第1部は大地が植物で満たされるまでを描く。

第2部からは水の中に動物が満ち溢れる様子から描かれます。まだ人間は存在しないので、すべて天使達によって語られる。宇宙誕生同様に難しそうなのが生命誕生です。細胞が先か遺伝子が先か、という問いがあったとすれば、"同時"じゃないと生命はあり得ない、生命体と遺伝子はセットでしょう。ハーバード大学のJ.ショスタク教授らのチームは太古の地球環境を想定した実験で、単純な有機物(脂肪酸)の集まりが球形の膜を作り、同時に内部にコピー機能を担う核酸を作った、エネルギーを与えてやると、自己複製を作った、という生命発生と思われる再現に成功したそうです。これが本当に生命と言えるかどうかは置いといて、生命に向かうような化学反応は条件が整えば当たり前のように起こるようです。これからすると、惑星(又は衛星)がハビタブル・ゾーンにあり、水と有機物があり、生命誕生に必要な幾多の条件が"偶然"揃えば、生命の発生は"必然"として起こるということに・・。仮に単純な微生物が生まれたとして、それがいかに進化していくかが大きな謎です。化石調査の上では、単純な微生物時代が延々と続き、多細胞の高度な生物は地球時間のごく最近登場した。カンブリア期に一気に生物の種が増えた、と化石上は見えますが、徐々にそこに行きついた過渡的な時代もあったでしょう、複雑な生命体が突然増えるなんて、神の御業でもないかぎり考えられない;しかし自然淘汰だけで高度な生物になれるものなのか、今の自然界にも枯れ葉そっくりの蝶や、緑の葉っぱそっくりで虫食いの様子まで再現した擬態のコノハムシがいたり、ランカマキリなんてごく限られた場所での擬態ですね、これらを見ると神様が趣味で拵えたとも思えます^^;

第3部では、こんなことを考えたり、いずれCDを聴いたりする人間「アダムとエヴァ」が登場する、人間にまで進化するのも必然なのだろうか、「神は自らの姿のように人を造り」で始まる、人間は進化など飛び越して、神様に似た姿で登場した、と考えたくもなります。

H コッホ 天地創造

ということで、ヘルムート・コッホ指揮(1960年録音)の「天地創造」を聴いています、昔持っていたLPジャケットと同じデザイン、あらためて良い演奏だと思います。演奏については続編で書きます(笑)
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category: F.J.ハイドン

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